小春日和①〜いつもの日常〜


 目を覚ますと,ベッドの上にいた。外は天気が良いらしくカーテンの隙間から陽光が差している。


 おはよう


 どこかから声がしたと思ったが,ミュウが枕元でごそごそと毛繕いをしていた。何かの聞き間違いだったのだろう。

 窓を開けると,爽やかな風が部屋の中へと入り込んできた。身体を外へ出すと,農地ではおじさんが農作業をしている。おはよう,と挨拶をして外の空気を思いっきり吸った後,身体を部屋の中へと戻した。

 今朝は不思議な夢を見た気がする。長くて,楽しくて,切なくて,さまざまな思いが交錯するような夢だった。手に汗握るような緊張感に襲われていたような気もするが,達成感も感じている。でも,心に穴が空いているようでもある。不思議な気持ちだった。

 一回から食欲をそそる匂いがする。グーっと空腹を知らせる音がなった。ミュウは目をぱちくりさせながらこちらを見つめている。


「お腹がすいたな。一緒に食べに降りよう」


 そう言って一階へと続く階段へと向かった。

 階段を降りていると,ふとずきんと痛みがやってきて頭の中がスパークした。じいちゃんが死んだときの記憶が頭の中で浮かんできた。それとともに断片的な映像が細切れのようにちらつく。銀髪の頭とたくましい背中,赤い髪の美しい女性,じいちゃんとバオウがどうして一緒にいるんだろう? 訳の分からない映像が浮かんでは消えていった。やがて痛みが治まり,視界は階段から広がる食卓に注がれた。そこにはいつもの机に二人分の椅子,いつも母さんと二人で使う食器が並べられていた。


「あら,おはようは? 今朝は早いじゃない」


 ご機嫌な様子で朝食を並べる。さっき見た夢を母さんに話そうとしたが,どんな夢を見たのか思い出せなかった。


「母さん,ここで二人で一緒に暮らし始めてどれくらいになるの?」


 なんとなく口に出しただけのつもりだが,母さんは奇妙な者を見るようにして手を止めた。そして,「ちょっときなさい」と言って階段を重い足取りで上っていった。



 母さんは書斎にいた。昔じいちゃんが使っていたという部屋で,かくれんぼでとおい昔に何度か入ったことがあるくらいで,まじまじと見るのは初めてだ。

 本棚にはたくさんの本が並べられており,読むのに苦労しそうな分厚い者ばかりだ。母さんはその中の一つに手を伸ばし,ぶっきらぼうに差し出した。それを手に取り,中身を見ずに尋ねる。


「なにこれ?」

「いいから見なさい」


 適当なページを繰り出した。どうやらじいちゃんの日記のようだ。文字を拾い読みしながら見ていると,不思議なことに気がついた。始めの方のページはインクもなじんでかすれかけ,ずいぶんと古い者のように見えるが,極端に新しいものもある。昨日やついさっき書いたのではと思えるほどインクののりも良い。もっと気になることがあった。明らかに,ページの途中で字の癖が違うものもある。きっとこれは,合間合間で違う書き手が書いた者に違いなかった。その異なる筆跡の一節に目をやる。


とうとうソラに秘密がばれてしまった。おれはじいちゃんとの約束を果たさなければならない。そのためにソラの世界にわざわざやってきたのだから。でも,苦しい。弟と,仲間と離れたくない。じいちゃん,おれはどうするべきだ? このまま尻拭いもせずにのうのうと生きていくべきか? 答えは分かっている。でも,いつも模範解答の通りに生きていけるほど,人間は強くないだろ?


 その文章は苦痛に満ちていた。じいちゃんに宛てて書いた文章であるようだ。一体誰が?

 ジャン,という単語が頭に浮かんだ。途端にさっき感じたはじけるような電流のような痛みが頭を駆け巡る。おもわず膝をついてうずくまる。何かがあったんだ。思い出せそうで思い出せない。

しばらくそうして頭を抱えてうずくまっていた。



 どういうことなの? と重たい頭を上げて母さんに問いかけたが,返事は返ってこない。まるでそこに自分がいないかのように,ただ虚空を見つめている。母さん,ともう一度声をかけると,初めてそこに人がいることに気がついたようにハッとした。そして,逡巡して口を開いた。


「信じて貰えないかも知れないけど・・・・・・」


 母さんは床に膝をつき,目線を同じにした。そして,頭に手を乗せた。


「あなたのお父さんが亡くなったのは話したわね。実は,その時の事故であなたのお兄さんも一緒に死んでしまったの。ジャンって言うんだけどね。とても優しくて良い子だった。生きていたらあなたより五つ年上よ。・・・・・ひどい事故だった」

「事故じゃないんでしょ」


 頭の中で,ばらばらに散らばったパズルのピースが綺麗にはまっていくような感じがした。そして,どこかへ行かなければいけない気がした。そうするのがまず初めにやることだ。そう身体の内側で何かが叫んでいる。

 ふと,行くべき場所があるように感じた


「母さん,ジャンは,兄ちゃんは役目を果たしたよ。強かった。立派だった。敵は討ったよ」


 え? と目を見開いて今言ったことを反芻している。そして,目に涙を浮かべた。「じゃあ,ジャンは・・・・・・」


 口に手を当てて大粒の涙を流した。そんな母さんを「ごめん,行かないと」と置いて駆け出した。ちょっと! と呼びかける母を振り返ってみる。少し迷った後,「今すぐ行くところがあるのね。いってらっしゃい」と手を振って送り出してくれた。大きくうなずいて外へと駆け出した。

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