第13話 発案
「つまりこの倉庫街が、商業区と工房街を隔てているという訳ですか」
広場を後にした俺たちは、シシル嬢の説明を受けながら工房街へと向かっていた。
物作りには大きな音が付きものであり、特に鍛冶などの金属加工とは切っても切れない縁があると言える。
しかしながら商談の際に大きな音が響いているというのは、売る側としても買う側としてもマイナス要因となってしまう。商品の吟味などただでさえ集中力が必要だから当然と言えば当然だろう。
その一方で物を作る場所とそれを売るための場所というのは、輸送のコスト面から近ければ近い程良い。
ジィマフの街は商業区と工房街の間に倉庫街という遮蔽物を挟むことで、こうした相反する諸々の条件に上手に対応しているように思えた。
ちなみに反対側の一般居住地域との間にも、ここと同じような遮音効果を持つ区画があるらしい。さらに余談だが、水や空気の汚れに関しては浄化の魔法で対応しているそうだ。……騒音は魔法で対処できなかったのか?
「……凄いわね、イズナ君。あれだけの説明でそれだけのことを理解できる人なんて、そう多くはいないわよ」
「うし!シシルさんに褒めてもらえた。ここしばらく教科書と睨めっこをしていた甲斐がありましたよ」
種を明かすと、実はほとんどが教科書からの受け売りだったりする。都市設計のようなものまで学ばないといけないのだから、貴族というか上に立つ人間というのは大変だよな。
「いやいや、いくらシール学園の授業で使用されるくらい高度で洗練された理論だったとしても、それを読み込んだだけで理解できるような内容じゃないから」
そこは異世界の知識があるからなのだろうが、さすがにそれを説明することはできないので曖昧に笑いながら、「シシルさんの解説が分かり易かったからですよ」と誤魔化しておくことにする。
「……まあ、いいわ。イズナ君に一々ツッコミを入れていたら、それだけで日が暮れてしまいそうだもの」
「……世間知らずの常識知らずのように言われるのは心外だなあ」
「
シシル嬢の切り返しにスッと視線を逸らす俺。そしてその様子に深いため息を吐く彼女。
最初に会話をしたという縁もあって、俺の担当役のようにされてしまったからなあ。個人的には「綺麗なお姉さんとお話しする機会が増えてラッキー」とか思っていたのだが、控えめに言ってもそれなりに問題児だったようだから彼女の気苦労は大きかったようにも思う。
色々とご面倒とご迷惑をおかけしております。
そんな風に主に俺が気まずい会話を行いながら歩くこと数分、いつの間にやら倉庫街を抜けて工房街へと到着していた。
人通りが少ないという点は同じだったのに、それまでとは打って変わってあちらこちらから様々な種類の音が聞こえてきて、雑多でにぎやかな印象を受ける。
「この辺りは商業区に近いこともあって、そちらに卸している品を作っている工房が多いわね」
同時に学園区や貴族街の貴族をメインターゲットにした高級品の製作も行われているようだ。
それもゼロから作るだけではなく、別の工房で作られたものに装飾を加える形で製品を完成させることもあるのだとか。よって高級路線寄りの工房とは言っても、他の工房との横の繋がりが薄いという訳ではないそうだ。
「通になると、どこの工房の職人が作った品をベースにして、どこの工房の職人が装飾を施したのかまで分かったりするそうよ」
「おおう、まさしく達人の目利きですね。……だけどそういう人がいる傍ら、通を自称するだけの連中も湧いていそう」
そういう場合でもせめて自分なりのルールだとか方向性を持っていれば良いのだが、どこかのお偉いさんの言動に追従していたり、派手派手しい程素晴らしいと勘違いしていたりする輩が多いのが難点である。
「ほっほう。若い奴の割りには道理ってもんを分かっているじゃねえか」
ふと横合いから割り込んでくる声が。出所を探ってシシル嬢と二人で首を巡らせてみると、ニカッと笑みを浮かべた体躯の良い男性が立っていた。
「お前さんの言う通り己の好みだとか美意識を持っているお方ばっかりなら、まだ作り甲斐もあるんだがな。最近は批評家だとか何だかが幅を利かせているせいで、似たような物ばかり作らされてまいっちまうぜ」
いや、いきなり愚痴られても困ってしまうんだが……。しかも表情は相も変わらず笑ったままというのが、なんとも不気味である。
まあ、その眼だけはこちらを見極めようとしているのか笑うどころか鋭く研ぎ澄まされていた訳で、要するにそちらが本心だったということか。
さて、どう答えるべきか。こちらとしては下手なことを言って貴族とも付き合いがあるかもしれない高級路線寄りの工房の職人らしき人物から目を付けられるような事態は避けたい、というのが本心だ。
しかしながら職人同士の繋がりのことを考えると、一人に嫌われることが職人全員を敵に回すことに発展する可能性も否定できない。
加えて、どうやら先程のシシル嬢との会話を聞かれてしまったことで、その男性には既に興味を持たれてしまっている節が見受けられた。
「シシルさん、今更すっとぼけてもやっぱり無駄ですよね?」
「そうね。というかそれをあちらに聞こえる声量で言っている時点で誤魔化すつもりなんてないんでしょう?特定の個人を誹謗する訳でもないのだから、思った通りに答えて問題ないと思うわよ」
幸いにも現状では良い印象の方が強いようなので、ここは一つシシル嬢の助言に従って考えを言葉にしてみるとしますか。
「確かに自分がやりたいことを形にできる環境っていうのが理想なんでしょうし、同じことを繰り返すのが苦痛になるのも理解できます」
大切だと分かってはいても、基礎の反復練習を喜々として行える人物は稀だと思う。
俺などは前世というか異世界の知識がなまじっかにあったものだから、ついつい新しいことや物珍しいことをやりたくなってしまうという悪癖を抱えることになってしまっていた。
「しかし、だからと言って受けた依頼に後から文句を付けるっていうのは、筋が通らないんじゃないですかね」
「……なんだと?」
同意から一転して非難じみた台詞に変えたことで、男の視線に剣呑としたものが追加される。
それでも笑顔は変わらないのだから、いい性格をしていると言わざるを得ない。
「別に、本当に嫌なら引き受けなければ良かったのだ、なんて言うつもりはありませんよ。引き受けざるを得ない仕事なんて、いくらでもありますからね。でも、それならそれでいくらでもやりようはあるでしょう」
「……そこまで言うんだ、お前の頭の中には具体的な案も浮かんでいるんだろうな?」
「発想っていうのは財産なんですけど。……まあ、その道に卓越した年配者に向かって無礼な言葉を吐いた詫びだということにしておきますか。例えば、単に似たようなものばかりを作るのではなく、素人目どころか玄人目であっても見分けがつかないくらいに同じ物をいくつも作るだとか、同じに見えてどこか少しずつ異なる部分があるといった作り手の遊び心を感じさせる仕上がりにする、というのはどうですか」
要は発想の転換というやつだ。
手作業による一点物だからこそ、あえて大量生産されている工業製品のようにそっくりなものを作り上げることで、作り手の卓越した力量を見せつけようという訳だな。
さて、本当に具体案を提示されるとは思っていなかったのか、男の顔が一気に驚愕に染まる。
同時に、なぜか隣のシシル嬢も目を丸くしてこちらを見ている。つまりそれは俺の言ったことを理解しているという証でもあった。
俺のことを頻繁に持ち上げてくる彼女だが、異世界の知識も何もないことを考えるとシシル嬢の才女っぷりの方がとんでもないことのような気がする。
組織の顔となる受付嬢の仕事を甘く見る訳ではないが、彼女であればもっと上の立場にいてもおかしくはないようにも思えるのだった。
「兄ちゃん、実はどこかの工房の職人なのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。俺には物作りなんて繊細で独創性が必要な作業は無理です」
美味い物が喰いたいという欲求が強かったこともあって、料理だけはそれなり程度にまでは成長させることができたが、それ以外の生産系の能力はからっきしだった。
故郷にいた頃も、乾燥させた薬草類をすり潰そうとしてはくしゃみをして撒き散らしてしまったり、シーツなどの単純なものを縫おうとしては針を指先だけでなく腕などに突き刺してしまい布を血だらけにしてしまったりと、温厚で滅多に感情を表に出さないあの兄さんですら呆れて頭を抱えてしまうほどだった。
そもそも、武器の手入れすらまともにできずに戦闘中にぶっ壊してしまったことある時点で、そちら方面の能力はお察しというものである。
……止めよう。事実であるからこそ、とてもとても悲しくなってきた。
「……兄ちゃんがそう言うなら詳しくは聞かないけどよ。だが、今の具体案を聞かされた以上、このままって訳にはいかねえ。うちの工房に寄って行ってもらうぜ」
男のいきなりな言葉にシシル嬢と顔を見合わせてしまう。
興味を持たれるくらいはするだろうと予想していたが、まさかこんな唐突に強引な足止めをしてくるとは思わなかった。
「……私たちは武具工房に用があったのだけど?」
「なに、それ程時間は取らせねえ。ちょっとばかり礼をしたいだけだからな」
「礼?」
それはあれか?お礼参り的なやつなのか?まさかとは思いつつも、男の筋骨隆々な体格を見ているとあり得ないとは言い切れないものがあるな……。
「おう。兄ちゃんが言っただろう、発想は財産だってな。同感だよ。あんな面白い話をタダで聞かされたとあっちゃあ、工房主としての、何より職人としての沽券にかかわるからな。悪いが嫌だと言っても受け取ってもらうぜ。ああ、何なら武具工房の紹介をしてもいい。これでいて俺はこの工房街の顔役の一人だからな」
そこまで言われてしまっては断るのも難しい。それに顔役の一人ということなら、おかしな職人を紹介することもないだろうし、その先の工房で無碍に扱われることもないだろう。
さすがのシシル嬢でも武具工房に個人的な伝手があるという訳ではなかったようだから、正直に言ってありがたい話だ。
「それじゃあ、お邪魔させてもらいます」
「おうよ。おい!客だ!茶を用意してくれ」
俺が答えるや否や男は工房の中へと取って返すと、大声で指示を出し始めたのだった。
「妙なことになったなあ……」
「まあ、悪いことにはならないでしょう」
そうだといいのだがね。軽口を叩き合いながら、俺たちは開けっ放しになっていた扉を潜り、男が消えた建物の中へと入っていったのだった。
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