第21話 難敵
それがやってきたのは、ドラムス伯爵家の配下を名乗る一団の大半をぶちのめした時のことだった。
派手な装飾を下品に付けまくった衣装は突き出た腹回りのせいで内側からはち切れそうなほどにパンパンになってしまっている。典型的な親の脛をかじりまくって堕落しきったボンボンといった外見で、一目見れば忘れられなさそうな強烈なインパクトを誇っていた。
……おや?
そういえば何処かで見たことがあるようなないような?
それはともかくとして、出現したタイミングとその様相に加えて護衛らしき者たち――少なくとも何処かの私兵連中とは数段上の腕前だと思われる――を引き連れていること、更には姿を見せた瞬間に叫んだ台詞からして、件の伯爵家関係者であろうと推測される。
いや、むしろこいつが元凶の気がする。
しかし、本当の問題はそこではない。真の脅威はそいつが引き連れていた雇われを含む護衛らしき男たちだ。
全部で四人。一人はいわゆる譜代の臣とか歴代の忠臣の家系なのか、ボンボンの背中を守るように寄り添っていた。こいつはまだいい。確かに腕は立つのだろうがそれだけ、負ける気が全くしなかった。
少し離れた位置でニヤニヤと人の神経を逆なでするような笑みを浮かべている二人も同様だ。自分たちが権力にすり寄っていることにすら気が付かないまま、権力に怯え戸惑う人々を見て楽しんでいる下衆だな。
派手な格好のボンボンや配下連中のように、伯爵家の威光を自分の力だと勘違いしていない分だけマシではあるか。それでも精々が多少の修羅場を潜ったことがある程度で、これまた敗北する未来が思い描けなかった。
だが、最後の一人だけは違う。こいつは色々な意味で危険だ。
恐らくは戦闘狂。長らく戦いの場に身を置き過ぎたことで、戦うことが手段ではなく目的にすり替わってしまっているのだ。
一見、どことなく虚ろな表情でぼんやりと突っ立っているだけのようだが、それは周りで起きている出来事に一切の興味関心を持っていないからに他ならない。
それでも油断している訳ではないというのが厄介なところだ。五感を、時には第六感まで動員して常に闘争の機会を探り続けているのである。
その相手として適当であると認定されたが最後、どちらかの命が尽きるまで戦う羽目になってしまうだろう。そして仮にそうなってしまえば、恐らく命を落とすのは俺の方になってしまう。
拝啓、親父殿。世界は広かったです。
まさか国内で、しかも故郷を旅立ってからこんなわずかな期間で、親父殿に並ぶ程の力を持つ戦士と遭遇することになるとは思ってもみなかった。
「面倒なことになったな……」
誰にも聞きとがめられないように小さく呟く。
あの男に獲物認定されないようにこの場を収めなくてはいけないため、先程までのように安易に殴って気絶させるという訳にはいかなくなってしまったからだ。
俺一人であるなら、逃走することも選択肢に入ってきたことだろう。
まあ、シシル嬢を置いて一人で逃げるなんてことはできないので、意味のない仮定の話となってしまうのだが。
とはいえ、店内の全員及び路上でも既に二人をノックアウトさせている。残った三人の配下が自分たちの失態を誤魔化すために喋らなくとも、俺がやらかしたとバレるのは時間の問題だろう。
そう考えていたところ、配下連中たちがボンボンの元へと集まっていく。
ちなみに、俺にぶっ倒された二人は放置されたままである。
「申し訳ありません、坊ちゃま。そこにいる奴に邪魔をされてしまいまして」
あっさりと喋ったな!?
組織人としては正解なのかもしれないが、傭兵っぽい奴らへの対抗心だとか、任務を任されたものとしてのプライドとかそういう葛藤はなかったのだろうか?
ある種の驚きをもってその様子を見ていると、ボンボンと護衛たちが一斉にこちらに顔を向けた。
「……あ!あいつは今朝冒険者協会で僕のことをバカにした無礼者じゃないか!?」
「っ……!」
瞬間、ゾクリと全身が粟立つ。想像をはるかに超えた圧力だ。視線だけでこれなのだから、実際に戦いとなってしまったらどれだけのプレッシャーがかかることやら。
「なっ!?お前!この僕が話しているのに無視をするとはどういうつもりだ!」
改めて危険な存在であると再認識したが、これからどうするべきか。実力差がはっきりしている以上、正面切って戦うなどというのは正直に言って下策もいいところだ。
かといって搦手が通じるのかとなると、これまたなんとも怪しい。それに既に顔を突き合わせてしまっている状態のため、俺が準備できる策などほとんどなかった。
「おい!こら!返事をしないか!」
ブラフを用いたとしても、あいつの感覚をもってすればすぐに見破られてしまいそうだ。
トラップを仕掛けようにも手持ちのアイテムで罠に使用できる類の物はないし、アイテムボックスの中を漁るほどの猶予もない。
「この!いい加減に――」
「ピーピーピーピー喚きやがって、やかましいわ!黙っていろ!」
「ひいっ!?」
先程から横合いより繰り返し挟まれていた差し出口を一喝して黙らせる。これで少しは考え事に集中できるかと思ったのも束の間、それまで以上のプレッシャーが圧し掛かってくる。
何事かと内向きになっていた意識を外に向け直してみると、どうやら今しがた黙らせた相手は立場的には一番上となるらしいボンボンだったようだ。
つまり俺は男の雇い主に無礼を働いたという形になり、雇われている身としては脅しをかける必要があったということか。
と、納得しようとしたところでどうにも妙なことに気が付く。
戦闘狂で戦うこと以外どうでも良くなっているような奴が、果たして雇い主に多少の無礼を働かれた程度で反応するだろうか?
数少ない同類と接触した時の経験を思い返してみると、答えはノーである。
戦闘狂の連中は、戦うこと以外の大半が狂う、または壊れていると言っても過言ではない。一見まともに見えていても、日常生活はもとより人間らしい社会生活を行うこと自体ができなくなっている者も多い。
先程のボンボンを一喝した俺の行動で例えてみると、彼の雇い主に対する無礼な行為だとは気が付かないのである。
それにもかかわらず男は反応してみせた。
とりあえず現状で考えられるのは三つ、なのだがその内の一つは、「狂いきってはおらず一般常識を捨て去ってはいない」というものであるので除外してしまっても問題ないだろう。
たった一つの執着ごと以外には何も映そうとはしていないその目を見れば分かる。奴はもう完全に狂ってしまっていた。
そうなると残るは二つ、「狂っていながらも一応は常識を持ち続けている」か、それとも「先の俺の行為が男の何らかの琴線に触れてしまったのか」である。
過去に俺が出会ったことのある戦闘狂は皆、強ければ人間であろうが魔物であろうが構わないというスタンスだった――だからこそ強力な魔物が現れる辺境の地にまで流れてきたのだろう――のだが、仮に標的が人間のみであれば、必然的に村や街など人間の生活圏にいる必要がある。
そのため、余計な騒ぎを起こして目的を達することができなくなってしまわないように、表面上は常識を持っているようにして見せる、社会のルールを守って見せるくらいの事はやってのけるかもしれない。
羊の皮を被った狼というやつであり、いつ牙を剥き始めるか分からない。まさしく最悪である。
後者もまた最悪なのだが、こちらはその前後に最低と最恐の二つの単語が付随してくることになる。
なぜなら、
そして、嫌な予感というのは往々にして当たるものであるらしい。ふいに圧を緩めたかと思えば、男は俺に向かってニタリと粘っこい笑みを向けてきたのだ。
刹那、『今世終了のお知らせ』という一文が頭に浮かぶ。
まったくもって縁起でもない。が、俺とその男との戦闘能力の差を鑑みると、もしも戦いになってしまえば少なくない確率で起こり得るものだった。
おいおい、まだ『エレメンタルガールズ!』の物語は始まってもいないんだぞ。モブキャラにしかならないとしても、登場の機会すら奪われるというのは酷いのではないだろうか?
こちらの苦悩などお構いなしといった調子で件の男が足を動かし始めた。向かう先に居るのはもちろん俺である。
何ということだ……。ターゲット認定では飽き足らず、ロックオンまでされてしまったのか。
一方、ドラムス伯爵家一味は、男の唐突な行動にギョッとした表情を浮かべていた。……ダメだ、全く手綱が握れていない。
万が一、いや億が一?でもないな。一兆分の一の確率で「勝手な真似をするな!」と止めてくれるかもしれないと期待したのだが。
しかしよくよく考えてみると、仮にそうなったとしても連中とは敵対に近い関係にある以上、そいつと戦うという最悪の展開になってしまうことは避けられないのだよな。
そうこうしている間に、男は残り数メートルの位置まで詰めてきていた。
逃げるのは元より、下手に動けばシシル嬢にまで被害が及ぶかもしれないと思うと、その場から離れることなどできなかった。
不味いな。本格的にさっきの一文が現実味を帯びてくる。
こちらの緊張感を察知したのか奴の両目と口が三日月の形へと歪められる。戦闘狂に加えて加虐趣味まで持ち合わせているとは恐れ入る。
もっとも、一欠片たりとも羨ましいとは思わないが。
「ほう……。最初は貴族相手に粋がって見せているだけの世間知らずな小僧かと思ったが、俺の強さを理解してなお逃げようとしないとは、なかなかどうして肝が据わっているようだな」
己の方が強いと信じて疑わない傲岸不遜な男の物言いだが、事実そうであるのだから反論することもできやしない。
苛立たしさと歯痒さに内心で舌打ちをする。
しかし、言い返さないままでいるのも性に合わない。何よりこのままではあいつの醸し出す雰囲気に呑み込まれてしまう。
「世の中は広いな。あんたみたいな奴が無名のまま燻っているんだから」
確かに強いようだが名が知られていない時点でお察しだよね、と痛烈に皮肉ってやったのだが、その事に気が付いたのは本人と成り行きを見守っていた観衆の内数名だけだった。
ちっ。選択を誤ったか。
ボンボンを始め残るドラムス伯爵家の関係者が理解できなかったのはどうでもいいが、その当の本人が皮肉だと分かった上で意に介していないのが問題だ。
いや、むしろその笑顔に凄惨な色合いが追加されてしまったのだから大失敗の範疇に入ってしまうだろう。
ゲームならば即座にリセットして直前のセーブ地点からやり直すレベルである。
「くっくっく。面白い!まさかこんな平和ボケした街で、お前のような活きの良い獲物に出会えるとはな!」
こっちは面白くも何ともないけどな。
というかやっぱり獲物扱いかよ。
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