小春日和②〜残された者たちがやるべきこと〜

 家を出たものの,どこへ向かうべきか見当もつかなかった。でも,間違いなく何かが自分を呼んでいる。そこに行かなければならない。そして,何かをしなければならない。求められている,信じられている。そんな思いが身体を突き動かした。

 思いつくままに走り,たどり着いた場所はいつもの秘密の特訓場だった。隠れて剣の腕を磨いた場所。自分だけの空間。そんなところに誰かがいるとは思えなかったが,雑木林の木陰に一つの影があった。大きて,寂しそうな影だった。


「なにしてんの?」


 回り込んで正面に立って声をかけた。影の主はドスの効いた声で答えた。


「なにって。勝手だろ。それともお前の許可がいるのかよ? 偉そうなやつだな」


 威圧するような声で睨んでくる。その目は人を縮み上がらせる風格を漂わせているが,その深いところは弱々しく,何か支えを必要としているにも思える。まるで群れから離れたオオカミのようだった。力強く,生きていく力には恵まれている。でもその一匹であることに強い不安と不満を抱えながらも,それに慣れ,もうそれでよいと感じている。


「別に許可なんていらないけど。バオウをこんなところで見かけたのは初めてだから。今日は仲間といないの?」


 そういった途端に牙をむくように吠えた。


「黙れ! 何様だお前は!」


 何様って,と言い返そうとすると,何も聞きたくないというように話を遮った。


「うるせえ! だいたい,その目が気にいらねえんだよ。その人を観察するような目,見透かすような目,哀れむような目。力も無いくせに,同情なんかしやがって」


 つばを散らしながらわめいた。バオウと同じ木の下で,九〇度横を向く形で背中をもたれさせた。そして,できるだけゆっくりと言った。


「寂しいときはよくここに来るんだ。もちろん,トレーニングをすることも目的の一つなんだけど,そうして打ち込んでいると心をなくしたみたいに無になれる。自分の弱さとか,むなしさとかから解放されるんだ」


 呟くように言った。バオウは何も言い返してこなかった。


「でも,今日は違った。何かをしないとって思って,でも何をしたら良いのか分からなくて,気付いたらここにいた。何でか分からないけど,今は弱い自分も認められるし,心を無にするって寂しいことでもあるって思うんだ。自分の弱いところを認めつつも,精進して助け合えたらいいって。何でなんだろうね」


 少し考えた後,バオウは首を振った。


「なんか,どうでもよくなっちまったよ。お前なら話しても良いかなって気がしてきた。・・・・・・さっきは悪かったな。その・・・・・・おれも今日はいつもと気分が違うんだ。それに,ここは初めて来たし,何か目当てがあったわけじゃない。なんか,こう,うまく言えないけど,救いのようなものを求めていたんだ」


 変な話なんだけどよ,と鼻の頭をかきながらバオウは話を続ける。


「変な夢を見たんだ。長くて,楽しくて,辛くて,希望のある夢を。お前がいて,なんか知らねえけどじいさんとか銀髪の兄ちゃんとか,女の人とかいて」

「同じ夢を見たよ」


 バオウは息を止めるようにして固まった。じゃあ,と考え込むようにして顎に手を当てた。


「あれは夢じゃないんだ。一緒に旅をして,そして一緒に世界を救った。」

「どうしてそんなことが分かる」

「日記を見たんだ。じいちゃんとジャンが残していた。覚えてる?」

「覚えてるって,そんなもの見たこともねえよ」

「日記じゃなくてさ,言ったでしょ? 不器用だから,手を差し伸べてほしいって」


 バオウは分かりやすく顔を赤らめ,うつむいた。そんな様子を見て,さらに追い打ちをかけたくなった。


「また友達になろうって言ったでしょ? 責任とってよ。それとも,まだ強がるの?」


 手を差し出した。バオウはその手を手のひらではじくようにして強く叩き,ぶっきらぼうに立ち上がった。でも,その顔には笑顔が隠し切れないように表に滲み出ていた。


「めんどくさいやつだな。おれたち,もう仲間なんだから今さら何か誓いを立てる必要もないんだよ」


 照れ臭そうに語るバオウの表情が不意に引き締まり,それより,と急に神妙な顔をした。


「線香をあげさせてもらえねえかな」


 バオウの言葉に無言でうなずき,二人で家へと向かった。



 家についてからは二人で線香をあげた。ミュウは嬉しそうにバオウにまとわりつき,母さんは微笑みながら後ろで様子を眺めていた。

 ずいぶんと年老いてはいるけれど面影を残したベルと,ほとんど様子の変わらないじいちゃんと,幼くして命を落としたジャンの遺影に祈り送った後,ジャンとともに日記を見た。

 バオウは始めは涙を目に浮かべながら読んでいた。自分にとって幸せで辛い思い出は,バオウにとっても同じみたいだった。何かについて誰かと共有できるというのはとても素晴らしいものだと思った。

 手記を読んだあと,バオウと話をした。二人の間には共通して,分かったことと分からなかったことがある。

 分かったことは,みんなで過ごした今までの時間に嘘はないということ。たとえ時間軸が違ったとしても,みんなで同じ時を過ごし,思いを共有した。

 分からなかったことは,世界がこれからどうなっていくのかということだ。過去を改ざんして世界を変えようとした相手の野望を阻止した自分達には,今まで過去を旅してきたということで得たものは数えきれないほどあるけれども,未来は分からない。

 結局,未来は自分たちで作り上げていくのだ。

 どこかで見守ってくれているであろう旅の仲間たちの思いを背負って,これからも歩み続けていく。

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ソラの冒険譚〜パラレルワールドで天秤にかけられた命〜 文戸玲 @mndjapanese

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