しかし舞台の幕は上がらない ~『エレメンタルガールズ!』異聞~
京高
本編
第1話 出立
『エレメンタルガールズ!』とは、仲間たちと共に
まあ、そのダンジョンがとある学園の管轄下にあって、普段は学生たちの
更に基本ストーリーは王道だが、多くの客層を取り入れようとしたのか、追加コンテンツは多方面に渡っていた。
難易度変更によって出現する敵を強力にすることから始まり、罠や仕掛けがえげつなくなるダンジョン攻略難度の上昇。
戦闘時の隊列や戦術といった、シミュレーション的な要素。
得意な武器やレベルアップ時の能力値の上昇分を振り分け、そして選択形式の学園生活によるキャラクターの育成の自由化。
ダンジョン等で獲得した素材を用いてのアイテム作りや交易などなど、およそ詰め込んでも世界観が崩壊しないような事ならば何にでも手を出していた。
口の悪い自称批評家などは「節操がない三流ゲーム」と声を大にして言っていたくらいだ。
が、そうした戦略が実を結んでいたことも事実で、『エレメンタルガールズ!』は一般には十分に大ヒット作品と呼ばれるだけの売り上げを誇っていた。
その売り上げに最も貢献したと言われているのが、仲間たちとの恋愛要素の追加だった。
プレイヤーは自身の分身となる主人公『ライ・サンダーアックス』を操作する――ちなみに、育成自由化のコンテンツの追加によって、主人公は容姿もある程度は変更することができるようになった――ことになるのだが、仲間になるヒロインたちとの親密度を上げることで晴れて恋人となり、エンディングでは婚約や結婚といったシーンが追加されるようになった。
これが見事に大うけして、売り上げの方も一気に数倍になったという。
ところが騒ぎはそれだけに止まらなかった。何を考えたのかメーカーはタイトル名すら変更してしまったのである。
そう、『エレメンタルガールズ!』は、恋愛要素を追加されて以降の名称なのである。
もっともそれ以前は一部のゲーム好きや、発売元のメーカーのファンだった者たちだけが知っているといった程度で、はっきり言って鳴かず飛ばずといった状態だった。
加えてメーカー自身も黒歴史に近い扱いをしている有様となっており、『ダンジョンシーカー』という元のタイトル名は、総合検索サイトなどの片隅でしかお目にかかることはない程となっていた。
さて、長々と『エレメンタルガールズ』について説明してきた訳だが、俺はプレイヤーではない。いや、プレイヤーだったことはあるのだが、今現在の俺はプレイヤーではないというべきか。
もちろんメーカーの関係者だとか宣伝を依頼された人間でもないので念のため。
俺の名はイズナ・ボルタクス。何の因果か『エレメンタルガールズ!』の世界に転生してしまったらしい元プレイヤーだ。
より正確には前世の人格がしっかりと残っている訳ではなく、ゲームのことを中心とした知識があると言う方が正しいか。
幸か不幸か前世の俺がどんな人物であり、どんな暮らしをして生きて、そして死んだのかについてはほとんど思い出すことはできないままだった。
そんな俺が前世の記憶を取り戻し始めたのは五歳の頃からだ。知らないはずの物事を知っているということが続き、それが徐々に増えていった。
十歳になる頃にはほぼほぼの記憶を思い出せていたように思う。
まあ、だからといってそれを元に何かを始めようとは思わなかったのだが。
俺の家は国内でも有数の貧乏男爵家だ。元々はさる名家に連なる分家筋であったらしいのだが、随分と昔に辺境の土地を手切れ金代わりに離縁されてしまったらしい。
そのため日々の生活に追われていて、新しく何かを始められるような余裕もなかったのである。
そんな生活が一転するのは十五歳を迎える年に入ってすぐのことだった。
「この春より、シール魔導騎士学園に通え」
父親のボルタクス男爵から突然進学を指示されたのだ。この時、俺は盛大に顔を引きつらせていたことだろう。
なぜなら『シール魔導騎士学園』こそ『エレメンタルガールズ』の舞台となる学園だったのである。
よくは分からないが前世での記憶が残されている場所だ。どんなことが起きたとしてもおかしくはない。むしろそんな因縁がありそうな地で何も起こらない方がどうかしている。
「お、親父殿?だけど俺は次男坊ですよ?どうせ兄さんの手伝いをして過ごすことになるのですから、わざわざ大金を使ってまでシール学園に行く必要はないのではありませんかね」
と、未練がましく抵抗してしまったのも仕方のないことだと思う。
余談だが、先の台詞にもあったようにそれなり以上の金がかかることから、長子や跡取りが確定している者でもない限りは、下級貴族だとシール学園へと通わせることは稀である。
そして次男といえば跡取りである長男が不慮の事故や病気にあってしまった時の予備として手元に留め置かれることが多い。
しかも俺の場合はその前段階、前々段階の初等と中等の貴族学園でさえ通っていない。中等はともかく、初等貴族学園は義務でこそないが貴族籍の子女であれば通わせるのが慣例となっているにもかかわらずだ。
つまり、シール学園に行っても友人や知り合いがいないどころか、貴族として扱われるかどうかさえ怪しいという状況なのである。
一応平民出身の者もいるはずだが、そちらはそちらで己が実力だけで貴族と肩を並べられるほどに優秀な者たちということになる。
前世の知識を用いて親父殿たちの手伝いは常々行ってはきたが、それとて辺境の超が付く弱小領地の中での話であり、しょせんは井の中の蛙だ。
よってこれまた爪弾きにされる可能性が高い。
ただでさえ前世の知識という厄介なものを抱えているというのに、その上トラブルが起きてもおかしくないような身の上となれば、底抜け鍋のような飲兵衛たちの間を酒瓶担いで歩くようなものである。
しかし、無様な抵抗もそれまでだった。
「そのお前の兄の結婚が近日中に行われることに決まったのだ」
親父殿のその一言で俺は全てを察することになる。
実は俺と兄、というか兄とそれ以外の家族に血の繋がりはない。長らく子宝に恵まれなかった上に正妻が流行り病で亡くなったため、隣接するドーマヌ子爵領――国内全体からすれば精々中の上程度だが、ボルタクス男爵領からすればはるかに裕福な土地だ――から分家の子を養子として貰い受けたのだ。
そしてその子爵の娘の一人が、ボルタクス男爵跡取りとなった兄さんの婚約者でもあった。
ちなみに俺の母は、領主が妻もなしでは格好がつかない――他にも色々と面倒なことがある――ために側室として迎え入れた家宰の娘である。
その母も産後の肥立ちが悪く、俺が一歳の頃に亡くなってしまったということだ。
さすがに続けて二度も妻を亡くした相手に積極的に妻を押し付けようとする輩はおらず、親父殿はそれ以降ずっと独り身で過ごしている。
話を兄さんのことに戻そう。そんな複雑な家族環境ではあるが、従者たちを含めて幸いにも俺たちの仲は良い。
だが、その先となるとそう上手くはいかないもので。どうやら兄さんの里である子爵たち一族は、なぜだかこの男爵領を狙っているようなのである。
そもそも兄さんを養子に差し出したことからして、その布石であったようだ。
「子爵様が本気でうちを取り込もうとし始めた、ということですか」
別の国と国境が接しているならばともかく、うちの領の場合は荒野に深い森という未開の地へと繋がっているだけなのだが。
目立った特産品もなければ、声を大にできる収穫物もないという、どこからどう見ても不良物件である。
「あちらにはあちらの思惑があるのだろう。我が家などしょせんは弱小貴族だ。領民の生活が今よりも豊かになるのであれば、いずれ名や血が消えることになっても問題はない」
ぐっ……。
親父殿め、領民の生活をダシにして密かに俺の退路も塞ぎやがったな。
「しかし、できることならば名や血の方も残してはおきたい。幸いにもお前はそれなりのものを持っているように見える。シール学園で必死に励めば下級騎士か下級魔法士くらいにはなれるだろう」
「下級であることは決定ですか……」
いや、まあ、俺とて自分がそこまで優れているとは思ってもいないのだが。
そこはそれ自覚するのと人に指摘されるのでは苛立ちの度合いが異なるのだ。
「どうあれ、お前がシール学園に行くのは決定事項だ」
そこで「血を残す」、つまりは自力で伴侶となる相手を見つけろということらしい。
しかし、田舎育ちで貴族らしさの欠片も持ち合わせておらず、外見の方も並み程度な上に黒髪に黒い瞳と、こちらも平民にありがちな色合いである。
結婚相手どころか恋人すら見つけるのは難しそうだ。
しかし、行かない訳にもいかない。
「そしてこの地に俺の居場所がないことも決定事項、ですか」
奥方が輿入れしてくる時には、その御付きと称して少なくない人数の者たちが子爵領から派遣されてくるはずだ。
乗っ取りを目論んでいる彼らからしてみれば、生粋のボルタクスの人間である俺の存在は大いに邪魔になることだろう。
最悪、暗殺される可能性すらある。
「……それに関しては恨んでくれても構わん。だが、その矛先はわしにだけ向けてくれ」
「恨みませんよ。親父殿たちがどれだけの苦労をして今までやってきたのかはよく知っていますので」
それは兄さんも含めてだ。裕福な家から突然極貧のうちへと寄越されたのだ。きっと俺たちには言えない苦労や葛藤があったことだろう。
それにもかかわらず彼はこの地のために一生懸命に行動していた。
親父殿が言った通り、領民たちが豊かな暮らしを送ることができるようになるならば、俺が二度と故郷の地を踏めなくなるくらいどうということもない。
「そうか……。遠い地からではあるが、お前の栄達を祈っている」
「ありがとうございます。……いや、シール学園に行くのはまだ先のことですよ!?」
「ちっ。このまま明日にでも出発してくれれば、その分の生活費が浮いたものを」
「最後の最後に台無しにしやがった、このくそ親父!」
確かに冬の真っ最中であるこの時期に俺が旅立てば、その分だけ余裕はできるだろうけれども!
このような素敵な親子の会話を行ってからおよそ二カ月後、俺はボルタクス男爵領から旅立つことになるのだった。
「いい加減に出ていかんか、この穀潰しが!」
「酷い!?」
そんな心温まるやり取りがあったとかなかったとか。
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