第15話 同行

 結局、俺に支払われる予定となっていた金額分は実家であるボルタクス男爵領からの魔石の購入や調達――冒険者に依頼を出す訳だな――に充てられることになった。悪目立ちしたくない俺としては万々歳である。


 クスタ氏たちにとってもこの提案は渡りに船だった。それというのも魔石細工品の価値が高まったことで魔石の価値が増加した一方で、魔道具の燃料となる蓄魔石に加工する分や燃料にしているや武具に組み込むための分が不足し始めており、それらの業種からの不満の声が上がり始めていたからである。


 とはいえ、購入しようとする連中の中心となっているのは権力と財力の両方を持ち合わせている貴族たちである。下手に批判しようとすればお縄になって手が後ろに回るどころか、その縄で首をキュッと絞められてしまうことにすらなりかねなかった。

 そうなると必然的に文句の矛先は自分たちと同列の身分である製作者側へと向いてしまうもので……。


 要するにクスタ工房は工房街の仲間内から突き上げを喰らう立場となってしまっていたのだ。今は先日のレッドアント大量討伐の影響で市場に大量の魔石が出回ったために多少は鎮静化しているが、そうでなければもっと本格的な騒動になっていたかもしれないとのことだった。


「だがまあ、自前の金を使って別途に魔石を集めるんなら文句を言わせる筋合いもなくなるって訳だぜ」

「その上未開からやって来る強力な魔物なら、魔石の質も期待できるだろうからねえ。うちとしても願ったりかなったりさ」


 そうした逼迫しつつあった状況を改善できるかもしれないとあって、夫妻はすっかりホクホク顔である。

 まだまだはっきりしていないことも多い魔石と魔物の関係だが、強力な魔物の方が質の高い魔石を持つ傾向にある事だけは間違いないとされている。

 もっともあくまでも傾向なので、やっとのことで倒した強い魔物から残念な魔石しか取れなかったり、逆にどうしてこいつから?と思えるような弱い魔物から高品質の魔石が取れたりということもままあるのだが。


 まあ、ボルタクス領の場合は王国内の他の地域とは比べ物にならない程の強さを誇る魔物がそれなりの頻度で未開より迷い出てくるので、比べれば高品質の魔石を獲得できる可能性は高いだろうと思われる。


「その分、調達の難易度は上がってしまうことになりますけど……」

「そこは冒険者協会の方で調整するようにしておくわ。私たちとしても冒険者が無駄死にするような事態は避けたいところだから」


 俺の言葉を引き継いだのは、言わずと知れたシシル嬢だ。

 ちなみに、クスタ夫妻と交渉してこの条件に変更してくれたのも彼女だったりする。ちゃっかり所属している冒険者協会が一枚噛むことになってはいるが、面倒な交渉を引き受けてくれただけでなく、これから先も発生するだろう煩雑な手続きを一手に引き受け、更には俺という存在が表に出ることを防いでくれるのだから、文句などあろうはずもなく。


 それにしても、最終決定こそ後日改めてということになったが、それ以外は重要な点も含めて全てこの場でシシル嬢が決定してしまった。

 むしろ上役となる人物の仕事としては、正式な書類に起こして依頼とするだけだと言っても過言ではないな。


 うーむ……。シシル嬢がどんどん一介の受付嬢から遠ざかっている気がするぜ。

 今ならババーンと派手な効果音付きで「実は彼女こそが冒険者協会ジィマフ支部の支部長だったのだ!」と言われても、「な、なんだってー!?」ではなく「ああ、やっぱりね」という返事ができてしまいそうである。


「あのー……、今更ですけど、こんな大事な契約をシシルさんの独断で進めちゃって大丈夫なんですか?」


 ついつい不安になってしまい、彼女にだけ聞こえるよう小声で問いかけてみる。


「平気よ。別に最後まで契約を勧めた訳ではなく、あらかじめ基本となる骨子を組み上げただけだもの」

「……屋台骨になる基礎の柱やはりどころか、壁から天井そして内装まできっちり仕上がっているように見えるんですけど」


 後は看板や暖簾のれんさえ出せば、直ぐにでも営業を開始できそうな気が……。

 だからこそ看板を出すことを許可できる人物の重要さがより鮮明になると言えなくはないのだろうが、そこまでお膳立てできることの凄さが薄まる訳ではない。


 ただ……、これ以上の突っ込みは藪蛇どころか危険地帯に足を踏み入れることにもなりかねないのだよなあ。

 好奇心を抑えきれないニャンコのごとく殺されてしまうのは御免なので、この辺りで立ち止まって回れ右をすることにしようと思う。


 シシル嬢はとっても有能な美人さん。

 うむ。これでいこう。


 話がまとまったところでクスタ工房を辞することに。

 とはいえ、先程の礼も兼ねてということでクスタ氏も同行しているため、別れたのはリゼイ夫人だけだったのだが。

 そうして三人で連れ立ってやってきたのは工房街の中でも比較的街の外壁に近い一角だった。


「この辺は金属の精錬や加工など、騒音が発生しやすい工房が集まっている区画だ」


 クスタ氏が声を張り上げながらそう教えてくれる。道理であちこちからカンカンガンガンという喧しい音が聞こえてきているはずだ。

 馴染みの薄いシシル嬢だけでなく、同じ工房街の住人であるクスタ氏までも微妙に顔をしかめていることから、そのけたたましさの程が理解できるというものだろう。

 もっとも、俺の場合は『エレメンタルガールズ!』でのアイテム作成時の効果音SEに通じる響きだったこともあって、うるさいというよりは何ができ上がるのだろうかという興味の方が勝っていたのだが。


「よう!居るかい?」


 そんな工房の内の一件へと入り込んでいく同行者。その様子から中にいるのだろう人物との気さくな関係が垣間見えるのだが、できればこちらには先に知らせておいてもらいたかったというのが本音でもあるな。

 シシル嬢と顔を見合わせると、俺と同じく呆れたような顔になっていたのだった。

 ともかく、このまま呆然と突っ立っていても始まらない。クスタ氏を追いかけるように俺たち二人もその工房の扉を潜るのだった。


「おいおい。こんな昼下がりから酒とはいい身分だな」

「はんっ!今日の分の仕事はもう終わらせちまったんだ。誰に文句を言われる筋合いもねえな」


 かくしてそこに居たのは体格の良いクスタ氏をさらに一回り横に大きくしたような頑健な男性だった。腕の太さに至ってはシシル嬢の腰回りに匹敵しそうな勢いである。更に特徴的だったのはその顔で、下半分はもじゃもじゃの濃い髭によって埋め尽くされていた。

 うん?残る上半分?……目の位置まではともかく、そこから先の高緯度地帯は何者も住まうことができない不毛の荒野と化していたよ。


「それで、何の用だ?ああ、魔石を売れっていうなら無駄だぜ。いくら大量に出回ったとは言ってもうちまで回ってくる程ではなかったようだからな」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしながら髭モジャの男が言う。


「とりあえず当面必要な分は確保してあるから、もうお前さんに集るような真似はせんよ」

「それなら良いんだが。精々貴族様方からの横槍が入らないように気を付けておくことだ。さすがにこの前のような事がまた起きれば、うちはともかく他所の工房の連中は黙っていられないだろうからな」


 後から聞いた話によると、先だって起きたクスタ氏を始めとする魔石細工を行う工房主による魔石の買い占めは、少しでも早く魔石細工品を手に入れたい貴族たちからの圧力があってのことだったのだそうだ。

 もちろん加担した貴族たちは否定しているが、そんな情報が出回ってしまう程度のお粗末なやり方だったために、そこかしこにその痕跡が残されていたのだとか。まあ、だからこそクスタ氏も工房街の仲間から即座に干されることなく、「次はないぞ」という警告だけで済んだようなのだが。


 後、「うちはともかく」などという言い方をしていること、魔石が回されていないこと等から、こちらの工房では魔石を組み込んでの武具の強化はほとんど行っていないと推察される。


「しかし、魔石の買い付けでなけりゃ一体何の用だ?お前に出せるものなんて後はこの酒くらいしかないぞ?」

「お前さんと違って俺はまだ仕事が残っているんだよ。今の時間から飲んで帰ったりなんてことをしたら、かみさんにぶっ殺されちまうわい」


 本当に殺されるようなことはないが、リゼイ夫人のことだから少なくとも心が折れるどころか、粉砕されて粉微塵になってしまうくらいまでお説教を受ける羽目になることは間違いないだろうな。


「相変わらず尻に敷かれているようだな。まあ、それはどうでもいいとして、仕事の合間にわざわざ顔を見せに来たのはどういう理由だ?……まさか頭が煮詰まっちまって、本当に顔を見せに来ただけなのか?」

「違うに決まっているだろうが!仮に気分転換をするにしても、もっと別の場所に行くわい!」


 それには心の底から同意できるな。何が悲しくてむくつけき髭モジャおっさんの顔を見に来なくてはならないのか。

 もしも俺ならば発想に詰まってしまった時点で迷うことなくシシル嬢に会いに行くような気がする。

 ふと彼女の方を見ると、何故だかニコリと微笑まれてしまう。心の内を透かして見られたような気分になってしまい、慌てて明後日の方を向くことになる俺なのだった。


 うおっほん!それはともかくとして、だ。このままだといつまで経っても話が進みそうにないのでクスタ氏たちの間に割って入らせてもらうことにしようか。


「ここに来たのは俺が用があったからですよ」

「ぬ……?何じゃ、お前は?」

「どうも。俺はイズナ・ボルタクス。冒険者です。クスタさんとは偶然にも運良く知り合うことになりまして。武具工房を営む方に知り合いがいるということでしたので、厚かましくもこうして同行をお願いした次第です」

「ふむ。……つまりはお前がうちの客ということか」


 そう言いながらも髭モジャおっさんは客を見るものとは言い難い目つきで、俺のことをジロリとねめつけてきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る