第16話 布石

「それじゃあ、後は任せたぜ」


 内心で「おっかねえ……」と思いながら、髭モジャおっさんの睨み付けるような視線に耐えていたところにクスタ氏の言葉が飛び込んでくる。


「何だ、もう帰るのか?」

「ああ。俺の役目はイズナたちを案内することだけだからな」


 その言い分は理解できなくもないが、せめてこのオッサンの紹介くらいはして欲しいのだが。そんな俺の願いは届くことなく、工房主の二人は会話を続けていた。


「面白い話を聞いたから、試してみたくて仕方がねえんだ」

「はっ!忙しなげな態度をしていると思ったらそういう理由か。それならとっとと帰りやがれ。気もそぞろな奴に近くに居られたら、こっちの仕事にまで悪い影響が出ちまいそうだ」

「お前がそんな魂かよ。第一、今日の分の仕事は終わったと言っていただろうに」

「うるせえ!人の揚げ足を取っている暇があったら、さっさと帰って自分の仕事を熟しやがれ!」

「わっはっはっは!もちろんそうするともよ。では二人とも、またいつでも顔を見せに来てくれ。お前さんたちなら大歓迎だからな」


 後半は体の向きを変えて俺たちへと言い放つクスタ氏。まあ、これに関しては話し半分くらいに思っておいた方が無難だろう。

 いや、今の言葉自体は本心からのものだろうが、いかんせん彼とて一人の職人である。集中して仕事にのめり込んでいるタイミングで訪問してしまったならば、けんもほろろな扱いを受けることになるだろうことは目に見えている。

 運悪くリゼイ夫人までもが不在であったならば、話しもできずに追い返されてしまうことだろう。


「お世話になりました。頑張ってください。もし何かあればまた相談しに行くこともあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」

「お前さんからの相談か……。面白そうな反面、どんな厄介事が飛び込んでくるのか恐々としちまうな」


 冗談交じりな台詞だが、俺としてはクスタ氏の勘の鋭さに舌を巻く思いだった。

 それというのも記憶の通りにこの世界が進むならば、『エレメンタルガールズ!』では古代文明期の新技術――なんとも矛盾した言い方だ――である『魔石刻印』が主人公たちによって発見されて、彼ら魔石細工彫刻士たちの元に持ち込まれることになるはずだからだ。

 これまでになかった新技術のために、比較的似通った魔石細工をしている人々が頼りにされることになった、ということであるらしい。


 俺自身は関与しない可能性もあるのだが、あらかじめ何か起きるかもしれないと心構えを持たせておくのも悪いことではないだろうと判断したという訳だ。

 実はゲーム内での『魔石刻印』は新たな武具の強化方法の一つという位置付けである。のだが……、こちらの世界ではもっと大袈裟なことになりそうな予感がするのだよなあ。


 学園の管轄下でプラクティスダンジョンと化している地下十階層部分――ここまでは死にそうな怪我をすると自動的に回復魔法が発動して学園の医務室へと強制転移させられる仕様となっている――を越えて、本格的な迷宮を更にもう十階層を下った地下二十一階層以降でようやく発見できる代物だ。

 が、発見される物は単に刻印を施された特別製の魔石以外に、それを組み込んだ武具や魔道具なども見つかることがあるからだ。


 要するに、クスタ氏たち魔石細工彫刻の職人だけでなく、武具職人や魔道具職人をも巻き込んだ技術革新の一大騒動へと発展する確率が高いのだった。


「数日以内に話をまとめて、改めて担当の者がお伺いをさせて頂くことになると思いますので、リゼイさんにもよろしくお伝えください」

「おう。よろしく頼むぜ」


 そんな未来に思いを馳せている間にシシル嬢の冒険者協会関連の話も終わったようで、足取りも軽く帰って行ったのだった。


「あの調子だと、ぶっ倒れるまで作業を続けるだろうな」


 呆れたように髭モジャおっさんが言っていたが、あれだけ気安いやり取りができるのだから間違いなくこの人物も同じ穴の狢だと思うのは俺だけだろうか。


「それで、お前が客だという話だったか。何の用だ?」

「……その前に名前くらいは聞かせてもらえませんかね」


 ここが店ではなく工房だということも含めて、客だから、などと言うつもりはない。

 が、一応こちらは先に名乗っているのだから、名乗り返すくらいの礼儀はあってしかるべきだと思うのだ。


「なんだ、クスタが連れて来たからその辺りのことも話して……、いる訳はなかったな。すまん。あいつにそんな気遣いなどできるはずがない。わしはウェム。武器製作鍛冶師ブラックスミスをしている。まあ、防具の方も扱えんことはないが、ここまでわざわざ足を延ばして来るくらいだ。そっちが入用の時は専門にしている奴の所に行くべきだろうな」


 髭モジャおっさん改めウェムのやる気があるのかないのか微妙な自己紹介を受けて、それまで基本的に俺の後ろにいたシシル嬢も簡単な自己紹介を行う。


「冒険者協会の職員?協会なら懇意にしている工房の一つや二つはあるだろうに」

「ええ。元々はそちらに案内するつもりだったのですが、先程イズナ君が言ったようにクスタさんと知己を得ることになりまして。その縁もあってウェムさんを紹介、というか連れてこられたというのがこれまでの経緯になります」

「……次に会ったら、面倒を見るなら最後までしっかりやれと言っておく」

「あはは……。程々でお願いしますね」


 と、しばしいなくなった人をネタにして会話を行う。


「さて、そろそろ仕事の話に入るとするか」


 どうやら俺たちはウェムのお眼鏡にかなったようだ。シシル嬢と顔を見合わせてホッと息を吐く。こちらの為人を確かめようとする視線にさらされるのはなかなかに神経をすり減らすものだ。

 まあ、腹の探り合い程陰険なものではなかったのが救いか。


「お願いしたいのはこちらの整備と、新しい武器の製作ですね」


 アイテムボックスからレッドアント戦で用いた短槍を取り出してウェムへと渡す。


「こいつは……、随分な扱いをしたもんだな」


 受け取るなりしかめ面でそう言われてしまい、思わず縮こまりそうになってしまう。整備や修繕のための技能やセンスはないが、物の状態の良し悪しを見抜くくらいはできる目は持っているつもりだ。

 ましてや自分の命を預けることになる得物だ。詳しいことは分からなくとも酷い状態にあるということは理解していた。


「穂先が潰れちまって刃物として機能していないことは元より、歪みが柄の芯まで届いてしまっているぞ」


 頑丈なレッドアントを何度も繰り返しぶっ叩いていたのだからさもありなん。同じく事情を知っているシシル嬢からは、それほどまでの激戦だったのかと、改めて心配と敬意が入り混じった眼差しを向けられることになったのだった。

 ……いや待て、後者に比べて前者の方が大幅に多いのはどういうことだ?

 俺が四等級、ベテラン並みの強さがあるというのは彼女自身が認めたはずのことだったはずなのだが。


「武具は消耗品じゃということは百も承知だが、それでもわしも物作りの端くれだ。まともな扱いができないと分かり切っている以上、そんな奴からの仕事を受ける気にはならん」


 しかし一方で、そんな事情も知らなければこちらの情報を持っている訳でもないウェムからすると、先の説明に納得顔をした俺は「分かっているのに武具の手入れをまともにしようとしない横着な愚か者」と写ってしまったらしい。

 その上、シシル嬢の様子に関心を移して下いたこともバレてしまっていたようで、それこそあっという間に出会った当初の不機嫌な態度へと逆戻りしてしまったのだった。


「そこをなんとか考え直してもらえませんか。実は手入れをする余裕もなくこうなってしまったもので……」


 ただし、そういう反応を取られるかもしれないということは俺の中では織り込み済みだったこともあって、特に焦ることもなくこうなってしまった原因について説明へと入ることができていた。

 ウェムの方も最初に例のレッドアント戦によるものだと明言したこともあってか、聞く耳を持たれなかったり途中で遮られたりということもなく、こちらの事情を最後まで聞いてくれたのだった。


「なるほど。百を超える数のレッドアントと次々に戦う羽目になったとすれば、この傷み具合も理解できないことはないな。……もっとも、少々信じがたい内容じゃったが」

「イズナ君が嘘をついていないことは、冒険者協会の職員として私が保証いたしますわ。それでも信用することができないということであれば、問い合わせて頂いても構いません」

「待て待て。信じがたい話だったというだけで、信じないと言っている訳ではないぞ。さすがに四等級並みともなると珍しいが、ベテラン並みの実力を持つ新人というのはこれまでにもいないではなかったからな」


 武器製作の職人だけあって冒険者に関する情報は持ち合わせているようだな。その割に俺のことは知らなかったようだが、こちらは冒険者協会がそれだけしっかりと情報の規制を行ってくれているという証拠とも言えるだろう。


「しかし……、そんな腕利きの奴がまともに武具の手入れができないなんてことがあるのか?」


 うぐ!……い、痛いところを突いてくるなあ。

 まあ、一般的に『武具を扱う腕』と言われているものの中には、それらの手入れやメンテナンスも含まれているものだから、ウェムの疑問は当然と言えば当然のものではあるのだが。


「実際の武器を使っての訓練を始めた時に一緒に手入れの仕方も習ったんですけどね。その時に続けざまに五本をダメにしてしまったことがありまして……」


 最後の鉄製のメイスをボロボロにしてしまった時には、「どうやったらこんなことができるんだ?」と親父殿や兄さんたちも呆れるよりも感心されてしまった程である。

 ちなみにそれらの武器は鋳つぶして農具へと変貌を遂げたため、領民からは別の意味で感謝されてしまったのだった。


「そういったことがあったので、それ以降はまともに手入れの仕方を教わったことがなかったんですよ」

「立て続けに五本もダメにしたっていうのはすげえな……。だが自分が使っていた物くらいは、少しは自分で手入れをしていたんじゃないのか?」

「その五本と同じように余計に悪化するか、それとも全く効果がないかのどちらかでした……」


 終いには戦闘中に武器が破損するなどという、とんでもない事態にまで発展してしまった。


「そんな経験があるので、できれば修繕も本職の方にお願いしたいんですが……」

「イズナ君……。あれだけ料理はできるのに、どうしてそんなに不器用なことになっているの?」


 シシル嬢、それは俺の方が本当に心の底から知りたいことだよ……。

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