時空を越えて⑨〜信じる力〜



「だから言ってるだろう。襲うんだよ。あいつは血が好きだからなあ。子ども一匹残らず食い散らかすだろう。村に帰るのが楽しみだなあ。それともお嬢ちゃんも,こいつらと一緒にこれから子どもの向かうお空の世界に行くか?」

「どうして・・・・・・どうしてそんなことができるの!」

「おれは戦いが好きなんだ。正直この世界をどうこうしたいとかいうお偉いさんの意向なんてどうでも良い。ただ,戦いたいだけだ。それを,お前が邪魔した。どうだ? 構図はシンプルだろ?」


 バーボンはゆっくりとベルに近づいた。そして,崩れ落ちて涙を浮かべているベルの顎を持ち上げ,顔を近づけた。


「お前が殺したも同然だよな」


 低く,しかし明瞭な声で,静かに言った。

 ベルは立ち上がろうとした。しかし,体が震えてうまく制御できないようだった。ベルはうなだれた。そして顔を上げた。


「ジャン,みんな・・・・・・助けて」


 ジャンと共にうなずいた。


「さっさとこいつらをのしちまって,村へ向かおう。安心しろ。必ず守る。それに,大男がいちもくさんにあのライオンちゃんを追いかけた。なかなかやるやつだ。おれたちが来るまで粘ってくれるさ」


 ジャンがベルの肩をさすり,頭を一つ優しく叩いた。


「ありがとう。帰ったら,あの子達を抱きしめたい。ここでへこたれる場合じゃないね。私も戦わなきゃ」


 背中にかけていたボウガンと弓を取り出した。袖の膨らみを見るに,まだ何かを隠し持っている。接近戦が出来ないわけでもなさそうだが,隙を見て遠距離サポートをするのが得意そうだ。


「お友達ごっこは終わったか? さあ,始めようぜ。地獄への片道切符をもたせてやろう」

「何を言ってやがる。女性を泣かすなんて大人の男がやることじゃないぜ。切符をきらせてもらおうか」


 再び二人の間に火花が散った。


 ベルが心配そうにジャンを見つめている。太刀を振るう。それを鎌で受ける。鎌で撫でるように刈り取る。それを太刀がはじく。激しい乱戦だが,力比べとなるとジャンは力負けしている。


「サポートしてやって。こっちは大丈夫だから」


 ブイサインを送ってベルを促す。


「でも・・・・・・」

「いいから,ジャンがやられてもいいの? 今支えてあげれるのはベルしかいない」

「・・・・・・わかったわ」


 ベルは弓を引き絞り狙いをすましている。それに気づいたバーボンは,いくらか動きが鈍くなった。集中力が明らかに分散されている。ベルが弓を放たなくても,それだけでプレッシャーがかかっているのだ。

 頼んだよ,とベルの横顔に声をかけて,チチカカの方へ向き合った。


「あら,あっちの世界で何があったのか知らないけどずいぶん舐められたものね。まるであなたにはサポートがいらないみたい。まさか,諦めたんじゃないでしょうね?」

「まさか。決まってるだろ。あなたは二度死ぬ」


 へらへらとしていたチチカカの表情が一転して,眉間には深い皺が刻まれた。


「いいわ。後悔させてあげる。坊ちゃんのままでいたら良かったのに,生意気な子は損しちゃうんだから」


 チチカカが右足を後ろに引いた。次の瞬間,右のこぶしを後ろにひったかと思うと目にもとまらぬスピードで直進してきた。

 気付けば目の前の景色が回転していた。身体が宙を舞っていることに気付くのに時間がかかった。速い。地面に打ち付けられてうめいている頃には,すぐ目の前にチチカカが迫っていた。


「びっくりした? こう見えて武闘派なのよ。汚れたくないから,武器を使うこともあるけど,私の本気はこっち」


 ジャブの仕草をしながらワン,とカウントを取り始めた。


「どうする? ギブアップ? タオルを投げてもらいたいところでしょうけど,あっちはあっちで忙しそうね」


 ジャンの方を見ると,バーボンの太刀を受けるので精一杯といった防戦一方な状況に見える。ベルも弓を構えては放つものの,二人の動きが速すぎる。ジャンに当たる可能性も考えるとむやみやたらに架線できない状況だ。でも,ジャンの目は死んでいない。それに,何かを伺っているようにも見えた。ずっと一緒にいたから分かる。ジャンは,戦いの中で必ず相手の弱点を突く。その時を待っているのだ。


「あっちは大丈夫だよ。信じているから」

「信じていたら大丈夫なの? あんたのお父さん,死んだんでしょ。バーボンにやられて。おそらく,みんなお父さんが勝つって信じていたんでしょうけど。信じるって,なんて儚くて,無力で,無駄な行いなんでしょうね」


 身体から痛みが消えていた。立ち上がる。こんなやつに負けていられない。


「お前達には分からないさ。人は信じ合えるから強くなれる,信じられていると実感するから,力以上のものが発揮できるんだ。目に見えないけど,確かにそこには何かがあるんだ。それは,お前たちが決して感じることのないもんのだ」

「そう。あなたとはわかり合えないわね。じゃあその目に見えないなんとやらで私をのしてごらんなさい」


 チチカカは,再び右足と腕を引き,さっきと同じ攻撃態勢を取った。このままやられるわけにはいかない。ジャンは勝つ。バオウもあの化け物の足止めをしている。ここで、自分だけが負けるわけにはいかない!

 勝ちたい。そう強く願った時,目の前が光に包まれた。






 

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