第14話 商談
俺たちが通されたのは小さな応接室だった。元の世界であれば自社製品のカタログや見本などが並べられているところだろうが、こちらではそういう形でのアピールはしていないようだ。
「待たせたな」
一通り部屋の中を見回したところで、俺たちを呼び込んだ工房主の男が入ってくる。その背後には茶でも入っているのだろう器を乗せた盆を持った、細身ながらも男と同じくらいの長身の女性が続いていた。
男は俺たちの正面に座り、女性が間のテーブルに茶を並べていく。その行動に頭を下げると、警戒の度合いを少し緩めながら小さく頷き返してくれる。
突然のことで、しかも初対面どころか素性も全く分からないときているのだから、用心するのも当然だわな。同じくそんな相手にホイホイついてきた俺が言えたことではないかもしれないが。
「そういえば自己紹介も何もしていなかったんだったな」
そんな俺たちの仕草で気が付いたのか、男が今更ながらのことを口にする。
俺とシシル嬢は苦笑いで返し、女性は盛大なため息を吐くことでその迂闊さを非難するのだった。
「俺は『クスタ工房』の工房主兼職人のクスタだ。こっちは女房で会計を任せているリゼイ」
男、クスタの隣に腰を落ち着けた女性、リゼイはその紹介に合わせてぺこりと小さく頭を下げた。
気安そうな間柄だと思っていたら、二人はやはり夫婦だったのか。などと俺が暢気に考えていると、隣から「えっ!?」という驚きの声が聞こえてくる。
「クスタ工房と言えばジィマフでの魔石彫刻細工の草分け的な工房ではありませんか!」
「ほう。よく知っていたな。扱っている物がものだけに値が張るから、貴族様かその付き合いのある商人たちくらいにしか名前を知られていないってのによ」
シシル嬢の言葉にクスタが不敵な笑みを浮かべながら答える。ガタイがいいこともあって、そうしていると工房主というより山賊の親玉か何かのようである。
一方、奥さんであり工房の金の流れを一手に引き受けているのだろうリゼイは、ようやく一般にも名が知られてきたと考えたのかホッとした表情となっていた。
思わずといった調子で愚痴ってしまっていたクスタといい、もしかすると今の商売形式に漠然とした不安を感じているのかもしれない。
「あ、申し遅れました。私は冒険者協会ジィマフ支部で職員をしております、シシルと申します」
そんなシシル嬢の自己紹介に、今度は納得顔になる二人。しかし、ほんの一瞬だけだったが残念そうな顔つきになったことから、先の予想は間違っていないと確信が持てた。
まあ、それは一旦置いておくとして、先に納得顔になったことの理由を説明しておこう。
魔石という物は魔物にだけ存在するある種の器官だと思われている物であり、魔物を討伐することで主に入手することができる代物である。
そして魔物と戦う頻度が多い冒険者は、必然的に魔石の採取者ということになる。更に言えばそれを他の素材と一緒に買い取って様々な方面へと売り捌く冒険者協会は、魔石の一大卸問屋のようなものとなるのだ。
つまり職員であるシシル嬢であれば、自分たちの所に魔石が売られていることを知っており、どのような物となっているのかを知っていて当然だとクスタたちは考えた訳である。
一介の職員がそこまで組織の詳しい事情について精通しているなど、普通はおかしな話であるように思うのだが、そこまでは思い至っていないようだ。かく言う俺も、シシル嬢ならそのくらいの情報を持っていても不思議ではないと思ってしまうところがあったりする。
そんなことを考えていると、三対六つの目が俺の方へと向けられているのを感じる。
何事?って、ああ、自己紹介か。
「イズナ・ボルタクスと言います。冒険者で、あと明日からはシール魔導騎士学園に通う学生という肩書きも着くことになっています」
「シール学園の学生?ってことは、お前さん、貴族なのですかい?」
唐突なカミングアウトに慌てて口調を正したつもりかもしれないが、まだまだアウトコースまっしぐらである。
もっとも俺自身が碌にマナー等を身に着けている訳ではないので、突っ込むつもりはないのだが。
それにしても特待生だの特別枠だの貴族推薦だのと、平民でもシールの学生になる手段はいくつかあるはずなのだが、それが一切思い浮かんでこない辺り平民出身の学生がいかに少ないかが分かるというものだな。
「田舎の貧乏木っ端男爵家の次男ですから、貴族と言えるのかどうか怪しいところですけどね。間違いなく王都や中央の騎士爵持ちの方が優雅な暮らしをしていると思いますよ」
しかも学園から離れる際には、独立というか離縁されることがほぼほぼ決定している。
卒業ではないところがミソで、例えばあまり考えたくない展開だが、何か問題を起こしてしまって学園を退学させられるということがあった場合、その時点でボルタクス性を剝奪されてしまうことになるだろう。
兄さんや彼の妻となる女性の実家である隣領の子爵家の動きが気にかかるところではあるが、親父殿と兄さん、更にはうちの家臣団であれば何とか乗り切ってくれるのではないかと思う。
「爵位こそ低いですが、ボルタクス領は未開の地から現れる魔物たちを相手に、王国を守る役目を果たしてくれているんです」
シシル嬢の説明にクスタ夫妻の視線に畏怖と感謝の感情が追加されたのを感じた。
が、それは少々どころかかなり好意的で高評価な物言いだと思う。まあ、嫌われるよりは好かれるに越したことはないので、ここは曖昧に微笑んで御茶を濁すことにしようか。
「とにかく、口調はそのまま出構いませんよ。そうじゃないとシシルさんのことも罰しなくちゃいけなくなるので」
肩をすくめて軽口混じりに言うことで、クスタだけでなくリゼイの方も何とか納得してくれたのだった。
「それで、表での話に戻るんだが。イズナ……、でいいのか?」
「問題ないです」
「そうか。……イズナが教えてくれたことは画期的で俺も心底面白えと思った。そしてできればそれを形にしていきたい。もちろん対価はしっかりと支払わせてもらう。だからどうかあの発想を形にする許可を俺に貰えないだろうか!」
ガバッという音がしそうな勢いで頭を下げるクスタ氏。前世のニポンであればぞ下座でもしているところだな。
……いかん。目の前の衝撃的な光景に、ついつい頭が現実から逃避を図っているようだ。
「いや、落ち着いて!というか頭を上げてください!?それ以前にリゼイさんにちゃんと説明したんですか?目を丸くするどころか、何が何だか分かっていないみたいですよ」
アイデアを使用させてくれというだけでなく、それに使用料を払うとまで言っているのだ。何の説明もなく自分の領分である金勘定に関わることを決められてしまっては、腹立たしく感じてしまうことだろう。
俺の言葉で我を取り戻した、というよりは隣から漂ってくる極寒の冷気で強制的に頭を冷やされてしまったというのが正解なのだろう、錆び付いた蝶番を無理矢理動かしたかのような緩慢かつぎこちない動作で、クスタ氏は首を動かした。
頭を下げた姿勢のままだったこともあって、なかなかに不気味な光景である。
その上、その視線を向けられた当のリゼイはというと、満面の笑みながらもどこか仮面じみた表情を張り付けているという、心の底から冷え冷えとする顔つきとなっていた。
シシル嬢が小声で「ぴっ!?」と鳴いてしまった――たいへん可愛らしく眼福だった!――のも仕方のないことだろう。
俺自身、すぐさま彼女の手を取って「お邪魔しました!」と飛び出して行きたくなる気持ちに駆られている程だった。
「り、リゼイ。これは違うんだお前のことを蔑ろにするようなつもりは全くなくて――」
「余計な言い訳は要らないから、さっさとそのお人らと話したことを説明おし」
「は、はい!」
かくして、リゼイ夫人の一喝を受けたクスタ氏が工房の前での俺たちとのやり取りを話し始めたのだが……。
「このおバカ!関係のない他所様に向かって愚痴を垂れ流しているんじゃないよ!しかもその挙句難癖付けて絡むだなんて、
見る見るうちに顔つきが険しくなっていったかと思えば、元の世界で言うところのマシンガントークな勢いで説教を始めたのだった。
「イズナさんとシシルさんだったかい?ただでさえ不愉快な思いをさせちまったっていうのに、その上こんな所に引きずり込んでしまって本当に申し訳なかったわねえ」
「あ、いえ。こちらも相応に生意気なことを口走ってしまっていたので……」
「それに、名高いクスタ工房の方々ともこうして知己を得ることができましたから」
そう言って俺たちが取りなしたことでようやく矛を収めてくれた。
「た、助かった……。二人ともありがとよ。心の底から感謝するぜ」
クスタ氏……。先程俺の発案を使用させて欲しいと頭を下げた時と同じくらいに真剣な顔になっているんだが……。
どれだけ奥さんが怖いんだよ。女性陣の力が強い方が夫婦関係や恋人関係は上手くいく、なんて話を聞いたことはある。しかし彼らの場合は、工房の財務を布陣が握っているということで、その力関係がさらに極端になってしまっているのかもしれない。
まあ、破綻することなく回っているのだから部外者である俺たちが口を出すことではないのだろう。
それよりも、そろそろ本格的に目的地としていた武具の工房へと向かいたいところなので、さっさと用件を終わらせてしまおうか。
「俺が提示してみせた案を使用したいということですが、それに関しては問題ないです。きっとそのうち誰かが思い至ったことでしょうから」
この世界でも鉄製品などの一部は既に鋳型での大量生産が行われているからな。手作業による一点物の製作にもその考え方が流入してくるのは時間の問題だろう。
「そうか。改めて面白え考えを教えてくれてありがとよ。お前さんの行為を無駄にするような物は絶対に作らないとここに誓わせてもらう。で、その発想に対する対価なんだが……。母ちゃん、どう思う?」
「そうさねえ……。イズナさんの案は技術力を証明するってだけじゃなく、贋作予防にもなるだろうから、あんたが上手くものにすればうちの利益はとんでもないことになると思うよ」
そんな大袈裟な、と思ったがそうでもないらしい。クスタ工房の名声はジィマフだけに留まらず王都など他の国内の都市にも広がっている。
魔石を加工できるという技術を持っている者が少数であるのでこれは当然の話なのだとか。そんな彼らが新たな技術、新たなコンセプトで新商品を作り上げたとなれば、その価値は天井知らずとなってしまう可能性があるのだそうだ。
「発案者がイズナさんであることを明確にしておくことと、新商品の売り上げの内の何割かを渡すっていうのが妥当なところかね」
おいおい、話しがどんどん大事になってきているような気がするんだが?
大金と共に厄介事が転がり込んでくる未来を幻視してしまい、頬どころか顔全体が引きつっていくのを感じるぞ……。
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