真実に向かって①〜再登場〜



 村に戻ると,人々は慌てふためき,怒号や取っ組み合いが起きていた。近くにいた人に何かあったのか尋ねると,「長老が殺された」という返事が返ってきた。ベルが一目散に屋敷へと飛ぶように走っていったのをみんなで追いかけた。


「何があったの!?」


 ベルが屋敷の入り口にできた人だかりを這うようにして進み,叫んだ。そうしてできた道を後ろから続いていく。突如,ベルの足が止まった。そして,長老のもとへと駆け寄り,足元に這いつくばるような格好になった。長老の胸には,一本の剣が刺さっていた。


「誰よ・・・・・・こんなひどいことをしたのは」


 ベルが床を叩きながら言う。長老の脈に触れたが,体を動かすための機能はすでに失われていた。体もずいぶん冷たく硬直している。きっと,みんなでバーボンたちと戦っているときにはすでにやられていたのだろう。誰がやったのか。思い当たる人物は一人だけだった。


「ねえ,どうしてこんなことが起きたの?」


 ベルが近くにいた従者の肩を揺さぶり,問いかける。「少しの間外して戻ってきたらこうなっていました。すいません」と力なく従者は返した。村の人たちは誰も悪くないのに,重い沈黙が場を支配した。

 ベルのもとへ行ったジャンが,口を開いた。


「すまない。きっと,おれたちの世界から来た奴がやった。そいつは時空を超える力を持っている。この世界を自分にとって都合の良いように変えようとしている。そいつにとって,この長老はじゃなま存在だったんだろう。必ず敵をとる」


  ベルが顔を上げた。その表情は苦悶と怒りが滲み出ている。


「そいつの場所はわかるの?」

「いや,今はまだわからない。これから何としてでも探し出す」


 どうやって,とベルは呟いた。時空を超える人間をどうやって探すかと絶望している。それもそうだ。何を手掛かりにして探せばよいのか,実際まるで見当もつかなかった。しかし,それは杞憂に終わった。


「その心配はいらないわ」


 人ごみの後方から声がした。透き通るガラスのような声だった。まるでその声に不思議な力が働いているように,人々は道を開けた。そこにいたのは,ペンダントをした金髪の女だった。



「アトラス・・・・・・!」


 一斉に身構えた。なんだ,と群衆はどよめいている。


「こいつなの?」


 ベルが唇を噛んでアトラスを睨む。「こいつが黒幕だ」とジャンは答えた。


「そう殺気立たないでください。それとも・・・・・・ここを血の海にしますか? 女子供も,あなたが大切にしている村の人も大勢いますが」


 ベルは肩の力を抜いた。だが,その目は闘志でぎらついていた。


「場所を変えて,まずは話をしましょう。でも,言葉を選んでね。内容によっては,あなたを殺さなければならない」

「ええ,場所を変えましょう。そのほうがいいわ。きっと,あなた残念な判断を下すでしょうね。私がその人を殺したと直接聞いたなら」


 アトラスは無残な肢体のまま放置された長老を見て口の端を上げた。それを笑顔と呼ぶには,あまりにも冷たかった。

 その一言を聞いた途端,近くにいた男の一人がとびかかった。汚い言葉ののしりながら,首元をめがけて腕を伸ばした。その手がアトラスに触れたと思ったが,男の動きが止まった。男と被ってアトラスの表情は見えない。何が起きたのだろうと,いぶかしんでいると,アトラスの周りがどよめいた。そして,逃げるようにして二人から教理をとった。男の背中は徐々に赤色の液体が滲み,広がっていった。刺されたのだ。

 何人かの男が血迷ったかのようにアトラスにとびかかった。「やめて!」と叫ぶベルの声もむなしく,あたりは大乱闘になる様相を呈していた。自分の命を顧みない人々の姿に,弔い合戦の凶器を感じさせた。

 もみあいになるかと覚悟したとき,あたりで突風が巻き起こった。団子のようになった集団が弾き飛ばされ,中央にはアトラスと一人の男が剣を交えて顔を合わせていた。アトラスの表情は追い詰められているものであり,もう一人は不敵な笑みを浮かべていた。「今度はだれ?」もうこれ以上はこりごりだといった様子でベルが言う。でも,その顔は自分にとってこの世で一番安心感をもたらす顔だった。


「じいちゃん!」


 そこに立つ老人に向かって叫んだ。ベルが目を丸くして見比べている。老人は「遅くなったのう」と親指を立ててウィンクをした。



 どこからでも沸いてくる,と眉間にしわを寄せてアトラスは言った。じいちゃんを押すようにして剣を押し込むと,じいちゃんは数歩後ろに下がった。


「どこからでも沸いて出るぞ。孫や母ちゃんが泣きべそかいとるんを,指くわえて見とるようじゃあ男としてつまらんじゃろうて」

「母ちゃん? 母ちゃんがどうかしたの?」


 もしかして自分たちの世界で何か異変が起きたのではと思うと気が気ではなかった。


「おーすまんすまん。わしにとっての孫はお前らのことじゃ。そして,母ちゃんいうんはベルのことだな」


 一瞬,何を言っているのか理解ができなかった。ここは時間が自分たちとは異なるパラレルワールドの世界,じいちゃんが言っていたことを真に受けて考えられる可能性を探ると,つながりが少しずつ見えてきた。そして,ジャンとベルと顔を見合わせる。

 えーー! と三人で一斉に声を上げた。ジャンが慌てて説明を求める。


「つまり,ベルはおれの・・・・・・,ソラにとってのひいばあちゃんで,じいちゃんにとっての母ちゃんで,ここにいる四人は血がつながっているということか?」


 じいちゃんはたっぷりと間をとった。そしてにんまりとして「そうじゃ」と楽しそうに言った。

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