真実に向かって②〜ジャンはいなくなる〜

「待って待って。四人ってどういうこと? 三人じゃなくて?」


 しまった,とジャンは呟いた。「なんじゃ,言うておらんのか」とじいちゃんはジャンに問いかける。ジャンはコクリとゆっくり,時間をかけて深く頷いた。


「そりゃあこれから難儀になるかものう。でも,いつまでも黙っておくわけにはいかんじゃろうて。腹をくくれい,男なら。そしたらジャンがベルに惚れとることは水に流しちゃるわい」


 ジャンとベルの顔が湯が沸きそうなほどに赤くなった。そんなじゃねえよ,と必死になって弁解しているがバオウもじいちゃんも目を細めて愉快そうにジャンを見ている。誰も何も言わないので「分かったよ」とジャンは観念した。理解の追い付かないベルと自分だけがジャンの説明に耳を傾けた。


 ジャンの話はこうだった。

 ジャンは実は別の時間軸から来た人間だった。それも,別の時間軸で自分の実の兄として本当に存在していた。アトラスが身に着けていた時の欠片はもともとジャンが見つけたもので,それをジャンは自分たちの世界に来た時に無くしてしまったらしい。その事実は自然と気分を高揚させた。お兄ちゃんだったらいいのに,と思っていたジャンは本当に自分とつながっていたのだ。それはまるで奇跡としか言いようのないものだった。

 ジャンの話に興奮しながら相槌を打っていると,横からじいちゃんが低く震える声で割り込んできた。


「都合の良いことばかり話すな。真実から目を背けるな。受け入れろ。覚悟が伴わんのなら,今すぐ去れ」


 じいちゃんから放たれた異質なオーラは周りに電流を走らせているようにピリピリしている。ジャンを見つめる目は痛いほどに鋭い。ジャンは顔を上げずに黙っている。バオウが「いいんじゃないか,その時が来たら説明するさ」と口添えしたが,「ならん」と言ってじいちゃんは聞かなかった。ベルと自分は訳が分からずどうしたの? といぶかしんでいる。

 顔を上げようとしないジャンにため息をつき,「わしが説明するぞ」と肩に手を置いて行った。その声はさっきとは打って変わって,同情のような雰囲気すらうかがえた。ジャンはそれにも何も答えなかった。


「家族であり,仲間でもあるわしらの目的は完全に一致しておる。それは,この時空のゆがみ,正しくない歴史や辞意実を元に戻すことじゃ。そのためにやるべきことは一つ。アトラスが持っておる時の欠片を破壊することじゃ。ここまではよいの?」


 ベルと二人で頷いた。ひいばあちゃんが横にいて,しかも少しだけ年が上なだけというのも変な気分だ。


「ここからじゃ。心して聞け」


 じいちゃんがみんなを一瞥した。ジャンがつばを飲む音が聞こえた。そして、「言わなきゃダメなのかよ」と懇願するように言った。じいちゃんはそれを無視した。


「時の欠片を壊せば,ジャンはいなくなる。世界の歪みが戻るのと同時にな」


 景色が一時停止したみたいに時間の流れが止まった気がした。ベルは口に手を当てたまま何も言うことができないでいる。相変わらずジャンはうなだれたままで,バオウは腕を組んだまま仁王立ちしている。うすうす勘付いていたのだろう。

 いやだ,意識とは裏腹に口からその言葉がポツリと出てきた。それを皮切りに,感情の制御が利かなくなった。無意識が体を支配し,混乱と怒りが体の内側を占めていた。


「どうしてなの? じいちゃんはそれでいいの? 実の孫がいなくなってしまうんだよ? いないなら,死んでいるのと同じじゃないか! どうしてそんなことができるんだ!」


 言いたいことが次から次へとあふれ出てくる。思考が整理される前に表出する。あふれ出る感情を無理やりせき止めるように,「黙れ」とじいちゃんは威厳のある声で言った。


「よいか? ソラに物心がついてからの世界にジャンはいなかった。バーボンがうちにやってきた時,親父とともにジャンを殺してしもうたからの。じゃが,時の欠片の力でこいつはソラのいる世界に戻ってきた。その時点で時空にひずみが生じておるのじゃ。そんなことをしたのは,アトラスの企みに気付いたからじゃけどな。だからと言って,自分たちにだけ都合のいいようにするわけにはいかない。けじめはつけにゃあいけん。何より・・・・・・」


 じいちゃんは一拍間を置いた。そして,苦しそうに口元をゆがめて言った。


「ジャンを時の欠片を使って連れてきたのはわしじゃ。誰が何と言おうと、わしはやるべきことをやる。たとえお前たち全員を敵に回してもな」


 じいちゃんは顔をゆがめた。それは精神が崩壊するギリギリのところにいるみたいだった。でも、そこから崩れることはなかった。柔和な顔をして,優しい声で言った。


「ソラ,おらんくなると言っても,死ぬちゅうこととは違うんじゃ。ジャンは二度死ぬわけじゃない。見えんでも,そこにおる」


 ジャンが頭をわしづかみにしてガシガシと擦るようになでてきた。身体の内側から感情が込み上げてきた。たまらず,咆哮をあげるように泣き叫んだ。

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