時空を越えて⑦〜青と赤〜
いいところへ連れて行ってあげる,というベルについて村を奥へ奥へと進んでいった。村人達が大人から子どもまで精を出して百姓仕事をこなしながらも,見慣れない客人を物珍しそうに見ている視線を感じる。リスさんだ,と嬉しそうにはしゃぎながら走り寄ってくる子ども達にミュウと遊ばせたり触らせたりしながら進んでいると,長い距離を歩いたわけではないのにずいぶんと時間がかかった。その子ども達の中には食道で見かけた顔もあったので,事情を知っているジャンもバオウも催促することなく子どもとミュウがじゃれ合うのを微笑みながら見ていた。おかげでずいぶんと時間はかかりはしたが,目的地に着く頃にはベルまでもが満足そうな顔をしていた。
ありがとうな,と呟いた後に目の前の大きな屋敷を指さした。
「ここが連れて行きたかったところだ。きっと,あんたたちの役に立つはずだ。この奥に長老がいる。村のことなら何でも知っているし,よその国にも顔が利く。情報を集めているんだろ? 良い情報が手に入ると良いんだが」
そう言って仕切りになっているカーテンをめくり,大きな声で呼びかけた。二三言中の人と言葉を交わした後にこちらに顔を覗かせ,手招きした。入って良いということらしい。
大きな造りになっているが,中は部屋一つになっており,一番奥の王座のような椅子に長い髭を垂らした老人が詩をかけている。きっとあの人が長老だ。
躊躇もせずにバオウが先頭に立って老人の元へずんずん進んでいった。
「人を探している。胸に大きなペンダントをつけている女を知らないか? 金髪の髪をした女だ」
無礼な,と側近が横に付いていた槍を持って身構える。部屋の中の空気が凍り付いたようにピリピリとしたところを,笑いながら長老が制した。
「最近はおもしろいことが立て続きに起こるわい。先日もお前さん型と似た服装の者が二人来た。赤い髪と女性らしさを兼ね備えた動きがしなやかな男、それからもう一人は青い髪と瞳をした屈強な男。きっとお前さん達と同じ所から来たんじゃないかの? 同じ匂いがしてきよるわ」
ジャンが半歩前に出て過敏に反応した。
「赤い髪のオカマみたいなやつだな。青い髪の方は・・・・・・額に傷がなかったか?」
目を細め,髭をなでつけながら長老は遠くの方を見た。何かを思い出すときの癖らしい。
「確かにあった。なかなか力強い男じゃったが,知り合いか? 同じ世界から来た匂いはしたが,とても気が合いそうには見えんかったが・・・・・・」
「仲良くなんて出来るはずねえ。そいつは,おれの大切な人の命を奪った男だ」
もしかして,てジャンに向かって呟いた。手のひらが痛い。無意識のうちに拳を強く握っており,爪が皮膚に食い込んでいた。
「ああ,あの日うちに現れたやつだ。ソラの親父の命を奪い去った男。まさかここで会えるかも知れないとはな。差し違えてでもあいつだけは・・・・・・」
きつく歯を食いしばって肩を怒らせている。ジャンとじいちゃんが追い出したあの青い髪の男。聞いたところによると,物心がつく前に父さんを殺した男だ。記憶にないが,ジャンは目の前で,自分の力不足のせいで殺されたと思っている。一矢報いたいという思いがひしひしと伝わった。
あの時の男か,とバオウが呟いた。そうだった。あのときはバオウも窓から様子をうかがっていたのだ。振り返ればそんなに昔のことではないが,ずいぶんと時間が経っているような気がする。あのときとは違う。仲間も増えたし,自分を腕を上げたつもりだ。じいちゃんはまだ見つからないけど,今ならあの男とやり合える気がする。
「長老さん,その男達がどこに行ったかを教えてよ。そいつに用があるんだ」
ジャンとバオウが力強くうなずいた。そんな様子を,長老は微笑みながら見つめて一つうなずいた。
「この村を北に進んだところに,ホープ火山という山がある。やつらの目的は何か知らんが,その山の場所を聞かれた。きっとそこに向かったはずじゃ」
「北ね。ありがとう」そう言ってさっそく向かおうとすると「待たれよ」と長老に呼び止められた。
「ベルを連れて行くと良い。土地勘はあるし,それにこやつはなかなかやりおる。きっとお役に立てるはずじゃ」
ベルは胸を張って一度うなずき,よろしくな,と顔にしわを寄せて笑った。その屈託のない笑顔は幼さと妖艶さのどちらも兼ね備えていた。
ベルの反応を見ると,彼女はおそらく事前に長老から話を聞いていたのだろう。どういういきさつでそうなったのかは分からないが,土地勘のある人が付いてきてくれるのはありがたい。それに,たった一晩泊まっただけの旅人が次に取る行動を予測して打ち合わせしている当たりかなり段取りがいい。何か企みがあるとは思いたくはないが,もしかしたら注意する必要もあるのかも知れない。
「じゃあ早速向かおうか。火山っていっても,付いてしまえば中は意外と涼しいんだ。道中少し歩くけど体調に気をつけながら頑張ろう♪」
ご機嫌そうに歩き始めたベルの後に続いて屋敷を後にした。ミュウはベルに早速なついたようで,肩に乗っかって頬ずりをしている。
村を出てどれくらい歩いただろうか,火山の入り口は意外なことに登るための傾斜ではなくて,下っていくための緩やかな勾配になっていた。そこから中にはいっていくと,もう少しでとろけてしまうのではないかと思わせる気温がぐっと下がり,風通しも良く乾いた風がじっとりとした素肌を冷ましててくれる。ミュウもやっと過ごしやすい環境にこれたからか,ベルの肩でぐったりとしていた様子はなくなり,前足で気持ち良さそうに毛繕いをしている。
「実はこの奥は長くないんだ。広めの空間が一つあるだけ。驚くぞ~」
ウキウキした様子でベルは言う。まだまだ続くのかと思っていた自分とバオウはホッと胸をなで下ろしたが,ジャンはきつく口を結んでいた。そうか。この先にジャンと父さんの敵がいるのかも知れない。そう思うと,嫌でも体がこわばってくる。
初めて碧神の男を見たときのジャンの激昂を思い出す。怒りからあふれるパワーと勢いは思わず後ずさりをしてしまうほどのものだったが,冷静とは言いがたかった。自分に物心がつくまえの出来事。きっとその時もまるで役に立たなかったに違いない。出来れば,自分の手で親の敵を取りたいと思うと自然と肩がこわばってきた。
「人のことを心配したり,欲が出たり・・・・・・,ソラはほんと大変だな」
ジャンは胸をぽんと叩いた。
「大丈夫だ。安心しろ。おれは冷静だ。ソラも絶対守る。もう二度と,大切な物を失うわけにはいかないんだ」
たとえこの命に代えても,と呟いたのを聞き逃さなかった。むっとして言い返そうとも思ったが,やめた。ベルは不思議なものを見るような表情でジャンを見つめている。かっこいいとこあるじゃん,と頬を緩めてベルが言うのと,奥から声が響くのが同時だった。
「ずいぶんとのんきなものだな。鈍臭さも何もかも,まるで変わっちゃいねえ。偉そうなこと言ってるが,お前も所詮いつまでも守られる存在だ」
聞き覚えのなる声が響いてきた。顔色を変えてジャンが駆け出す。そのあとに皆で続いた。薄暗さに目が慣れてきて視界が徐々に明瞭になっている。そこにいたのは,チチカカとあのときの青い髪の男だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます