第17話 注文

 こちらの内情をぶっちゃけたのが功を奏したのか、快くとはいかなかったけれどウェムには短槍の修繕と新しい武器の製作を引き受けてもらうことができた。

 俺のメンテナンス能力が皆無な点については最後まで疑っていたようだったのだが、「それなら証拠を見せましょうか?」と言うと、即座に「お前の言い分を信用しよう」と掌を返したのだった。


 まあ、自分が作った品を無意味に破壊されたくはないと考えるのは当たり前なので、彼の態度も理解できないものではない。が、一瞬の間もなく答えられてしまうと、なにかこう、もやもやしたものを感じてしまうのだった。


「直せと言うならやらないことはないが、ここまで傷みが酷いと例え直したとしてもこれまでのようには使えんぞ」


 俺が預けた短槍を念入りに観察しながら、そう漏らすウェム。

 本職の武器職人の手でもってしても全快させることはできないのか……。改めて無茶な使い方をしてしまったのだと自責の念が湧き上がってきてしまう。


「分かりました。それならそいつは予備として持っておくようにします」


 ここで言う予備とは、何らかの事態によってメインウェポンが使えなくなった際に取り回すサブウェポンではなく、文字通り本当に予備として持ち運ぶ物という意味だ。

 幸い俺にはアイテムボックスがあるので、予備の武器の一つや二つ増えたところで邪魔になることはない。


 更に言えば、どうせ明日からはシール学園でのあれやこれやでまともに冒険者としての活動もできはしないはずだ。

 それならいっそのこと新しい武器ができ上がるまで待つというのも選択肢の一つとなるだろう。


 戦闘実習と題して件の迷宮へと足を踏み入れることもあるが、ゲームではプラクティスダンジョンという位置付けであった通り、最序盤は驚きの弱さを誇る魔物しか登場しないようになっている。

 これに関してはシール学園の卒業生でもある兄さんだけでなく、親しくなった学園の職員たちからも裏を取っているので間違いない。

 故郷で多種多様な魔物と渡り合ってきた経験を持つ俺からすれば、学園で貸し出している武器で戦っても楽に勝つことができると思う。


 ちなみに、新しい武器は二メートル程の長さのクォータースタッフと、修繕をお願いした短槍と同じような物の二つを注文することになった。

 個人的には刃物の扱いが苦手を通り越して下手なのでクォータースタッフだけでも良いかと考えていたのだが、打撃だけではダメージを与えにくい魔物も存在しているため、刃のある武器、その中でも取り回しに慣れた短槍も作ってもらうこととなったのだった。


 もちろん、レッドアント戦で武器が破損しかけた経験――とそれで貰った報酬――を活かして、今までよりもレアで高品質な素材を使って頑丈なものに仕上げてもらう予定だ。


「まさか「金に糸目は付けない」なんて台詞を実際に口にすることがあるとは思わなかったなあ……」


 ウェムの工房から出てしばらく歩いた所で、誰に聞かせるでもない言葉が口を吐いてしまう。

 故郷にいた頃はそれこそその日その日を生きていくのに精一杯だった。たまの余暇も辛うじて残っていた知識を総動員して、前世の食べ物に似たものを作り出すことで終始してしまっていた。

 まあ、その甲斐あってシシル嬢には喜んでもらうことができたのだから、それはそれで悪くはなかったと思えるのだが。


「ふふふ。確かに普通に生活をしているなら、何かの拍子に異様な額の大金が転がり込んでくるでもない限り、そんなことを言う機会はないわよね」


 そのシシル嬢だが、しっかりと俺の呟きを聞きつけていたらしく、柔らかな笑みを浮かべながらそんな言葉を返してきたのだった。

 ……うーむ。全く焦った様子もなければ驚いた気配もないな。冒険者協会の職員として、そんな異様な額の大金を冒険者たちが手にする光景を見たことがあるから、だろうか?


 まあ、嫌がられたり妬まれたりしていないのならば良し、ということにしておこうか。

 感覚の不一致などの金銭問題から、人間関係の崩壊に繋がるという展開はどちらの世界でもよくある話のようだったからな。彼女との間でそうした危険性が減ったというのは喜ばしいことであるはずだ。


 ふと、自分たちの影が長くなっていることに気が付く。視線を上げて周りを見回してみると、建物の隙間から赤く色づき始めた西の空が。

 通りを行き交う人々の歩みも心なしか早まってきているように感じられた。


「うわー……。もうこんな時間になっていたのか」

「あはははは……。今日は朝から色々あったものね……」


 シシル嬢からジィマフの街をざっと一通り案内してもらう予定だったのだが、西の商業区と南西部の工房区――しかもその全てを回った訳ではない――だけで時間切れとなってしまいそうである。


 はっ!?だがこれは考えようによってはチャンスなのでは!

 そう。中途半端に案内が終わってしまっていることを理由に、またでぃとを申し込むこともできちゃったりするのではなかろうか!?

 いや、むしろそうすべきであるはずだ!そうと決まればさっそく!


「あ、あにょ!」

「あにょ?」


 ああ、意味不明な言葉を繰り返して小首を傾げるその姿すら麗しい。


 ……ええい!現実逃避だってことは分かっているわい!

 ああ、そうだよ!噛んだ、噛みましたよ!ちくしょう。俺は一体いつの間に三枚目なお笑いキャラへと変貌を遂げてしまっていたのか!

 思わずその場に蹲ってしまいたく、いやむしろ――春も半ばに差し掛かろうとしているのに――穴を掘って冬眠してしまいたい程だ。

 まあ、目立つからやらないけどな。


 余談だが、道にはしっかりと石畳が敷かれているので魔法を使わなければ穴を掘るのは難しいと思われる。主要道路でもない脇道までしっかりと整備されていることに、故郷との違いを痛感してしまう。

 もっともボルタクス男爵領の場合、石畳で覆われている道そのものがないのだけれど。


 そんな具合に脳内で逃避を続けていると、いつの間にやらいくつもの視線を感じるようになっていた。

 おかしいな。蹲ってもいなければ穴を掘ってもいないのだが。


 ああ!道の真ん中で立ち止まっているという時点で視線を集めてしまっているのか!

 国内第二の大都市であるのに、他人の動向には無関心という訳ではないのか。この辺りは前世の都市部とは違うのだな。


 そんな周囲の連中だが、こちらへと視線を向けているのは男女問わずといった様子だな。

 ところがわざわざ足を止めている者となると、圧倒的に男性の方が多くなる。まあ、中にはドタドタという擬音語を付けたくなるような勢いで立ち去っていく男たちもいたのだが。


 さて、この男女の比率の違いであるが、落ち着いて考えてみれば至極当然とも言えるものだった。

 なにせ俺はともかく立ち止まっているもう一人の方はシシル嬢という綺麗で美人なお姉さんなのだ。男であれば思わず足を止めて見惚れてしまう、というその気持ちはよく分かるものだった。


 そんな人目を集めてしまっていたシシル嬢だが、不躾な視線を受けて赤くなる、ようなこともなく平然と立ったままだった。

 冒険者協会の受付業務で他人に見られるということに慣れてしまっているのか。

 こう言っては何だが冒険者というのは決してお行儀の良い奴らばかりではないからな。不躾どころか下劣とすら言えるような視線を異性へと向けるような大バカ者までいたりするのである。

 そんな連中を相手に日々仕事を熟していれば、街中の一般住民からの視線程度では動じなくなるのも当たり前の話であるのかもしれない。


 しかし、見られたいという願望を持っているようでもなく、不快に思わない訳ではないはずだ。何より連れが興味本位な目で見られているという状況に俺が耐えられそうにもなかった。

 もっとも相手はこの街の住人たちだ。二年間は街と隣接しているシール学園に籍を置くことを考えると、今ここで彼らとの関係が悪化するのはよろしくないように思われた。

 そうなると、こちらが取ることのできる手段はそうは多くない。


「とりあえず場所を移しましょうか!」

「え、え?イズナ君?」


 逃亡、もとい戦略的撤退を選択した俺は、シシル嬢の手を掴むと目を白黒させている彼女の手を引いて早足でその場を立ち去ったのだった。


 そして数分後、一件の食堂へと入った俺たちは向かい合うようにして二人掛けの席に着いていた。

 そこだけ切り取ればデート夜の部への足掛かりを上手く掴めたようにも見えるのだろうが……。残念ながら現実はそう甘いものではなかった。


「相手の様子も気にせずに突き進むだなんて、エスコート失格です」

「はい。申し訳ございません」


 唐突な俺の行動に対して、シシル嬢からのダメ出しアンドお説教大会と化していたのである。


「それに呼びかけもなければ了承も得ないまま手を取ったことも減点です」

「仰る通りでございます」

「イズナ君は男爵家出身と言っても次男でしかも半ば放逐されているようなものなのだから、本当に気を付けないとダメよ。相手と場合によっては問答無用で不敬罪を言い渡してくる可能性だってあるのだから」

「心の底から気を付けます」


 いやもう本気で。それにしてもそのくらいのことで罪にしてしまう――しかも有罪確定――とか貴族怖い。

 そして貴族の子どもたちの大半がシール学園に通うことになっていることを思い出してしまい、さらに凹んでしまう羽目になるのだった。


「しっかり反省しているようだから、お説教はこのくらいにしておくわ」


 シシル嬢が告げるや否や、店の看板娘?によって「おまちどうさま!」と威勢のいい声を響かせて料理が運ばれてくる。

 おばちゃん……、巻き込まれないようにタイミングを見計らっていたな。

 思わずジト目で見てしまったが、相手は百戦錬磨の食堂給仕係だ。一切意に介すことなく仕事を終わらせて立ち去ってしまった。


「はいはい、いつまでも不貞腐れていないで。温かい内に食べましょうか」

「うっす……」


 結局、苦笑いをしながらシシル嬢に促されることに。

 前世の知識があるとはいえ、自分はやはりまだまだ世間知らずのガキなのだなと痛感させられてしまう一コマとなってしまったのだった。


 と、ここで終われればまだ良かったのだが。

 この後に発生した出来事によって、本当の意味で俺の人生は大きく変わっていく事になる。

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