第12話 弁当

 器が必要な料理の屋台が出ていることからもお察しの通り、広場には憩いのためや休息のためのベンチばかりではなく、食事ができるようにテーブルや椅子も数セット置かれていた。

 基本的には雨風に晒されているため、それなりに傷みが見て取れる。


 はっ!

 これは彼女が座る椅子にさりげなくハンカチーフを広げて、紳士らしさをアピールするチャンスなのではないか!?


 って、ハンカチを持ってねえよ!?

 それ以前にこの世界ではまだ衛生観念が薄いため埃を払ったり汗をぬぐったりする程度で、食前にしっかりと手を洗うという文化自体が存在していないのだった!


 病気は魔法や回復薬が効かないこともあって怪我よりかは恐れられている傾向があるものの、有名なものに対しては特効薬までとはいかずとも治療薬の精製手順が一応は確立されていることになっている。

 そのためか、衛生管理による予防という面は未成熟なままとなっていたのだ。


 まあ、ないものは仕方がない。とりあえず席について食事を始めるとしようか。

 屋台で買った品々に加えて、朝からせっせと作った弁当を取り出して並べていく。


「ふわああぁぁ……」


 おかず類を入れた箱の蓋をパカリと開けたところで、シシル嬢が可愛らしい歓声を上げる。無事に見た目的には合格点を頂けたもようである。

 その中身の方であるが、ミートボールに卵焼き、ウインナー、トマトをアクセントにした葉野菜のサラダといったラインナップである。「お子様向けか!?」と言われそうだが、自分だけならまだしも他人に食べて貰うお弁当となるとこういうものしか思い浮かばなかったのだ。

 結果的には喜んでもらえているようなので問題なしだな。


「あ、卵焼きは甘い物としょっぱいものの両方がありますから」

「甘いのとしょっぱいの!?」


 そういえば卵単体での料理といえば、ゆで卵か目玉焼き、炒り卵くらいしか見たことがない気がする。しかもどれも基本的には食べる人が後から好みの味を付けるのだったか。

 薄焼きにして巻いてあるというだけでも変わっているのに、味が付けてあるということで二重に驚かれてしまったようだ。


「で、こっちはサンドイッチ」


 更にガサガサと音を立てながら紙に包まれたバゲットサンドを取り出していくと、元々それほど大きくなかったテーブルの上は料理で一杯になってしまっていた。

 本当はおにぎりにしたいところだったのだが、残念ながらコメは見つかっていないんだよなあ。


「凄い。ここまで本格的なものが出てくるとは思ってなかったわ」

「いやいや。別にパンから焼いた訳でもなし、それほど手間でもないですよ」


 本格的な弁当とはなんじゃらほい?と思いながら、とりあえず無難そうな回答をしておく。

 強いて挙げるならミートボールの挽き肉作りと、サラダやサンドイッチに使用しているマヨネーズの作成が面倒だったくらいだ。


 余談だが、マヨネーズはジィマフに来てから初めて作成した。本当は故郷の特産品にしたかったのだが、元の世界のように高性能な防腐剤や冷蔵庫が存在しないため日持ちがしないという欠点を克服することができずに断念したのだった。

 それ以前に魔物討伐を始めとした日々の生活に追われており、知識を試す余裕などなかった。


「えーと、とりあえず食べましょうか。弁当はともかく屋台で買った分は冷めると味が落ちそうだし」

「そうね。でも、私としてはイズナ君謹製のお弁当の方が気になってしまうわ」

「ははは。そう言ってもらえると作った甲斐がありますよ。それではお嬢様、どうぞお好みのものからお召し上がりくださいませ」


 給仕風に言ってみたのだが、既にシシル嬢の正面に座ってしまっていたこともあって、締まらないことこの上ないな。

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、彼女は片手を口元に当ててクスクスと上品に笑うのだった。


 ……なんというか、時々とても上品そうに思える所作を取ることがあるよな、この人。

 今なんて一瞬本当にしっかりとした淑女教育を受けた上流階級のお嬢様に見えたぜ。


「甘い!美味しい!……本当だわ、こっちはしょっぱい!でもやっぱり美味しい」


 うん。本当に一瞬だけだったな。まずは卵焼きに狙いを定めたシシル嬢は、二種類を交互に食べてはその味の違いを楽しんでいた。


「これ、お肉!?ビックリするくらい柔らかいわ!」


 続いてミートボールに挑んでその柔らかさに仰天し、その後はサラダにかけられたマヨネーズに目を白黒させ、ウインナーの普通さにほっこりしていた。

 まあ、ウインナーは肉屋で買ったものだからな。しかも特段変わり種な味付けの品をチョイスした訳でもないので、ごくごく普通の味なのも当然である。


「って、おかずを先に制覇しちゃいましたね」

「美味しい上に食べたことのない味付けのものが多かったから、夢中になって食べ進めてしまったわ……」


 俺からは特にがっついているようには見えなかったが、女性としては少々はしたない態度であったようで、シシル嬢は俯きながら頬を赤らめていた。


「美味しく食べて貰えたなら、作り手としては本望ですよ。ささ、こっちのサンドイッチも食べてみてください。サラダにかけていたソースをアレンジしたものを使用しているので、多分こっちもお口に合うんじゃないかと思います」


 具材は薄切りにしたベーコンに葉物野菜とトマトだ。なので元の世界で言うところのBLTサンドのようなものだな。

 俺の朝食分として用意されていたゆで卵とピクルスをマヨネーズに加えて、タルタルソースもどきを作り少量だがトッピングしてある。

 軽く焙ったバゲットがサクッという音を立てて、具材と一緒にかじり取られていく。


「んんっ!?これも、すっごく美味しい!」


 マヨネーズがお気に召したのなら、こちらもきっと好みに合うはずだと思っていたが、予想通りだったようだ。

 時折汁物を口に運びつつ、彼女は用意しておいたバゲットサンドをパクパクと平らげていったのだった。

 俺はというと、主に屋台で購入した串焼きの肉で腹を満たしていた。串焼き屋のおっちゃん、オマケしてくれてありがとう。お陰で空腹に喘ぐことにはならなかったよ。


「はあ……。どれもとっても美味しかった。これ程満足できた昼食は初めてかもしれないわ」


 至福であることを全身で表現するかのように、満足そうなお顔でテーブルへと突っ伏すシシル嬢である。


「そこまで褒められるとくすぐったいものがありますけど。まあ、気に入ってもらえたようで何よりでしたよ」


 そう答えると、なるべくそちらは見ないようにしながら空っぽになった弁当箱や皿を片付けていく。

 あー、その、なんだ。彼女の表情がな。色気のようなものが滲み出ているようでさ。直視してしまうと俺の耐久力的なものがガリガリと削られてしまいそうだったのだ。

 加えて、上半身俯せであるにもかかわらず、いや、そんな体勢であるからこそ装備されているクッションの高性能さがありありと発揮されている訳で……。


 こんな時は本当に心の中で「眼福だな」と思うだけでさらりと流せるクールでスマートな大人の余裕が欲しくなる。

 あ、ちなみに三枚目どころか軽蔑対象まっしぐらとなるので、口に出すのは論外である。


 喜んでもらえたことは作ったこちらとしても非常に嬉しいのだが、あまり無防備な姿を見せられるのも困りものだな。

 気を許してくれているのかそれとも男として見られていないのか。前者ならば喜ぶべきところだが、後者であれば悲しみのどん底に叩き落されそうで……。何とも難しいところだよなあ。


「はあ……。こんなに美味しいお弁当なら毎日でも食べたい」


 ちょっ!?ここで追い討ちとか卑怯じゃないですかね!?

 いや、むしろ止めを刺しにきた!?告白?告白なのか!?元の世界で言うところの「君のつくる味噌汁を毎日飲みたい」的なプロポーズなのか!?


 返事はもちろん「幸せにしてくださいね」ってなんで俺の方がお嫁さんポジションやねん!

 じゃなくてちょっと待てそうじゃないいやそうなんだけれども!?


 シシル嬢は国内第二の大都市にある冒険者協会の支部で受付嬢をやれるだけの度量と知識と美貌を持つ、いわばエリートと言ってもいいお人なのだ。

 辺境の男爵家次男という貴族|(笑)状態の俺からすれば、これ以上ない程好条件のお相手と言えるだろう。


 だから落ち着け俺!?先ほどの言葉はきっとリラックスしたことでポロリと願望を口にしただけのことに過ぎない。

 でも逆説的に考えればそれこそ本心からの言葉だったとも取れる訳で……。

 いかん。考えれば考えるほどドツボにはまってしまいそうだ。


「どこかにイズナ君のお弁当と同じくらい美味しいランチを出す店がないかしらね。そうしたら私だけじゃなくて他の冒険者協会女性職員うちの子たちも常連になると思うんだけど」


 ああ、大丈夫だ。あらかじめ予想はしていたからな。そういう意味合いのことだと理解していたさ。

 ……ちょっとくらいなら泣いてもいいよな?


「すぐ隣に食堂があるんですから、そこの改善をすればいいじゃないですか」


 そんな内心の悲哀を見せることなく、シシル嬢の台詞に突っ込みを入れる。


「あそこは初心者や駆け出しの子たちだけでなく、予定外の出費やトラブルで金欠になっている中級冒険者たちの救済の場所でもあるのよ。だから安くて量の多さを一番のウリになってしまって、味の方は二の次扱いされてしまうの」


 言われてみればそういった傾向はあったように思う。居座っている時に横目で見ていた料理はどれも、安かろう多かろう――美味かろう、ではないところがミソだな――を地でいくものばかりで、身体を動かしてなんぼの冒険者であればともかく、事務仕事や裏方作業が大半の協会職員たちにとっては厳しいものがあるだろう。


「かと言って味中心にシフトしてしまうと調味料なども多く使用することになって、その分原価も上昇してしまう。そうなれば食い繋ぐことができなくなる人たちが出ることになりかねない。冒険者を支援する冒険者協会としては、そんな本末転倒なことは絶対に受け入れることができないのよ」


 セーフティーネットの役割も兼ねているため、不満に感じる部分はあってもそう簡単に手出しすることはできないという訳か。


 余談だが、急遽依頼完了の打ち上げなどに使用されることも多いので、酒の方のラインナップはなかなかのものであるそうだ。

 つまみが不味ければ美酒の味も半減すると思うのだが、宴会のハイテンションのためか、苦情が出たことはないのだとか。


「なるほど。食堂の飯が不味い、じゃなくてあまり美味くない理由は分かりました。だけど俺の弁当だってそこまで味にこだわったものじゃありませんよ?」


 卵焼きにミートボール、後はマヨネーズとタルタルソースもかな。そういった変わり種のお陰で、シシル嬢からは高評価を得たのだと思っている。


「そんなことはないわ。確かに初めて食べるものばかりで驚きもあったけれど、しっかりと素材の味を活かしてあったじゃない。うちの食堂の場合、しょっぱいならしょっぱいだけ、辛いなら辛いだけといったものばかりなの……」


 それはもはや料理ではなく、食用可能な代物を作っているだけ、という状態なのではないだろうか……。


 その後、シシル嬢と二人で冒険者協会の食堂をいかに改善するかという討論になり、気が付けば食事の余韻も甘ったるい雰囲気も何もかもが霧散してしまっていたのだった。

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