時空を越えて⑩〜本当の目的〜

「ずいぶんと雰囲気が変わったわね。何が起きたの?」


 チチカカは硬い表情で尋ねた。その答えは,自分にも分からない。


「面白くなってきたわ。いたぶるのもいいけど,武闘家としてはやっぱり強い相手と戦いたいものよね。あなたにもその気持ち,ちょっとは分かるでしょ?」

「お前たちはそればっかりだ。自分たちの欲望のために人の命を軽く扱うなんて,そんなことは絶対に許せない」

「でもそれが最終的に平和につながらるのならいいんじゃなくって? 人はそうやって都合のいいように進化してきた。より便利なものを求め,いらないものを排除してね」

「あの子どもたちもか? ヒューゴに作らせた,生きた人間を素材にした人造人間だ。感情を削れば,人は幸せになれない。喜びと同じくらい,悔しさや悲しみ,時には憎しみさえも必要な感情だ」


 ああ,と思い出したかのように,そして幸せそうな表情でチチカカはうなずいた。


「あれね。すごいことを考えるものよね。人から感情を抜き取って機械のような身体にするなんて。しかも,坊やの話を聞いていると,本当の目的を分かっていないわね」

「本当の目的?」


 頬を赤らめてチチカカは口を開いた。


「もうすぐ死ぬんだもの。真実を教えてあげるわ。あの子たちは駒。感情のないことたちは盛業が楽なのもあるけど,軍隊を作るのよ。そいつらに最前線で戦わせて,世界をまとめ上げる。替えはいくらでもきくわ」


 髪の毛が怒りで逆立つの感じた。ここで,こいつらは絶対に仕留めなければならない。


 有無を言わせずチチカカの脇腹にブローを食らわせた。そのまま右のクロス。武道にたけているという自覚は一切にないし,手ほどきを受けたわけでもないのに体が素直に動く。チチカカの動きを見て,体の使い方が脳みそにインプットされているような感覚だ。

 剣を取り出し,振り切る。わずかに髪の毛に触れたが,かろうじてかわされた。さすがに反応速度が速い。と同時に,こちらの打撃には対応するのがいっぱいいっぱいであることも感じ取れた。剣をしまう。


「バカにしてくれるわね。剣をしまっちゃって。それとも,武の心得を今しがた身に着けたとでも? そんなに甘くないわよ。でも,センスはいいわね。接近戦でやりあうなら,剣を使うよりも,ピストルを使うよりも,拳が圧倒的に優れている」


 はあ! と気合を入れたかと思うと,チチカカの周りが別世界のようにゆがんだ。闘志が周りの環境に影響を与えているのだ。


「久しぶりだわ。こんなに興奮するのわ。体が喜んでる。猛ってるわあ。たっぷりといたぶってあげるからね。私を満たしてちょうだい」


 思いっきり打ち込んだボディブローは確実に骨を痛めたはずなのに,まるで何もなかったかのように攻めてきた。心底この境地を楽しみ,相手を痛めつけることに快感を感じている。たとえ自分が傷ついたとしても。

 こいつらは自分たちとは違う。その感覚に鳥肌が立った時,チチカカは攻撃の手を激しくしてきた。


「やるわね。じゃあ,次で決めましょう。楽しかったわ。あの世であの子たちよろしくね。それから,おじいさんにも」


 その言葉に火が付いた。そうだ,ここでやられるとあの子たちは一気に窮地に追い込まれる。ジャンもバーボンで手一杯なのに,こいつを送るわけにはいかない。じいちゃんの居場所もはかせていないじゃないか。

 傾きかけた自分の心をもう一度立て直す。チチカカが全身全霊の拳を向けてきた。腕をしならせ,その拳に拳を交えた。




 勝負は思わぬ形で決着した。自分の拳がチチカカに届く手前で,こちらの顔面にヒットした。その後,殴打されたがなんとかガードを固めて耐え抜いた。手数は相手の方が圧倒的に多いうえ,一つひとつが重かった。勝負は一発。それしかないと直感していた。渾身の一発を決めれば,のすことができる。

 相手は防ぐことしかできないと高をくくったチチカカは,終わりよ,と呟いて大きなモーションをとった。そのすきを捉えてチチカカの顎にめがけてジャブを打った。拳は見事に顎を捉えチチカカは一瞬ぐらついた。体勢を立て直した時には,すでに脇腹にストレートを叩き込んでいた。メリメリと骨が破壊される音がした。それでも容赦なく,素早く背後に回り込み,チチカカがこちらに振り向いたと同時に顎をめがけて腕を振りぬいた。チチカカはそのまま地面にあおむけで倒れこんだ。

 勝った,拳を握ったまま呟いて,近くを見渡した。勝負ありだ。命をとるまでのことはしなくていいだろう。ただ,何か手ごろなもので縛るか何かして身動きの取れない状況を作っておかないと何があるかわからない。

 チチカカに背中を向けたとき,背筋が凍り付いた。確実に自分に死が迫っている,そう感じさせる冷酷で氷のように冷たい気配が全身を粟立たせた。


「誰が終わりといったの? 惜しかったわね。結局そういうところで勝負は決まるのよ」


 覚悟を決めた。防御の構えをとりながら後ろを振り向いたと同時に,ドスっと鈍い音がした。

 チチカカの胸に弓が突き刺さっていた。

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