第4話 入寮

 結論から言うと、俺の戦闘能力は相当高いらしい。トゥースラットやブレードラビットはまだしも、ジャイアントスパイダーやレッドアントともなると七等級では手も足も出ずに、八割方が逃げ帰ってくることになるそうだ。

 余談だが、残り二割の内の大半が彼我の戦力差を把握できずに無謀にも突撃して返り討ちにあう、つまりは命を落とす結果となってしまっているらしい。


「極めつけはこれよね……」

「フォレストオウルが何か?」

「兄ちゃん、この近辺では番のフォレストオウルは『森の死神』なんて呼ばれて恐れられているんだよ」

「ああ、そういうことですか」


 魔物の中には単体の時よりも、番や群れになった時では危険度が段違いになる種が存在する。

 単に数が増えただけ、一羽が二羽になっただけと侮るなかれ。追い詰める役と待ち伏せする役に別れる等戦術の幅が格段に増すのだ。

 しかも番の場合は以心伝心が格段に良くなる傾向があるらしく、より的確で精度の高い連携を見せるようになる。


「だからあらかじめジャイアントスパイダーを狩っておいて、その巣に誘導して動けなくなったところを倒しました」


 頑丈な上に強力な吸着力を持つので、家主を倒すことができれば蜘蛛系魔物の巣は便利な罠として利用できるのだ。


「とりあえず、ほとんど参考にならないことだけは理解できたわ」

「えー……」


 しかし、このやり方もほとんど知られてはいないのか、呆れるのを通り越して虚ろな目でシシル嬢が呟いたのだった。

 フォレストオウルのような感知能力が高い魔物相手であれば、土や落ち葉などを巻き上げて感知器官センサーを乱してやるという対処法もあるのだが、この様子だと言わない方がいいかもしれない。


 終始こんな調子であり、特に魔物への対応力がずば抜けていると断定されることになったのだった。

 故郷だと毎日ではないがかなりの頻度で魔物が村や人里近くに現れていたから、その対処に駆り出されている内に、知らず知らず技量が上がっていたようだ。

 ゲームと違って、ステータスのような客観的な数値などがないから、全く分からなかったぜ。


「東の辺境出身って、そういうことだったのね……」


 カードの確認で俺の姓を見ていたシシル嬢には、出自に気が付かれてしまったな。

 さすがは国内第二の都市に居を構えているだけあって、更にはシール学園を始めとした貴族子弟のための学園があるだけに、ジィマフの冒険者協会には国中の情報に精通しているようだ。

 しかもその価値を理解し、使用――時には利用になるか――することができるだけの人材がいるのだから大したものだ。


 いいなあ。うちの領にも何人か来てくれないだろうか。

 出張所にも満たない小さな建物すらないから無理か。


 だが、引き抜きや人材の補充を考えるのであれば、他所の貴族を頼るよりも冒険者協会に協力を求める方が優秀で即戦力を得られるかもしれないな。

 近い内に親父殿と兄さんに手紙で進言してみよう。この程度であれば家を離れる前の最後の恩返しとして大目に見てもらえるだろうから。


 そうこうしている間にも担当のおっちゃんによる査定は進み、予定外の騒動もあったが倒した魔物はすべて買い取ってもらえて無事に換金することができた。


「状態も良かったし、少しだけ色を付けておいたぜ」


 その言葉通り、なかなかに張り切った値段にしてくれていた。


「それと、レッドアントの方は調査を行うように進言しておくわ。というか、できればイズナ君にその仕事をお願いしたいのだけど?」

「あー、ごめんなさい。これからシール学園に行って入学と入寮の手続きを行わなくちゃいけないんで。明日以降もどれくらい時間が取れるのか分からないっていうのが本当のところです」


 冒険者で身を立てるのも悪くはないかと思えてくるも、いくら何でもそれは不義理が過ぎるというものだろう。親父殿の指示によって既に入学金などは払い込まれている。貧困に喘ぐ領民たちのそれこそ血と汗が使われているのだ。銅貨の一枚たりとも無駄にすることは許されない。

 もっとも、そんな俺の性格を見抜かれて上手く誘導されている気がして、少しばかり腹が立つのも確かなのだが。


 加えて、ここが本当に『エレメンタルガールズ!』の世界と同一なのかを知りたいという欲求もある。

 今のところ一致しているのは国やシール魔導騎士学園という名前と、学園の敷地内にダンジョンが存在していること、極一部のキャラクターと同姓同名の人物がいることくらいだ。

 決定的だとは言い難い。これらの事情から、学業を優先せざるを得ないのだ。


「貴族学園にも通っていなかったので、自分がどれだけ通用するのかすら分からないんですよ」


 という不安もあるのだよなあ。魔物相手であればベテラン冒険者たちにも引けを取らないと判明したのは幸いだったが、一方で、貴族のお上品な剣術にはそぐわない可能性が高い。

 座学との知識面や作法やマナーといった方面に関しては言わずもがなである。


「もったいないなあ。イズナ君みたいな有望な若者が二年も拘束されちゃうなんて……」

「そこはまあ、できるだけ顔を出すようにするってことで」

「しょうがないわね。ああ、でも、いざという時はシール学園経由で呼び出させてもらうわよ」

「達成条件が無茶苦茶な塩漬け案件とかは勘弁してくださいよ」


 学生たちは見下し気味だが、学園という組織自体と冒険者協会の関係は良好なようで何よりだ。

 ダンジョンでの成果、薬草類や魔物由来の素材等々がどこに流れているのかを考えれば当然のことはあるか。そしてそれが理解できるのであれば、横柄な態度には出ることができないと思うのだがなあ……。


 まあ、それを言うならば貴族の学生たちは学園の職員、時には教員ですらも下に見る傾向にあるようなので、今更何を言ったところで無駄だと諦められているのかもしれない。

 ……うん?それはそれで問題だと感じられるのは俺だけだろうか?

 しかし、俺自身が貴族籍の剝奪までカウントダウンな状態だ。他人のことを気にしている余裕などないのもまた確かなことだった。


 ままならないと思いながら、シシル嬢と話を詰めていく。最終的に、時間がある時はできるだけ冒険者協会に顔を出すということに落ち着いたのだった。


「それじゃあ、いつでも会いに来てね」

「うっす」


 上手く乗せられてしまったような気がするが、シシル嬢のような美人に会いに来てと言われては、男としてはいい気になってしまうのは仕方がないことだと思う。

 それにしても……、


「良かった。無事に生きて出てこられた……!」


 結局、最後まで一定数の連中からは殺意の波動を送られ続けていたので。

 世界が違っても受付嬢というのは花形であり、憧れの的だということが嫌というほど理解できてしまった。

 俺の実力が四等級くらいには相当すると発表されたことで、喧嘩を売ろうとする奴らがいなくなったのは不幸中の幸いか。

 ただ、別の思惑を持っている者たちには目を付けられたかもしれない。しばらくは学園の寮で大人しくしておくべきかもな。


「でも、まだ人数をかき集めて襲って来ようとする奴がいないとも限らないし、さっさとシール学園に移動しておくか」


 そこまで性根の腐った者がいるとは思えないが、土地勘も何もない場所だから何事も用心はしておく方が良い。

 そう判断して、暗闇が広がりつつある街並みを早足で駆け抜けて行ったのだった。


 入学と入寮の担当者からは「こんな時間にやってくるとは珍しいね。荷物の搬入とかがあるから、普通は遅くとも昼過ぎには手続きを行いに来るものなのだけど」という遠回しなお小言兼嫌味を言われてしまったが、手続き自体はつつがなく終えることができた。

 その辺りは極貧で弱小木っ端貴族といえども男爵は男爵ということなのだろう。

 仮に俺が平民だったとすると、「業務時間は終わってしまっているから、改めて明日の朝にでも来なさい」とすげなく追い返されていたように思う。


 もっとも鍵を渡されて指定された部屋は、一階の日当たりが悪い角部屋という男子貴族用の寮棟の中でも一番条件の悪い場所だったのだが。


「ゲームの主人公の部屋とは雲泥の差だな」


 あちらは伯爵家嫡男という身分だったこともあって三階にある部屋だった。いや、主寝室に加えて応接を兼ねたリビングに従者用の部屋と簡易キッチンと、前世で言う世帯向けマンションの一室という趣きだったか。


 対してこちらはというと、ベッドと小さな机と椅子が置かれただけの六畳ほどの一間である。しかもマットレスや布団などは自分で用意しなくてはならず、ベッドは堅そうな板目がむき出しとなっていた。


「野宿の時とかに使っていた寝袋があって助かったぜ」


 それにしても風呂やトイレなどは共用だとあらかじめ兄さんたちに聞いていたから問題ないのだが、火を使える場所が全くないのは痛い。

 これは早めに食堂のお人たちと仲良くなって、厨房に出入りする許可を貰わなくては。


 前世の記憶のせいか、こちらの世界の食材の中にはどうしても食えない物があるのだ。


 虫肉とか……。


 これでも改善してきた方ではあるんだぜ。植物系魔物由来の謎な食材などは今でも気にせずに食えるようになったんだが、無理なものはやっぱりな無理な訳で。


 虫肉とか……。


 爬虫類系や両生類系などは、すっかり貴重な蛋白源扱いするようになるくらい馴染んだのだが、あれだけはダメだったんだよなあ。

 実家ではすっかり偏食家扱いされており、そうした経緯から厨房へ頻繁に出入りして自分で料理をする癖がついてしまっていたのだ。


 む……。食い物のことを考えていたら本格的に腹が減ってきてしまった。

 街の様子や地形などを覚えるために買い食いに出かけたいところなのだが……、この寮には門限があるのだ。しかも午後七時。


 前世なら「今時小学生の習い事でもそんな時間に終わることはない」と、何の冗談かと笑い飛ばしていたことだろう。

 しかしこちらは文明文化レベルが格段に劣る異世界だ。魔法のお陰で多少はマシではあるが、夜の闇は深く広い。

 街中とはいえ、日が落ちてから出歩くような輩はほんの一握りなのだ。無理を言って手続きをしてもらった身としては、初日から寮則違反者になるのはまず過ぎる。


「残っていた保存食でも食べるか……」


 シール学院へと到着した日の夕食は、一人寂しく旅用に購入した保存食の処分と相成ったのだった。

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