第10話 散策

 たむろっていた冒険者たちをギースに任せて、冒険者協会を出発した俺はシシル嬢と共にさっそくジィマフの街を散策していた。


 え?手を繋ぐ?

 初デートでしかも開始早々にそんな難易度の高いミッションをクリアできるはずがないだろうが!


 それは俺だって男だからして、彼女と手を繋いでみたいという欲求はある。彼女のいわゆる白魚のような細くしなやかな指がからめられると想像しただけで……!


「あちらに行くと学園区に近くなるから貴族向けの店が多くなるわ。逆にこちらの方には……、ちょっとイズナ君、聞いてる?」

「ももももちろんですとも!?」


 いかんいかん。妄想に浸って危うくシシル嬢の説明を聞き逃すところだった。


「もう!ちゃんと覚えておかないと後々余計な苦労をすることになっても知らないわよ。ただでさえ君は初心者向けの街中の依頼をすっ飛ばしてしまっているんだから」

「ご、ごめんなさい」


 冒険者になったばかりの若者はそういう街中での依頼を受けては土地勘を養い、顔見知りを増やしていくのだとか。

 一見単なる雑用のような依頼が随時張り出されているのにも、ちゃんとした意味があるということらしい。


「イズナ君の場合はシール学園に在籍することになるから、貴族だけでなく貴族が懇意にしている商人たちからの依頼をお願いする機会もあると思うの」

「シール学園の学生だから、ですか?」

「ええ。貴族籍であれば身分の、平民出身であれば実力のこれ以上ない証明ですからね」


 王都にあるという個別の研究所を除けば、シール魔導騎士学園は国内最高峰の学舎となるのだから、実情はともかく学生たちもそこに通えるだけの何かを持っていると見なされるということか。

 例えばシシル嬢に絡んでいたあのバカなボンボンですらも貴族の身分は俺よりも遥かに上ということになるだろうからな。その部分だけを求める輩がいたとしても不思議ではないのかもしれない。

 それはさておき。


「シールの学生のどれくらいが冒険者になっているんですかね?」

「毎年平民出身の学生は全員冒険者登録を行っているわ。学園のダンジョンで採れる物の一部は冒険者協会うちに直接持ち込んでも構わないことになっているから。学園を仲介しない分、ほんの少しだけど買い取り額が高くなるの」

「塵も積もれば、ってやつですか」

「そういうこと」


 当然、学園ダンジョンだけでしか手に入らない貴重なもの――品質的には同等品どころか上位互換品がいくらでもあるので、実は珍しい以外の価値はなかったりする――は持ち出せないようになっており、例えアイテムボックスの中に入れていようが敷地外に持ち出した時点で不思議な力によって感知されるようになっているのだとか。

 この辺りゲームの影響を多大に受けているような気がするのだが、なんとも雑な設定である。


「後、貴族出身者は例年二人から三人といったところね。だから学園全体で見ても五人前後だという話よ」


 今更な追加説明で申し訳ないが、シール学園は二年制だ。


「遡れば十人を超える年もあったようだけど、直近でも五十年近く前のことらしいわ」

「それだけ長い年月の間、国同士の諍いだけでなく魔物による大きな被害も起きていないということの表れだと言えないこともない、かな」


 ちょっとばかり強引な俺の解釈に、シシル嬢も苦笑い気味になっていた。


「ああ、でも王太子殿下が入学なさった十年前は別よ」


 そんな前置きから始まった彼女の説明によると、王太子が入学する直前に「殿下が冒険者の登録をするらしい」という噂が実しやかに広がったのだとか。


「その結果、殿下との既知を得られるかもしれないと、一部の大貴族家を除いてほぼ全ての貴族出身の学生たちが冒険者協会に殺到したらしいわ」

「それはそれは……。当時の職員の人たちにはご愁傷様としか言いようがないですね……。それで、肝心の王太子殿下は?」


 俺の問いに返ってきたのは、緩やかに首を横に振る仕草だった。


「冒険者なんて危険な職に就くなんてことを王宮が許すはずなんてなかったのよ。例えご本人がどう思っていたとしてもね。虚偽だと広まるのに時間はかからなくて、その数日後には今度は登録の取り下げを求めて貴族の子女たちが押し寄せてきたそうよ」


 不確実な情報に踊らされて走り回る羽目になった学生たちと、それに振り回されることになった冒険者協会の人たちの悲哀が目に浮かぶようだ。重ね重ねご愁傷様というより他ない。

 しかし、そんな偽情報がどこから出回ったのだろうか?


「その噂の出所や犯人は突き止められたんですか?」

「それが不明なままなのよ。コケにされた各貴族だけでなく、王太子殿下の名を勝手に用いたということで王宮が、そしてダシに使われた冒険者協会までもが調査に乗り出していたのだけれど、噂の元には辿り着くことができずじまいだったらしいわ」


 おいおい、国や冒険者協会が動いておいて解明できずかよ。


「余程足跡を消すのが上手い人物か、それとも相応の権力を持つ組織が背後にいたのか、という辺りか……」

「ええ。当時の調査団も同じ結論に到達していたそうよ」


 ただ、嫌がらせの域でしかないんだよなあ……。どう考えても国規模の組織がやるにしては規模が小さすぎる。

 国王陛下を始めとした国の上層部が、抜き打ちで貴族たちの能力を試したと言われた方がまだ現実味がある。

 そう冗談交じりにシシル嬢に告げてみたところ、


「確かに、その可能性はありそうよね」


 と、予想外にも真剣な顔で受け止められてしまったのだった。


「話を戻すと、十年前のその一件以降、この辺りの貴族向けの店でも武器や防具、それに回復薬といった商品が取り扱われるようになったのよ。まあ、現在では主に貴族家の私兵や学生に付き添う護衛が主な顧客対象になっているようだけど」


 そんなところにも影響しているとは、十年前の虚偽情報恐るべし。

 だがこの場合はどちらかと言えば、貴族の学生本人よりもその護衛たちへと顧客対象を変更して新たな商材として確立してしまった、商人たちの転んでもただでは起きない逞しさに拍手を贈るべきか。


「なるほど。道理で展示されている物の見栄えが良い訳だ」


 元々は貴族子弟を対象に取り揃えていたということであれば、細やかな装飾が施されているのも当たり前だな。

 見栄え重視となっているため、残念ながら俺の好みではないが。それ以前に剣ばかりで使えないし。


「イズナ君の琴線に響くものはなかったみたいね」


 そんな感想が漏れ出してしまっていたのか、シシル嬢にあっさりと見透かされてしまった。

 ぐぬぬ……。なんだか恥ずかしいな。


「ふふふ。そんなに照れなくてもいいのに」


 いくら年下とはいえ、男の子としては格好をつけたい時もあるのです。

 ただ、そんな心情を吐露できるはずもなく、くすくすと笑うシシル嬢から赤くなった顔を隠すように、明後日の方に向くしかできない俺なのだった。


「だけどそういうことなら、一般区にある武具の店の方が合うものが見つかるかしら」

「いや、店よりも工房を紹介してもらえる方がありがたいかも」


 ゲームと同じであれば、材料となる素材を持ち込むことで武器や防具、それにアイテム類を製作してもらえる各種の工房が存在するはずだ。

 職人たちに気に入ってもらうことができれば、多少の無茶な要望にも応えてくれるようになるかもしれない。

 まあ、さすがにゲームとは違って、材料が揃えばその場で作製、完成とはいかないだろうけれど。


「そりゃあ、そういった要望に対応してくれる工房もあるけど……。体形に合わせてもらう分だけオーダーメイドは割高になってしまうわよ?中途半端な素材の物であれば、店売りの商品を調整してもらう方がはるかに安上がりじゃないかしら」


 シシル嬢の言うことももっともで、鉄などの大量に素材が出回っている物だと確実にこちらの方が高くなってしまう。当然、数百単位で出回ることになったレッドアント素材など論外となるが。

 しかも個人の要望や体形に合わせて製作するため、新調する際に下取りに出そうとしても二束三文でしか買い取ってもらえない場合も多い。

 ゲーム内でも、中盤までは素直に店売りの物か運良くダンジョン内で拾えた物を使用した方が良かったくらいだ。


「できれば定期的なメンテナンスもお願いしたいんですよ」


 刀剣類を始めとした刃物類を上手く的確に操るには、刃筋を立てるという技量が必須になる。……のだが、実はこれが大の苦手だった。

 先日のレッドアント戦でも使用していた短槍も、斬るというよりは勢いで叩き切るという扱いをしていたくらいだ。

 他にも石突き側を鈍器のように使用することも多いので、刃こぼれや歪みなどは日常茶飯事という有り様だった。


「幸いにも物を見る目はあったようで、これまで粗悪品を選んでしまうということはなかったんですけど、それでも故郷に居た頃には手入れが不十分だったことから、戦闘の真っ最中に武器が使い物にならなくなった、なんてこともありまして」

「それは、絶対に日頃からメンテナンスをしてくれる専門家が必要ね!」


 こうして、俺の切迫した事情を理解したシシル嬢の案内によって、今度は工房街へと向かうことになったのだった。


「どうしてこんな場所であんな無茶をしようとするかな……」


 本日二度目のトラブルが発生したのは、商業区内を南北に貫く中央の通りを南へと進み、東西に走る大通りとぶつかる直前のことだった。


「と、止めろー!止めるんだー!」


 すれ違った馬車からどこかで聞いたことのあるような気がしないでもないように思えたかもしれない声が響き渡ったかと思うと、急停車したその馬車から一人の若い男が飛び出してきたのだ。


「う、美しいお嬢さん!こんな場所どぅええええぇぇぇ!?」


 繰り返すが、ここは商業区の中央の通りである。人通りもさることながら馬車の通行量も多い。

 そんな場所で突然身勝手に馬車を急停止させてしまえばどうなるか。追突を避けようと後続の馬車が慌てて停車させよう、とするも馬が驚いて暴走しかけたり、対抗する馬車に危うく突っ込んでしまいそうになったりと、危うく大惨事が発生してしまいそうになっていた。


 原因となったらしい男も半暴走した一台に跳ね飛ばされそうになって、悲鳴らしき叫び声を発していたが、俺たちの位置からは馬車などで影になって分からずじまいとなっていたのだった。

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