第23話 正体

 共闘戦線を張るといったものの、衛兵部隊の中で曲がりなりにも奴に対抗できるだけの力量を持っているのは、俺が見る限り隣に立っている隊長くらいのものだった。


 他の隊員たちは残念ながら俺にも劣る腕前でしかなさそうに感じられる。何よりも男による先だっての攻撃で、仲間がやられてしまったことから浮足立ってしまっていた。

 恐らく今の状態で戦ったところで、鎧袖一触で蹴散らされてしまうのが関の山だろう。


「第三分隊の者たちは気絶している二人を確保して下がれ!残りは二人一組で通りを閉鎖するんだ!」


 隊長の指示に従って隊員たちが動き出す。その素早い行動に彼らの練度の高さが伺える。

 何よりも上手いのが仕事を与えながら男からの距離を取らせたことだ。隊員たちだって彼我の強さの差は感じ取っていた。

 しかし、それはそれこれはこれという話で、単に「お前たちでは勝てないから下がれ」と言われたところでその指示に従うことはできなかったことだろう。


 そうした気持ちを理解していたのか隊長は、それぞれに役割を与えることによって隊員たちの反発を起こさせることなく安全圏――と言えるかどうかはこの後の俺たちの働き次第となってしまうのだが――へと誘導したのである。


「腕っぷしだけでは人の上には立てないってことですか」

「うん?……まあ、君のような前途ある若者の役に立てたのであれば幸いだな」


 そう言ってニカッと人好きのする表情になる隊長。

 う、ううむ……。工房街の二人といい、俺たちの正面で暗い笑みを浮かべている奴といい、今日はやたらと男に気に入られてしまう日なのだろうか。

 俺としてはそちらの趣味は欠片たりとも持ち合わせていないので、どうせ気に入られるのであれば女性の方が嬉し……、いやいや!記念すべきシシル嬢との初デートの日に、そんな不穏な展開は必要ないよな!


 と、俺は一体どこの誰に向かってこんなに必死に弁解をしているのだろうか?


「部下を下がらせたか……。賢明な判断だ。いくら人数を揃えようとも烏合の衆では死体を増やすだけにしかならないからな。……だが、たった二人で果たして俺に勝つことができるのか?」


 ニタリと口角を上げながら男が言う。

 厄介だなあ。対面する人数が減ったことで油断するなり、もしくは舐められていると激高してくれればやり易くなったのだが、そんな気配は微塵も感じさせない。

 それどころか逆にこちらを挑発してくる始末だ。


「これでも我らは忙しい身でな。戦闘狂の狂戦士に長々と付き合ってやれるほど暇ではないのだ。よって、我々二人でさっさとお開きにさせて貰う」


 もっとも、隊長による更なる挑発によって返されてしまっていたが。


「……いいだろう。ならばお前たち二人を皮切りに、ジィマフの衛兵部隊を壊滅させてやる」


 物騒な宣戦布告をして男が戦闘態勢に入る。

 ボンボンたちを切り裂いた右側を前にした半身となる、あの独特の構えだ。


 ふと、脳裏に似通った姿が浮かぶ。

 いや、違う。あれはもっと腰を落とした、そう!元の世界で言うところの居合い抜きのような体勢だった。


 そう判断した直後、「今だ完成には至らぬが、我が神速の一撃を見切れるか?」と今度は記憶の中の人物の台詞が浮かび上がってきた。


「まさかキール、キール・スローター……?」


 俺の呟きに反応するように、男の肩がピクリと揺れる。


「ほう……。裏社会に縁のなさそうな者が俺の名を知っているとは」


 おいおい、マジかよ?

 ゲームだとあいつとは迷宮内部で遭遇する、つまりは迷宮に生息しているはずの人物だぞ。

 そんな奴がどうしてジィマフの街ここに居るんだ?


「まさか知り合いだ等と言うつもりではないだろうな?」


 横合いから詰問の言葉が飛んでくる。

 それはそうだろう。隊長からすれば、共闘を持ちかけてきた相手と敵対者が実は通じていたかもしれないように見えたのだから、厳しい口調になるのも当然というものだ。


 しかし、これは大きな誤解である。

 『キール・スローター』は『エレメンタルガールズ!』に登場する、敵対しつつも主人公たちをフォローしてくれるという貴重な迷宮内でのサポートキャラクターなのだ。

 その正体は元シール学園の学生であり、三大家に次ぐ国内でも有力な貴族の一つ、スレイヤー家の元嫡男のギリアム・スレイヤーその人である。


 奴がジィマフ衛兵隊の極秘情報を知っていたのも、これなら納得がいくというものだ。

 スレイヤー家は近衛や騎士団、更には王家専属の護衛役を幾人も輩出してきた武系の名門でもあるからだ。それこそ王太子から直々に打診または相談を受けていたかもしれない。


 ゲーム内ではギリアムがいかにしてキールへと至ったのかについて描かれることはなかったのだが、ともかく彼はシール学園が管理する迷宮に侵入しており、そこで生き抜いているという設定だった。


「今日初めて会ったばかりの赤の他人です。……ただ、キールという人物のことを聞いたことがありまして」


 キールとギリアムが同一人物であることは話すことができない。

 ゲームと同じであるならば、ギリアムは跡継ぎの座を捨てスレイヤー家を出奔しており、対外的には病死したことにされているはずだからだ。

 上級貴族家の醜聞に頭を突っ込めば、命がいくつあっても足りやしないからな。


「これでも俺は冒険者の端くれなので、変わった構えを取る凄腕の剣士がいるって噂を聞いたことがあったんですよ。ただ、真っ当ではない仕事を受けることが多いから、出会っても近付くなと言われていたんですけどね」


 替わりにそれらしい作り話を適当にでっちあげることに。

 先の本人の口ぶりからして、それでも多分当たらずしも遠からずな生活を送ってきたのではないかと予想していた。


「まさか先に向こうに目を付けられてしまうとは思いませんでしたよ」

「それは……、災難だったな」


 これは本心だ。こちとら成人しているとはいっても、まだまだ成長途中のミドルティーンなのである。

 身体が完成して勢いのある連中や経験豊富で脂の乗った奴らなど、戦闘狂の食指が動きそうな相手は他にもいくらでもいるだろうに。


 しかし、これは困ったぞ。話の進め方次第のところはあるのだが、キールは物語の展開上重要な役目を負う場合がある。

 彼が居なければ、最悪迷宮の攻略が停止してしまう可能性すらあるのだ。単純に競り勝って捕縛すれば終わり、という訳にはいかなくなってしまった。


「……俺のことを多少聞きかじった程度で戦意を喪失するとは、見込み違いだったか」


 当のキール本人は何やら盛大な勘違いをしているようだが。

 まあ、好きに言わせておけばいいか。こちとら先のことを考えるので精一杯だ。


「ならば、戦う気になるように手を打ってやろうか。……そうだな、そこいらの店の中からこっそり様子を伺っている、自分たちは無関係だと思い込んでいる観客たちを役者に仕立て上げてみるのも面白いかもしれない」


 弾かれるように動き出すとは、まさにこういうものなのだろう。

 奴がそう言った瞬間、隊長は剣を抜き放ち斬りかかっていた。


「貴様!民たちを手にかけるつもりか!?」

「ははっ!貴様から相手をしてくれるのか」

「た、隊長さん!挑発に乗っちゃダメですって!?皆さんも落ち着いてください!」


 畜生!止める暇もなかったぞ。残る隊員たちが当初の指示に従ったままだったことは不幸中の幸いだったな。

 とはいえ、あの隊長すら切れてしまったのだ。民衆を巻き込むというキールの一言は彼らにとって禁句だったのだろう。このままだといつ連鎖暴発してしまうか分からない。


 その隊長だが、カッとなってしまったのは最初だけで、すぐに冷静さを取り戻していたようだ。

 大振りで隙のある動きは一つもなく、的確に急所を狙って攻撃を繰り返していた。


「はっ!ふっ!……っく!」

「ほう。隊を束ねるだけの実力はあるということか」

「ぬかせ!」


 しかしそれらが有効打となることはなく、危なげのない調子で躱されていく。それどころか時折軽く反撃を繰り出しており、そのたびに隊長の姿勢が崩れている。


 ちっ!やはり見立て通りあちらの方が腕は上だったか。

 世の中というものは当たって欲しくない予想程よく当たるようにできているらしい。


「悪くない動きだ。が、まだまだ……。そう、経験が足りていない」


 まるで門下生に稽古をつけているような気楽さで、キールが隊長に話しかけている。

 だが、奴の出自を思えばそれも納得できるというものだ。王国屈指の武門の家系に育ってきた彼からすれば、騎士団や衛兵隊で正式採用されている流派の動きなど手に取るように理解できてしまうのだろう。


「気は済んだか?そろそろ終わりにしよう」

「うぐ!?……しまっ――」


 横薙ぎの一閃を一歩後退ることで難なく避けると同時に、上方から剣の腹に向けて強打を与えて手放させる。

 いかん。今のは衝撃がもろに手や腕にまで伝わったことだろう。しばらくは物を持つどころか拳を握ることすらできなくなっているはずだ。


「死ね」

「させるか!」

「ぐあ!」


 慌てて割って入るようにして二人の間に飛び込むも一足遅く、隊長の腕には真っ赤な線が刻まれてしまっていた。


「【ヒール】!」


 引きずるようにして距離を取ったところで魔法を用いて傷を塞ぐ。

 怪我の位置や深さからして、腱を絶たれたとか骨に傷を付けられたといった類のものではないので、しばらくすればまた剣を握れるようになることだろう。

 ……もっとも、肝心の今現在においては戦力外通知を出すより他ないのだが。


「す、すまない」

「いえ。命にかかわるような怪我でなくて良かったですよ」


 衛兵隊の隊長を見殺しにしたともなれば、例え今を切り抜けたとしても後でどんなペナルティを科せられるか分かったものではないからな。

 万が一にも追撃をされないように、彼の前へと進み出ておく。


「残るはお前だけだが……。さて、何をどうすればそいつらのようにやる気を出してくれるのか?」


 まるで舞台の主役は自分だと言わんばかりの大仰な動きで、キールが辺りを見回していく。

 その顔が動く度に、目が合ってしまったのか近くの建物の中からくぐもった悲鳴と小さな物音が聞こえてきていた。

 怖いもの見たさで覗いていたのだろうが、命あっての物種なのだから大人しくしていて欲しいものだ。


 隊員たちの方はというと、ここまで圧倒的な差があるとは思っていなかったのか、隊長の敗北に唖然としてしまって視線を向けられても一切の反応を見せないままとなっていた。


「ほほう……」


 ふと、さ迷うように動き続けていたキールの顔が止まる。

 その視線は一点に固定されていた。

 背筋が総毛立つような嫌な予感にその先にあるものを確認しようとしたところで先手を打たれた。


「そうだな。見せしめついでにそこに隠れている女の首を切り落としてみせようか」


 そして、怒りによって本当に視界が真っ赤に染まることがあるということを、この時の俺は実体験することになる。

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