第2話 到着
シール学園があるのは教育都市や古都と呼ばれることもあるジィマフだ。
前者は単純で、同じく国立の初等と中等の貴族学院もこの街にあるからだ。シール学園という国一番の教育機関があった上に、国の中央付近に位置しておりどの領地からも行き来がしやすいというのが、貴族学院がこの街に作られた理由である。
安直だが、国内全ての貴族の同意を得るにはこのくらい分かり易い方が良かったのかもしれない。
後者の方もそれほど難しいことではなく、この国が成立するよりも前からこの街が存在していたためだ。
と、このように考えられており実際にその通りではあるのだが、その歴史については全くと言って良い程知られてはいない。
それもそのはずで、俺の
つまりは敵対していた相手の土地を奪ったという訳だ。
これくらいならどこにでもある話だから別に驚くような事ではないが、いかんせん封印されているものの魔王がまだ存在しているのは問題だ。
恐らく王家あたりには口伝か何かの形で伝わっていると思われるが、公表すればパニックが発生するだろうことは想像に難くない。今更事実を明らかにすることなどはできないだろう。
ちなみに現在では王都に次ぐ国内第二の都市でもあり、王家の直轄地という扱いとなっている。
そして数年前にシール学園を卒業した王太子が、そのまま居座って実地研修も兼ねて代官役を務めているらしい。
ここ数年貴族の御令嬢方のシール学園への進学が増えている背景には、王太子に見初められようという狙いがあるようだ。
個人的には、伴侶や仕官先を見つけやすくなる可能性が高くなる半面、ゲームでの状況に似通っていることに嫌な予感を覚えてしまう。
できることなら主人公やヒロインたちとは一切かかわらずに、平穏無事な学生生活を送りたいものだが……。
はてさて、どうなることやら。
目的地へと辿り着いたのは、故郷を出てから早二週間が過ぎた頃のことだった。
既に三月も中旬となり、シール学院の入学及び入寮の手続きが可能な時期となっていた。もっとも、そうなるように調整しながら旅をしてきたので、これは当然の結果である。
余談だがゲームとして存在していた影響なのか、単位や月日の数え方など様々なものが元の世界と共通である。
馴染み易くてはいいのだが、なんとも不思議な感覚だ。
うん?
旅の最中に何をしていたのか?
ジィマフに到着してからの当面の生活費を稼いでいたんだよ!
あのくそ親父、入学金や授業料などはあらかじめ支払っていたようなのだが、それ以外は全く準備していなかったのだ。
しかも出立の際に渡された路銀もジィマフへと辿り着けるギリギリの金額に絞っていやがった。
手荷物の奥底に入れられていた手紙、金が尽きる頃になってようやく気が付くようにされていたそれに書かれていた文面を見て「ふざけんな!」と叫んだ俺は悪くないはずだ。
うちの領の台所事情はよく分かっているから、それだけでも厳しい出費である事は分かっている。分かっているのだが、それなら最初から話しておけよと言いたくなるのだった。
そうした事情もあって、ジィマフへと辿り着いた俺はシール学園ではなく『冒険者協会』なる建物へと足を向けていた。
もっとも、こちらを優先する理由は他にあるのだが。
これまで何度か話に出ていたように、シール学園の学生は貴族籍の子息令嬢が大半を占める。そうした貴族の中には冒険者を下等な者たちとして見下す連中が少なくなかった。
ゲームの方でも冒険者協会を訪れる機会があるのだが、そこでもシール学園の学生であることを理由に絡まれたり疎まれたりするイベントがあったくらいだ。現実ではもっと露骨な差別があったとしてもおかしくはない。
ここで資金を得られないとなれば冗談ではなく生死にかかわってくる。よって、学生であるよりも先に冒険者であることを印象付ける必要があるという訳だ。
ちなみに冒険者協会というのは、異世界物でよくある冒険者ギルドとか冒険者組合というものと同じだと思ってもらえればいい。
要は所属する冒険者の管理と仕事の斡旋を行っている組織である。
そして冒険者というのは何でも屋兼
うちの領は未開の地に接していたせいで魔物の出現が日常茶飯事だった。そのため領主の一族であっても、いや領主の一族だからこそ率先して魔物に立ち向かわなくてはいけなかった。
さすがに冒険者協会に入り浸ることはなかったが、魔物退治の専門家でもある冒険者たちとは頻繁に顔を合わせる間柄だったといえる。
こうした特異な環境にあったことから、冒険者となり魔物を狩っては路銀を稼ぎながらここまで旅をしてきたという訳だ。
「あら、新顔ね。冒険者の新規登録かしら?それとも移動してきたことの報告?」
さすがは国内第二の都市というべきか、受付のお姉さま方も美人揃いである。
今俺の目の前にいる彼女も顔立ちが整っているだけでなく、何と言うか大人の色香のようなものが漂っている気がする。
いや、当然ながら冒険者協会という巨大組織の顔役としても相応しいだけの清楚さも持ち合わせてはいたのだが!
……って、俺は一体何を力説しているのだろうか?
コホン。それはいいとして、だ。貴族の子弟が現れたら依頼をするために訪れたと思うのが普通なのではないだろうか?
……分かってる!
みなまで言わなくていい!
どうせ俺は貴族には見えないみすぼらしい恰好だよ、こんちくしょー!
「ええと……。突然苦み走った顔になってしまったけれど、何か悪いことを言ってしまったかな?」
おっと、いけない。お姉さんに罪はないのだ。八つ当たりしてはいけない。「ちょっと目に埃が入ったもので」と適当に言い訳をしつつ、本題に入る。
「しばらくこの街に居ることになったので挨拶にきました。それと、道中で狩った魔物の換金をお願いします」
本音を言えば後半の方が主目的なのだが、今後も付き合いが続くことを考えれば愛想よくしておくべきだろう。
どうせなら美人のお姉さまに対応してもらえる方が嬉しいからな。
「あらあら、それはご丁寧にどうも。それじゃあ、冒険者
「どうぞ」
彼女の言葉に従って、手荷物類の入った小袋の中からカードを取り出し手カウンターに置く。
「はい。イズナ……。失礼ですが貴族様でしょうか?」
極端に声量を抑えてお姉さんが尋ねてくる。
凄いな。冒険者になってから初めて聞かれたぞ。全国から貴族籍の子女が集まってくる場所なだけあって、うちのような弱小貴族の名前すら知っていたらしい。
しかも家名を口にするのを控えるという判断が咄嗟にできている。これは良い人に当たったかもしれない。
「吹けば飛ぶような木っ端貴族で、しかも次男坊ですから気にしないでください」
実際俺の身分なんてあってないも同然なものだからなあ。
それでも躊躇しているようだったので、
「できれば身分を明かしたくはないので、普通の冒険者と同じ対応でお願いします」
と付け加えたところ、ようやく納得してくれたのだった。
「分かりました、いえ、分かったわ。それじゃあイズナ君と呼ぶわね。……んん?登録から十日で七等級になってる!?」
懐かしいな。隠されていた親父からの手紙を見て翌日に、慌てて冒険者協会に駆け込んで登録をしたのだった。
そうか。あれからまだ十日しか経っていなかったのか。随分と時間が過ぎているように感じていたのは、きっと記憶の彼方に忘れ去りたかったからなのだろう。
「凄いわ……。七等級と言えば駆け出しや新人を越えて一人前扱いされる等級なのよ。人によりけりだから一概には言えないけれど、大抵は数か月から一年はかかるものなのよ」
知らず知らずの内に疑問が顔に出てしまっていたらしい。お姉さんが分かり易く説明してくれた。
なるほど。数か月はかかるところを十日足らずで到達していれば驚きもするか。
「その顔を見ると知らなかったみたいね……。もう!他所の支部の職員は何をやっていたのよ。この説明をするくらい手間でもなんでもないでしょうに!」
おおう!お姉さんが荒ぶっておられる!?
まあ、同じ冒険者協会の職員というだけで、どこの誰とも知らない相手の怠慢のツケが回ってきたようなものだから、苛立つのも無理はないか。
「仕方ないわね。基礎的なことばかりになるけど私が一通り説明してあげるわ」
「俺としてはありがたいんですが……。なんだか人が増えてきたような……?」
いつまでも窓口の一つを占領しているのはまずいのではないかと思ってそう進言したのだが、お姉さんは首を横に振るだけだった。
「こんな昼前の時間にたむろしている連中なんて、休みでだらけているのか、それとも飲み過ぎて使いものにならないかのどちらかだから気にする必要もないわ。それよりも君の方がよっぽど大事」
お姉さんがそう言った瞬間、視線に敵意や殺意といった負の感情が混じり始める。
背筋が冷えるのを感じながら、ここは一旦引くべきではないかと本気で考えてしまった。
「イズナ君は今一理解していないようだけど、十日で七等級になるなんて有能もいいところなのよ。そんな将来有望な人材が活動しやすいようにフォローするのも、私たち職員の役目です!」
お姉さんが胸を張るような動きをしたため、彼女の豊かなお胸が揺れる。これはこれは結構なものをお持ちで。……ではなく!
慌てて視線を逸らしたのだが、かえってわざとらしい動きになってしまったようでくすくすと笑われてしまった。
あかん。完全にバレてますわ。
これまで生きることに必死で、女性関係や恋愛には意識を向けないようにしていたからなあ。もしかすると無意識にゲームと同じ状況になった時の影響を警戒していたのかもしれない。
しかし、異性への耐性がすっかりなくなってしまっているとは想定外だった。
「お姉さんが手取り足取り教えてあげますからね」
言うと同時にわざとらしく煽るように体をくねらせてみせるお姉さま。
「あー、お手柔らかにお願いします……」
そんな彼女に対して、俺はといえば顔を真っ赤にしながらそう答えるのが精一杯だった。
そんな俺の背後では、男どもが血涙を流しながら、ありったけの恨み辛み妬み嫉みを込めた念をこちらへと送っていた、らしい。
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