時空を越えて④〜光の向こう〜



 うっ,と呻いた。身体が痛い。目を開けると,空高くに太陽がある。どうやら外に出られたようだ。でもどうやって? それにしても・・・・・・暑い。


「目覚めたか?」


 声のする方を見ると,ジャンが木の上で何やら遠くの方を眺めている。その下ではバオウが肉をさばき,何やら調理の下ごしらえのようなことをしている。


「ここはどこ?」

「さあな。でも,どこか遠いところっていうのは知っておいた方がいいかもな」

「遠くって・・・・・・,飛ばされたの?」


 アトラスがペンダントを掲げた時,光に包まれたことを思い出した。物体を移動させる力もあるのか。


「ああ,見る限り遠く遠くに飛ばされたっぽいな。場所じゃなくて,時間的にな」

「え・・・・・・?」


 言っている意味が理解できなかった。少し考えて,アトラスが言っていたことを思い出した。時の欠片について言っていたことだ。


「もしかして,パラレルワールド? うそでしょ・・・・・・」

「残念ながら本当だ。おそらく百年は過去に飛ばされているだろう」


 愕然とした。そんなことが本当にあるのか。確かに,パラレルワールドについてアトラスは説明していたけど,話半分に聞いていたしそんなものがあるとは実感もわかなかった。それに,まさか自分が飛ばされるとは・・・・・・。

 でも,みんながいてよかった,そう思った時ミュウがいないことに気が付いた。

 ミュウ! と叫んで辺りを見渡した。もう別れるのはこりごりだった。


「お前だけだよ。のんきに寝転んでたのは」


 下ごしらえをしながらバオウが言い放った。その横で,ミュウがどこからかネズミを捉えてバオウのもとへ運んでいる。


「よかった。・・・・・・,情けないけど」


 これからのことを練らないとな,と木から飛び降りてジャンは言った。「その前に腹ごしらえだ。支度はできたかバオウ」と火に食材をかけているバオウへ歩み寄る。


「もうすぐできるから,体を休めてくれ」


 頭の中ではてなが渦巻いているが,とにかく食事ができるのを待つことにした。






 まずは情報を整理して共有しておかねえとな,と肉を頬張りながらジャンは紙を取り出した。バオウはジャンに耳を傾けながらスープを注ぎ分け,ミュウはバオウにさばいてもらったネズミにかじりついている。

 手元のメモにはびっしりと文字が書き込まれていた。もしかすると,バオウとミュウが食料調達をしている間にジャンは木に登って地形を探り,なにかしらアポイントを取って調査をしていたのかも知れない。自分がのんきにひっくり返っている間に・・・・・・。


「状況はこうだ。おれたちはアトラスに時の欠片を使われて時空を移動した。問題はその時間と場所だが,おそらく百年以上前の砂漠にぶちこまれている。地平線を見渡しても,気持ちほどのオアシスがあるぐらいで村ひとつ見当たらない」

「それじゃあ情報収集どころか,これからどこへ進めばいいかも検討がつかないじゃないか」


 バオウが地べたに座り,骨付き肉を頬張りながら言った。特に焦った様子はない。


「いや,たくさんではないが,オアシスにいくらか人がいたから聞いてみた。ここらはちょうど砂漠のど真ん中に当たって,物流の休憩所としてオアシスが重宝されるらしい。絶海の孤島におれたちだけが放り出されてという訳ではないみたいだ」

「そうか。で,何が分かった? これからどこへ向かう?」


 バオウの問いに,スープを飲み干してからジャンは答えた。


「ここから南に下る。少し長い道のりにはなるが,一番そこが近い村だ。とにかくまずはそこへ向かって,おれたちが元の世界に戻れる方法を探すしかない」


 遥か遠くの方を眺めながらジャンは言った。その目は,目的地の村を見つめているというよりはもっと別の何かを見ているかのようだった。






 じりじりと日差しが照りつける砂地を歩くこと数時間,手頃な筒に入れた水分もとうとう尽きてしまった。


「あっぢ~~。だめかもしんない・・・・・・」

「弱音を吐くな。置いていくぞ」


 冷たく言い放ちながらバオウは切って作った自分の筒を差し出してきた。そのてからはぽちゃん,と天使の吹いた楽器のような軽くてポップな音がする。


「バオウ~,恩に着るよ」


 差し出された手から筒を受け取ってはふたを開け,垂直にして迷うことなく一気に飲み干した。


「ばかかお前は! 全部飲むやつがいるか! いったいてめえはどういう神経をしてやがる!!」

「え? くれたんじゃなかったの!?」


 バオウが般若のような顔をして飛びかかってきた。ひょいっ,とそれをかわすとさらに追いかけてくる。待てこの野郎,と追いかけまわしてくるバオウに「疲れるからやめようよ」と言うと「誰のせいだと思ってやがる」と角まではやして追い回してくる。

 このまま地獄まで追い回されるのかと不安になっていると,ジャンが手を振ってこちらに合図を送っている。


「おーい,ごくろうさん。続きは宿でやろうぜ」


 「宿!?」とバオウと声をそろえてジャンの指さす方を見ると,村が見えてきた。ジャンはミュウに水を飲ましてやりながら,「まあ,あと少し仲良くやろうぜ。それともかけっこで村まで行くか? 負けたやつは晩飯抜きとかなんか賭けてさ」


 バオウと顔を合わせた。同時に二人のお腹がぐーっと鳴った。みんなで笑い合いながら歩を進めた。



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