時空を越えて⑧〜因縁〜
「こんなガキどもにやられて情けないな。チチカカよ」
「うふ。やられたのはこいつらの世界にいるやつよ。私は違うわ」
「お前であることに変わりない。子守でてんやわんやするようじゃあシッターは務まらねえな」
「調子に乗りすぎよバーボン。あんたこそ老人にやられかけちゃって,介護も出来ない役立たずになってるじゃない」
言うな,と含み笑いでバーボンと呼ばれた青い髪の男は答えた。不敵な笑みが不気味な雰囲気を醸し出した。そういえば,じいちゃんはこいつを連れてブラックホールのような穴に入っていった。老人にやられかける? 出し抜いたと言うことだろうか。あるいは・・・・・・。
「てめえ,じいちゃんはどこにいった」
ジャンがすごむ。ベルがあたふたして割って入るようにジャンを制止した。
「待って。どういう状況? あんたたち,同郷じゃないの? 仲良くしなよ」
「同郷も何も,こいつはおれの・・・・・・ソラの親父を殺したんだ!」
ベルは手に口を当ててジャンとバーボンを交互に見た。バーボンは太刀を肩に提げて前に歩み出た。一緒に歩みを進めようとするチチカカに「必要ない」と言って制すると,大きな口を開けて笑った。
「出せよ。あのとき使わなかった武器を。それともガキの頃のままか?」
察したようにジャンは手元を光らせて武器を取り出した。バーボンは低い声で笑った。まるで猛獣が獲物を前にして興奮して唸っているような声だった。
「それだよそれ。死神のジャン。あのときのガキがこれほどまでに名を売っているとは,同じやつだとは気付かなかったぜ。へっぽこだったもんなあ」
そう言うと血走った目で太刀を振り上げた。
振り下ろした太刀を,ジャンはかろうじて受け止めた。ただ,それはかろうじてというのにふさわしく,肉体的な力の差は歴然としているように見えた。
「バーボンだけ楽しんじゃって。私たちもいいことしちゃう?」
唇に舌を這わせながらチチカカはこちらを見る。臨むところだと足に力を込めると,見下すような目つきで全員を見渡した。
「あら,一気に来なきゃ。退屈させないでよね。特にそこのチビちゃん。なんかそっちの世界で私をやっちゃったみたいだけど,同じ人間だと思わない事ね」
「別に同じとか違うとか,そんなことは関係ない。それに,以前と違うというならそれはこっちも同じだ。頼りになる仲間も増えた」
クサいぞ下っ端,と剣を片手にバオウが笑った。でも,と続ける表情は精悍さの中に温もりがある。こんな顔をしていたっけと思ったけど,一緒にいる時間が経つにつれて表情が柔らかくなって言っているのは薄々感じていた。もう,バオウは学校で一匹狼だった頃とは違うのだ。
「仲間なんて正面切って言われちゃあほっとけねえな。覚悟しろよオカマ野郎。すぐに終らせてやる」
ちょっと待ってよ,と訳が分からないといった様子でベルがかぶりを振っている。
「あんた達どういうつもりなの? 私たちの村に押しかけてきといて,あんたらが命の取り合いをしようっていうのをサポートしたってわけ? そんなの許せない! ジャンもやめて! 離せば分かるはずでしょ!」
目に涙を浮かべながらベルは訴えた。
「優しい子だな。でも,もう引下がれない。これには複雑な事情があるんだ」
「何よ複雑な事情って。そんなので納得できるわけ無いじゃない。それに・・・・・・もう目の前から大切な人たちがいなくなってしまうのは嫌なの!」
全員の動きが止まった。バーボンはかまわず剣を振ろうとしていたが,戦う気配を見せないジャンに戦意を失ったのか,ため息をついてひとまず太刀を下ろした。
「もう,やめてよみんな・・・・・・。今目の前にいる人は,剣を向けている相手は,誰かにとって大切な人なの。何かあったら悲しむ人がいるの。立ち上がれないほど,生きる希望を失うほど愛してくれている人がいるの。だから・・・・・・もう傷つけ合わないで」
最後には崩れ落ちるようにしてベルは言った。ベルの境遇を知っているから,余計に言っていることが胸に響いた。腕がしびれるようで力が入らない。バオウもジャンもうつむいている。自分たちには返る場所が,帰らなければならない場所がある。誰一人,命を落とすわけにはいかない。できれば相手も傷つけたくない。でも・・・・・・どうすれば。
バーボンが沈黙を振り払うように,触れば凍ってしまうような声で言い放った。
「黙れ小娘。しらけただろ。お前の役目は終っているんだ。これ以上水を差すというなら・・・・・・。そうだな。おもしろいことを思いついた。あの村のガキどもを食い殺させるか。たしか乞食みたいなやつがたくさんいたよなあ。あんなガキども,生きているだけ無駄だ」
黙っていたチチカカが急に腹を抱えて笑い出したと思ったら,「残酷なことを思いつくのね」と何かを察したらしく口笛を鳴らした。すると,どこからともなく以前チチカカが乗っていた怪物が現れた。体は見上げるように大きく,荒い息は猛々しさを如実にあわらしていた。
「いいの? この子相当荒いけど」
「さっさといかせろ。時間がもったいない。何度も言わせるな」
チチカカのもとに怪物が顔を寄せる。頭を二度叩いて合図を送ると,重力を無視しているかのように横の壁を蹴り上げながら出口へと向かっていた。
「待って! 何しに行ったのあの動物? 村を襲うんじゃないでしょ?」
涙目で見上げるベルを,のどを鳴らしながらバーボンは見下ろした。
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