第19話 楽勝
言葉による交渉以前に、闖入者どもからは力でもって自分たちの言い分を通そうとする意志が見え隠れしていた。
いや、隠れてはいなかったな。元よりそのつもりだったのだろう。
「シシルさん」
「いいわよ。イズナ君が思ったとおりにやっちゃって!」
呼びかけただけで、こちらの想いを察してゴーサインを出してくれる。やはり荒くれの冒険者を日々相手にしている受付嬢だけはある。
彼女もまたしっかりと連中の不遜な思考を感じ取っていたらしい。
さて、許可が出たからには遠慮はいらない。アイテムボックスからいつもの短槍……、は修理のためにウェムに渡してしまっていたのだった。
どちらにしても刃物だと余計な怪我をさせてしまうかもしれないから、アウトだっただろうが。
お!旅の最中の野営の時に見つけたいい感じの棒があったな。
一メートル半程で鍛錬の際に持つのにちょうど良い長さだったこともあって拾っておいたのだった。単なる棒だが、魔法で強化してやればそう簡単には折れることもあるまい。
「!?」
いきなり棒を手にしたことで、闖入者の男たちに動揺が走る。殺傷力が低そうな棒ではあっても武器は武器だ。丸腰とは比べ物にならない程に厄介な相手となる。
まあ、こいつらの場合はいきなり武器が現れたことに
だが、こちらとすればわざわざ隙を作ってくれたことになるので感謝しかない。お礼という訳ではないが、さっさと昏倒させてやろう。
「ぐっ!?」
「げふっ!?」
手近にいた者たちから気絶させていく。
……が、首筋という訳にはいかずどてっ腹に攻撃をぶち込んだので、激痛に悶絶するような形となってしまった。すまない。恨むなら先に攻撃の意思を見せた自分や仲間を恨んでくれ。
「き、貴様!何をするか!?」
続けて五人を戦闘不能にしたところで、リーダーもしくはそれに準じる立場なのか、一歩下がった位置にいた奴が悲鳴じみた調子で文句を言い始めた。
「剣の柄に手を当てている相手を放置できる程暢気じゃないものでね。敵対意志があるものとして処分させてもらっただけだ」
例えば今にも殴りかかろうとする態勢を取っているのと同じことであり、基本的には正当防衛が成り立つ案件だ。とはいえ、何事にも例外は存在する。
「わ、我らはドラムス伯爵家の配下であるぞ!」
その例外の代表的なものの一つが、貴族とその関係者を相手にした場合となる。貴族はその高い身分と共に権力も持ち合わせているから、黒を白だと言い張ることくらい訳はないのである。
ただし、貴族と言うのは面子を重要視する連中でもある。加えて権力の椅子に座ろうと目論むものは多く、そうした連中は常に他者を蹴落とすための材料を探し求めている。
要するに、こんな場末の食堂で仕えている貴族家の名を出すことは、メリットよりもデメリットの方が大きいのである。
即座にそのことを理解した俺やシシル嬢、看板娘を始めとする従業員連中に数名の客たちは、白けた顔で所属先を暴露した男の顔を眺めることになってしまった。
「な、なんだその目は!我らをバカにするつもりか!」
そして未だに自分の失態を理解できていない男は顔を赤らめて怒鳴り散らしている。余談だが、そんなやつをリーダー役に据えていただけのことはあったようで、他の仲間たちも奴がしでかしてしまった事の大きさを分かっていないようだった。
まあ、俺たちからしてみれば彼らとその主家筋がどんな悪評を得ようがどうでもいい話だ。
現在進行形で迷惑をかけられている相手に、自分たちの所業がどんな噂を呼ぶことになるのかとわざわざ教えてやる義理もなければ、その行き先を憐れむ情も持ち合わせてはいない。
「あんたがどこのだれでバカだとかはどうでもいい。とりあえず邪魔なので退いてくれ」
こういう自分たちの都合最優先といった手合いの連中は、回りくどく丁寧な物言いをしても理解できないことが多いからな。スパッと要求を口にした方が話が早いのだ。
「ふ、ふざけるな!お前たち、こいつに身の程というものを教えてやれ!」
もっとも、受け入れてもらえるかどうかは別のようだが。
今回は残念ながら交渉決裂という結果になってしまった。
命令を受けた店内に押し入っていた残りの仲間連中八名が動き始めようとしたところで、呻き声を発しながら倒れていく。
「な、な……、何が?」
起きたのかすら分からなかったのか……。その程度の見識と能力でよく仲間に命令を下せたものだ。
もしも俺が殺人に忌避がない性格であれば、死体の山ができ上がっていたところだぞ。
何をしたのかの方は単純で、先に昏倒させた五人と同じく腹部に棒の先端を吐き込んでやっただけのことだ。
得物越しに伝わってきた感触によれば、全員服の下に
「まだやるか?」
ただ一人残るリーダー格の男の喉元に棒の先端を向けてやると、顔中を脂汗まみれにしながらガクガクと震え始める。
そのままあちこちを泳ぐ瞳をじっと見つめ続けてやると、緊張感に耐え切れなくなったのか、「えふう……」と気の抜けた声を漏らしては、ぐるりと白目をむいてその場に崩れ落ちたのだった。
戦闘能力だけなら床に突っ伏している奴らの方が高いくらいだったのだが、一人放置しておいて後で暴れ回られても目覚めが悪くなる。
よって、いっそのこと暴発させてしまおうかと睨み付けてやっていたのだが……。まさかそれだけで気絶してしまうとは予想外だった。
よくもまあ、こんな奴にリーダーを任せていたものである。ドラムス伯爵家とは実は懐が深い者たちなのだろうか?
それとも今回は良いところがなかっただけで、普段はリーダーシップに溢れる優れた人物だったのだろうか?
「強い強いという話は聞いていたけれど、実際に見ると圧巻ね。それに睨み付けるだけで気絶させるなんて凄い技術を見られるだなんて本当にびっくりだわ」
ふむ。シシル嬢にいいところを見せられたのなら結果オーライといったところだな!
やはりリーダーはリーダーに成るだけの資質があったということらしい。
……おっと、気を抜くにはまだ早い。なにせ店の外にはまだ数人分の気配が残ったままとなっているのだ。片付いたと安心しているシシル嬢をまた不安がらせてしまうかと思うと心が痛むが、何も知らせなかったために危険な目に合わせてしまうことになる方が問題だ。
「シシルさん、ごめん。まだ外に何人か残っています」
「え?そうなの?」
そう告げるとシシル嬢だけでなく、俺の台詞が聞こえた客たち全員が目を丸くしている。
それほど驚くことなのかと疑問に感じたが、よくよく考えてみると安全な街の中で暮らしていれば気配察知の技能精度を高める機会などなくて当然かとも思う。
村の中でさえ安全圏とは言い切れなかったうちの故郷は、つくづく特殊な環境下にあったのだと思い知らされる。
兄さんの結婚を機に隣の子爵領との関係が強化されることで、そうした状況が改善されていけば良いのだが……。
「イズナ君、外にも沢山居るの?」
シシル嬢の問い掛けに物思いから我に返る。
「いいや。押し入ってきたこいつらが本隊だったみたいで、外に居るのは数人だけかな」
後詰を任されるだけの力量を持っていると捉えることもできるので、数は少なくとも油断は禁物だ。
だが、そこまで馬鹿正直に話して彼女を不安がらせる必要はないだろうと判断し、胸の内に止めておく。
何より俺の予想など完全に的外れで、店の中に入り込んで来た連中よりも弱い、という可能性もあるからな。むしろそういう展開の方が楽ができていいかもしれない。
「どうもお騒がせしました」
店内へと一言詫びを投げかけて――こういう一言が後々の関係に良い影響を与えることもあるのだ――から扉を開ける。
一瞬、顔を隠すなど取るべきだったか?という考えが浮かぶが、こちらがコソコソしなくてはいけない理由などないと思い直して、堂々と胸を張って出ていく事にしたのだった。
「む?何だお前は?勝手に出てくるんじゃない」
そして表に出た途端、先程の連中と同じ衣装を身に纏った奴からぶつけられたのがこの台詞である。
類は友を呼ぶというべきか、さすがはあの連中の仲間だけあって身勝手極まりない物言いだ。
「ジィマフは王太子殿下のお膝元のはずだぜ。どこの誰とも知らないあんたに指図されるいわれはないね」
「我らドラムス伯爵家の人間に平民風情が生意気な口を叩くな!」
おいおい、天下の往来で貴族の家名を叫ぶなど正気の沙汰とは思えないのだが。
今の怒鳴り声を聞いた者たちは、前後の言葉からドラムス伯爵家が平民を見下しており、なおかつ王太子殿下の治世下であっても我を通そうとする不遜な一族だと認識したはずだ。
失脚を狙う政敵であれば、手ぐすねを引いて情報提供を受け入れることだろう。
仕えている家を余計な危機に晒してしまうとは、店内に乗り込んで来た連中といい、想像力や思考力が皆無な残念使用な者たちばかりであるらしい。
こいつら自身に問題があるのは当然だが、それを更生させないまま雇っているドラムス伯爵家の側にも責任があるだろう。
「こんなバカな奴らを雇って娑婆に出している貴族がいるとは……。色々と不安になってくるんですけど」
「イズナ君、それは思っていても口に出してはいけないことよ」
零れ落ちた呟きを拾ったシシル嬢からやんわりと咎められる。肝心なところは誤魔化したつもりだったのだが、これでもアウトだったようだ。
ただ、彼女もまた苦笑いとなっていたので心情的には俺と同じだったのだろう。
そうこうしている間に人が集まってきたな。街の中央を走る大通りとは比べ物にならないが、この付近一帯の主要道路沿いとなる。
加えて俺たちが出てきたばかりの店のように、事や酒を提供する店舗が軒を連ねる一帯であり、夕食時である事とも相まって元から人通りは多かった。
そんな場所で騒ぎを起こしたりなどすれば民衆の耳目を集めてしまうのは当たり前のことだ。
ところが、目の前にいたドラムス伯爵家配下の男たちにはそうした一般常識すらも通用しなかったようだ。
「何だお前たちは!見世物ではないぞ!」
「殴られたいのか!さっさと散れ!」
取り囲むようにしている見物人たちに向かって、怒鳴りつけて威嚇していた。
しかし、それは酔っ払い相手には下策でしかないぞ。
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