第8話 定番

 ジィマフの東門から少し北に離れた臨時の成果確認及び解体場は騒然としていた。

 それはそうだろう、そこには総数で三百四十七匹――その内、百五十匹分が俺の成果として押し付けられてしまった――ものレッドアントの遺骸が並べられていたのだから。

 しかもそれを成し遂げたのが四十人にも満たない冒険者たちの一団であったことで、騒ぎはさらに大きくなってしまった。


 まあ、俺自身故郷にいた頃であっても、たったこれだけの人数であれだけの数を相手にした経験はなかったからな。

 はっきり言って、よく無事に五体満足で帰って来られたものだと感心してしまう。

 それもこれも一緒に救出に向かった冒険者たちの士気が高かったからこその話だ。連中の行動力の源となったシシル嬢とのデート権、恐るべし!


 そのデート権だが、何故だか俺が獲得することになっていた。

 彼ら曰く「あれだけの戦いを見せられちゃあ、ごねる気にもならねえよ……」とのこと。倒した数こそ抜きん出る結果となっていたが、最終的には群れの中心に突っ込んでしまい作戦を台無しにしてしまった感がある。俺としては反省しきりの内容であったためにどうにも微妙な気持ちになってしまうのだった。


 ……照れているんだよ、驚いているんだよ、察してくれ!


 年上の超が付くくらい美人なお姉さんとデートだぞ!?

 しかもこちとらド田舎の辺境出身で、これまでまともに女性と付き合ったことさえなかったのだ。パニックになって当然じゃないか!


 あたふたしていたところで時間は過ぎ行くもので。気が付けばシール学園入学の前日、シシル嬢とのデートの日がやってきていた。


「……未だに信じられん」


 結局昨夜はほとんど眠ることができなかった。

 窓の外が薄暗くなって以降の記憶がないので微睡まどろむ程度はできたとは思うが、睡眠不足であることに変わりはなく、頭の中に深い霧が立ち込めているような気分だった。


「夢じゃ、ないよな……」


 古典作品さながらぐにっと頬を摘まんでみる。

 ……痛い。やはり現実であるらしい。意識が覚醒した後でこんな典型的なことをやってしまったことに悶絶することになるのだが、この時の俺はそんなことを考えることすらできない状態となっていたのだった。


 余談だが、先の一件を始めとした冒険者協会での出来事について、シール学園側には秘密にしてもらっていた。

 当初は最も活躍した人物の情報を秘匿するようになるため難色を示していた冒険者協会も、「目立つと学園で大貴族の学生に絡まれてしまう」という理由を告げると、すぐさま納得してくれた。

 残念なことながら、下級貴族や平民出身の学生が冒険者として活躍すると大貴族の子弟たちが潰しにかかる、というのはジィマフではよくある話のようである。


 そうした裏事情もあって、職員たちからも変に距離を取られることもなく、この日も俺は厨房の隅を間借りして昼食作りに励んでいたのだった。

 いや、シシル嬢に頻繁に自炊しているという話をしたところ、「食べてみたい!」と言われてしまったのだ。


 ちなみに、彼女の方はというと料理はあまり得意ではないらしい。昼食はもっぱら冒険者協会に併設されている食堂兼酒場で食べているとのこと。

 もっとも、これは彼女に限ったことではなく、大半の職員に言えることなのだが。

 珍しくむきになって「別に料理ができない訳じゃないんだからね!」と言い訳するシシル嬢は反則的な可愛さで、俺だけでなくたまたま居合わせて流れ弾に当たってしまった十数人の冒険者たちが悶絶してしまいそうになったことを追記しておく。


「明日は入学式なんだから、門限までにはきっちり帰って来いよ」


 ニヨニヨと笑みを浮かべるおっちゃんアンドおばちゃんたちの生温かい視線を背中に受けながらそそくさと寮を出る。

 ミスった。いつもと違って小綺麗な格好をしていたんだから、バレて当然だよな……。

 春らしく少しひんやりとした朝の空気の中、柔らかな日差しを降り注いぐ太陽に向かって、一つ大きなため息を吐いたのだった。


 初等と中等の貴族学園とは異なり、シール学園はジィマフの街から外れた場所にある。より正確に言うならば、隣接するように街のすぐ北側にシール学園の敷地があるのだ。当然例のダンジョンもこの敷地内に存在する。

 ゲーム情報によれば、元々は魔王の城があった場所が学園となり、城下町がジィマフとなったのだそうだ。


 ジィマフは大まかに北の学園区、中央の行政区及び貴族街、西の商業区、南と東の一般区に別れている。

 学園区を抜けると行政区には入らず、東の一般区へと向かう。シシル嬢との待ち合わせとなっている冒険者協会の建物があるのは、行政区のすぐ南にある中央広場から南大通りへと入った所だ。

 そのため、本来であれば大回りとなってしまうのだが、王太子が代官になって以降出入りが厳しくなってしまったので、距離は長くともこちらの方が早く到着することができるのだった。


 うん?何故に彼女の職場でもある冒険者協会で待ち合わせなのか?

 それもこの王太子が代官となっていることに起因する。まあ、彼の責任と言ってしまうのは少々酷ではあるのだが。

 既に何度も述べているように、ジィマフにはシール学園や貴族学園といった貴族の子息令嬢たちが集まる施設が集中している。

 それを口実にして王太子と面識を得ようと、親である貴族たちが集まってくるのだ。


 さすがに平常時には仕事を抱えているものがほとんどである――中には不労所得に胡坐をかいて仕事らしい仕事もしていない貴族たちもいるらしい――ので、突撃を仕掛ける輩はほとんど存在していない。

 しかし、新学年が始まる今の時期は引っ越しや入用の品物を届けるといった名目が立つので、多くの貴族たちが国内各地から押し寄せてきているのだ。

 そうした中には、創作物における典型的な悪徳貴族や傲慢な貴族なども存在しており、街の各所で騒ぎを起こしていた。


 ここまで言えばもうお分かりだろう。

 そんな状況下で超絶美人のシシル嬢を一人で人目に付く場所に配置してみろ。トラブル発生装置か下衆貴族収集装置のごとく面倒事を呼び込んでしまうに決まっている!


 そんな訳で、彼女の顔が知られていてその上同じ職員仲間という、いざという時には助けに入り易い人間が多くいる冒険者協会で待ち合わせることに相成ったのだった。


「っていうはずだったんだがなあ……」


 建物内に入った瞬間目に飛び込んできた光景に、思わず頭を抱えそうになってしまった。

 おかっぱ頭に派手な衣装、ついでに半ズボンに白いタイツという「お前は一昔前の噛ませ犬的立ち位置のおバカなボンボンか!」と、突っ込みたくなるような男が、我が麗しのパートナー……、ゴホンゲフン!こともあろうにシシル嬢に言い寄っていたのである。


「よお。一足遅かったな」


 苦笑まじりに声を掛けてきたのはレッドアント調査隊の一人であり、事後の諸々の面倒事を押し付けたギースだった。

 その縁もあってか、数日経った今ではすっかり気安い口調で話しかけてくれるようになっていた。


「ども。……えーと、これは?まあ、説明されなくても大体は予想がつきますけど」


 どこかの貴族の息子が依頼のためかそれとも見物のつもりで冒険者協会にやってきたところ、シシル嬢に目と心を奪われてしまった、というところか。


「正解。その通りだ」


 苦笑いを深めながらギースが俺の予想が的中していたことを伝えてくれる。

 何ともベタベタでコテコテな展開だ。

 しかしそれも無理からぬことか。……お、俺とのデートいうことでめかし込んでくれたのか、彼女はいつも以上の美しさを周囲に放っていたのだ。


 品があり上質な衣装で着飾ったシシル嬢は、良家の子女どころかお忍び中の上級貴族の令嬢と言っても差し支えがない。

 普段は簡素に一まとめにして背中へと流されているライトブラウンの髪も、緩やかにまとめられて華やかさに色を添えていた。


「おい、こら。見惚れるなら目の前に行ってからにしろ」


 ニヨニヨとどこかで見たような顔つきへと変貌していたギースが、肘で突きながら無茶振りをしてくる。

 あれ程の美女の前に立てとは、こいつ鬼か!?そんなことをしたら鼻血を吹いて出血多量で死んでしまうわ!

 引きつった顔で首を横に振ると、今度は呆れた表情となり盛大にため息を吐かれてしまった。


「童貞臭い反応をしてんじゃねえよ」

「どどどど童貞ちゃうわ!」


 言ってから今度は本当に頭を抱えてしまう。

 まさか前世の創作物で定番のやり取りをする羽目になるとは思わなかったぜ……。


「とにかく、さっさと彼女のところに行け。あの坊ちゃん全く周りが見えてないから、このままだと血を見ることになるぞ」


 不穏な言葉に頭を上げて再度様子を伺ってみると、なるほど、確かに不味い状況になっていた。バカなボンボンは周囲どころか目の前のシシル嬢――冷ややかを通り越して絶対零度の視線になっている!?――のことすら気にせずに、延々と口説き文句というよりも家自慢を繰り返している。

 その中に平民を貶めるような台詞が散りばめられていることから、周りの冒険者たちが苛立ちを募らせていたのだ。

 さらにその敵意に当てられたのか、ボンボンの背後にいる護衛らしい三人の男たちは今にも剣を抜きそうになっていた。


「一触即発になりかけてる!?どうしてここまで放置していたんですか?」

「役者を差し置いて、観客が舞台に上がれるかよ」


 つまり面倒事は御免ってことか。

 確かにどう転んだとしてもバカなボンボンからは目を付けられることになるし、冒険者たちからも「抜け駆けをした」的な言いがかりを受けるかもしれない。

 仮に俺が無関係な立場だったら、間違いなく即回れ右して外に出ていく事だろう。


「そもそもあんなおかしな配役はいなかったはずなんですけど」

「脚本家か監督あたりが悪ふざけでもしたんだろうよ。さあ、いい加減諦めてお姫様を救い出しに行ってこい。戦友のよしみだ。骨くらいは拾ってやるよ」

「敗北前提にしないでくれます!?」


 他人事だと思って好き勝手言いやがって。後で見物料を徴収してやろうか。

 覚えていろと言うようにギースを一睨みしてから、俺はシシル嬢ヒロインとお邪魔虫たちがいる場所へと足を進めていくのだった。

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