第7話 戦闘

 いくらやる気があったとしても、それだけで強敵に勝ててしまうほど世の中は甘くない。

 だが同時に、やる気さえあれば無理だと言われるような物事であっても引っ繰り返してしまえるものなのだ。


 何が言いたいのかというと、意気揚々というには欲望まみれの我欲丸出しだった気もするが、ジィマフの街を出発した冒険者たちは調査隊の者たちを無事に発見、救出することに成功していた。

 その上、次々に押し寄せてくるレッドアントに壊走することなく抑え込むことすらできていたのだから上出来と言うより他ない。


 もっとも、合流することができた調査隊の者たちの働きによるところが大きかったというのも、また事実だったのだが。

 残念ながら敵に居場所を見つかってしまうという失態を犯してはしまったが、それでもさすがは危険な調査の依頼を引き受けただけのことはある。

 周囲をレッドアントに取り囲まれて一時間以上が経過していたというのに、彼らは誰一人欠けることなく戦い続けていたのだ。


 しかも指揮能力も高かったようで、救援に来た冒険者たちを上手く采配して見事なレッドアント包囲網を作り上げていた。

 これには素直に感心したね。俺の場合、遊撃だったり故郷では手が足りない場所や穴になっている箇所を埋める形で単独で配置されたりすることが多かったため、他人や配下に指示を出すということには不慣れだったからだ。


「頭角を現すだけならともかく、組織の中で伸し上がっていくためには集団で行動するだけじゃなく、集団を使う能力も必要になってくるのか」


 勉強になると考えながらも、身体の方は近付いてきた一匹の首を槍の穂先でさっくり落とし、石突きで別の一匹の頭部に強打をくれてやる。

 レッドアントの外殻は防具にも加工されるくらいに堅いため、急所である関節部分以外を攻撃する際は刃よりも鈍器の方が効率が良いのだ。


「うん?あっちは苦戦気味か。ほらほら、お前らの相手は俺がしてやるぞ」


 時折魔法を撃ち込んで――挑発が目的なので威力は低いが消費魔力も低い――レッドアントの動きを誘導するのも忘れない。

 シシル嬢の「デート」効果か、救援に参加した冒険者たちの気力は十分であったものの、いかんせん力量不足で経験不足だった。

 調査隊の連中が指示を出して数人ごとに即席パーティーにして応対させているが、どうしても時々突出したり、逆に押し込まれたりする者たちが出てしまっていた。


 領地にいた頃であれば、戦場を走り回ってはそうした周囲との連携が途切れ気味になっている連中の補助をして回ったのだが……。いかんせん今回は俺も包囲網の一部として機能しなくてはいけないため、こうして魔物たちのヘイトを稼ぐことで対応しているのだった。

 そのため、どうしても俺の周囲には他よりも多くのレッドアントが集ってくることになり……。


「死骸が邪魔になってきたので少し下がります!」


 上手く骸が重なって壁になるように立ち回っていたのだが、それにも限度というものがある。乱戦においては特に、緊急の回避先を常に確保しておくことが肝要なのだ。

 とはいえ、あまり後退し過ぎては包囲網自体が崩壊してしまう。きょろきょろと見回しながら仲間の位置の把握にも努める。

 他の連中も似たような状況だったのか、牽制役を交代しながら数メートルほど下がっていた。その分互いの距離が離れてしまうが、森の木立ちに加えてこれまで倒した魔物の骸が進行の邪魔になるので、捌くことは十分に可能だろう。


 このようにレッドアントとの戦いの第二幕となった反抗作戦は、俺たちの圧倒的優勢で進んでいた訳だが、残念ながらそのままワンサイドゲームで終了とはいかなかった。

 大量の兵隊を投入したのに一向に倒しきれないどころか、逆に多くの仲間を屠られてしまったレッドアントたちは、ついに切り札を投入してきたのである。


「気を付けて!親衛隊が出てきました!」


 女王アリの警護部隊でもあるそれらは、群れの中でも一際大きく強力な存在だった。特に厄介なのが蟻酸を使った攻撃を仕掛けてくることだ。

 液状であるために防御が極めて難しく、鎧などの隙間から内側に入り込んで肌を焼いてくるという恐ろしいものなのだ。

 射程距離はほんの数メートルだが、乱戦や混戦の状態では目の前の敵を相手取っている時に不意打ち気味に飛んでくることになるので、危険度が跳ね上がってしまう。


「盾持ちは蟻酸を確実に止められるよう親衛隊の動きに注視して!弓や魔法が使えるものは攻撃を集中!可能ならば口元を狙って下さい」


 吐き出すという動作である以上、口を傷つけることさえできれば蟻酸での攻撃はほぼ使用不可能になると言えるからだ。

 熟練すれば蟻酸を吐き出した瞬間に魔法をぶつけて周囲の魔物諸共ダメージを与えるという手もなくはないのだが、今の彼らにそこまでも止めるのは酷というものだろうな。


 何よりそれをやると、巻き込まれた側の外殻などがボロボロになってしまうという弊害が起きてしまう。

 勝敗の分水嶺にいるだとか、これ以外にもうどうしようもないという状況でない限りは控えておきたい手段なのだった。


 現れた親衛隊はざっと見た限り三十近い数となっていた。群れの規模からすると女王の護衛のための最低限を除いた全てが投入されたと思われる。

 つまりはこの難局さえ乗り切れれば、俺たちの勝ちは確定的となる。


 その親衛隊だが、半数にも満たない十匹足らずが前線に出ているが、残りは巣穴の出入り口周辺に固まったままとなっていた。

 巣穴の防衛、女王の防衛が第一目標であるようだ。


 うーむ……。このまま逐次数匹が前線に送られていくとなると、継戦時間が長引いているこちらとしては不利となるな。

 ここは少々無理をしてでも、一気に親衛隊集団を叩いておくべきか。


 問題は持ち場を離れることで包囲網が切れてしまい、冒険者たちに後方から攻撃が行われるかもしれない事だ。

 現状、正面と一部側面からの攻撃だけであるから堪えられている部分が大きいのだった。


「ぎゃあ!?」

「あちい!いてえ!」


 迷っていた数秒の間に状況は大きく変化していた。対面方向に展開していた即席パーティーが蟻酸攻撃をいなしきれずに、大ダメージを負ってしまったのだ。


「ちっ!」


 このままではじり貧どころか壊滅してしまうかもしれない。そう思った瞬間、俺は持ち場から飛び出して親衛隊の集団へと突っ込んでいた。


「喰らうかよ!」


 飛んできた蟻酸の塊を魔法で生み出したより大きな水の塊に吸収させて、手近なレッドアントの一団へとぶつける。

 断末魔の悲鳴を上げるそれらを無視して、そのまま親衛隊へと肉薄すると、間髪入れずに槍を振り下ろして一匹の首を胴体から切り離す。図体が大きくなったことで外殻の頑丈さは増してはいるが、関節部の脆さは変わらない。

 レッドアントよりも大きいブラックアントとも散々戦ったことのある俺からすれば、怯む要素など見当たらないのだ。


 首を切り落として脚を飛ばし、胸と腹の関節部へと突きを叩き込む。取り囲まれないように常に動き回りながら、魔法で牽制と挑発も行って親衛隊集団が前線に向かうのを足止めする。


 五匹、十匹……。十五匹を超えるあたりで数えるのを止めた。

 倒した中に通常のレッドアントも混じっていたので、親衛隊の正確な数が分からなくなったからだ。他の冒険者連中のことが心配じゃないと言えば嘘になる。

 が、これだけ敵の陣地真っ只中で暴れ回っているのだ。後は自分たちで何とかしてもらいたいというのも本音だった。

 とにかく、今は目の前にいる敵を屠ることにのみ集中していく。


 そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 気が付けば動く敵はいなくなっていた。改めて周囲を見回してみると、レッドアントの亡骸の向こうで、数名の冒険者たちがあちこちで一塊になって体を休めているようだった。


 苦しそうな唸りや悲鳴じみた台詞なども聞こえている。あれだけの戦いだったのだ。無傷で済むはずがない。

 俺自身も深手こそないが小さな傷は体中に付いており、左腕には蟻酸の飛沫が降りかかったのだろう火傷のように水ぶくれになっているところもあった。


 それでも、やるせない悲痛な声は一つとして聞こえてくることはない。

 全員が命を落とすことなく戦いを乗り越えることができたのだった。

 ホッと安心すると同時に、身体のあちらこちらから痛みを知らせる信号が届いて顔をしかめる。アイテムボックスから水の入った水筒を取り出し、蟻酸を洗い流すように水ぶくれにぶちまける。


 思いっきり「ぎゃーす!?」と喚きたくなる気持ちを堪えて、回復魔法を使用する。

 最初から魔法で治療すればいいと思われるだろうが、多少の切り傷や擦り傷程度ならともかく火傷のような傷は、俺の魔法の技量程度では後遺症が残ってしまう。

 そのため傷口の洗浄といった一手間が不可欠になってしまうのだった。


 はあ……。このままぶっ倒れて眠ってしまいたい衝動に駆られるが、そんなことをすればせっかく命拾いしたのが無駄になってしまう。そ

 ろそろ日没も近い時間帯となっており、夜行性の魔物の動きが活発化してくる頃合いだ。

 倒したレッドアントどもを処理し、傷を癒して少しでも早くこの場から離れるべきだろう。


 円滑にそして素早く行動するためにも、ここは等級が高い連中に任せるべきだろうな。決して指示を出して取り仕切るのが面倒だからという理由ではないので念のため。

 いくら四等級相当だと但し書きが付いていたとしても、俺が冒険者になりたての新米ぺーぺーであることに変わりはない。

 しかもジィマフに来てからまだ間もないときている。はっきり言って、そんな相手の指示に大人しく従うことができる方がまれだ。


 と、思っていたんだがなあ……。


「俺はギース。四等級冒険者で『フォックステイル』のリーダーだ。あいつらから聞いたよ。君が上手く誘導して俺たちを助けに来てくれたんだってな」


 一人が近付いて来たかと思うと、おもむろにそんなことを言い出したのだった。


「そんな大それたことはしていませんよ」


 誘導したのはシシル嬢であって、それだってあの場にいた冒険者たちが勝手に勘違いしただけのことなのだ。


「ふむ。まあ、そういうことにしておこうか」


 その台詞からして、絶対に信じていないよな!?

 重ねて否定しようとしたのだが、ギースは片手を上げることでやんわりと俺の行動を止めてしまったのだった。

 くっ!俺と違って真っ当に経験を重ねて四等級までのし上がっただけのことはあるということか。こう、有無を言わせない迫力を感じてしまった。


「いずれにしても君がいなければ俺たちは全滅していた。それは先の戦闘を見ても明らかだ。ここからは君に従おう。これは調査隊全員の総意でもあると思ってくれ」


 その言葉を聞いた直後に、俺は面倒な指示の全てを彼に任せたのだった。

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