時空を越えて③〜死神のジャン〜

「死神のジャン。確かに,おれをそう呼ぶやつもいるな」

「ええ,この世界にはいないかもしれないけどね」


 この世界にはいない? どういうことだ。チチカカが興奮したように声を上げた。


「死神のジャン!? あんたがか? これはそそるわねえ。ぜひ手合わせを願いたいわあ。できればあなたの代名詞の首切りカマで頭を斬り落としてちょうだい♡」


 頭を抱えてさも嬉しそうにチチカカはわめいている。どういうことだ,とバオウがジャンににじみ寄った。


「どうにもこうにも,頭がイっちゃってるやつが揃っているんだからおれにも訳が分かんねえよ。それより,まずはあのペンダントが先じゃないのか? バオウ,もう分かっているんだろ? 協力しろ」


 そう囁くと,バオウに目で何かを訴えた。


「ちょっと,さっぱり状況がつかめていないのが自分だけみたいだ。ちゃんと説明してよ」

「何が分かっていないのかもソラははっきりしていないだろ。必ず説明するから,まずはあのペンダントを奪還するのが先だ」


 アトラスはペンダントを首元につけ,そのまま衣服の中に入れた。その色っぽい仕草にジャンはやられると思ったが,顔は引きつり肩を怒らせて戦闘モードに入っている。


「こちらの要件を聞いたわね。今は争う気などないの。要件はただ一つだけよ。そのヒューゴの死体をこちらに渡しなさい。ただそれだけ」

「これで何をする気だ」

「知っているでしょうけど,我々とヒューゴは同じプロジェクトを進めていたの。今はこうなってしまったけど,彼の身体とその頭には膨大なデータが眠っている。彼がこちらに隠していた情報も潜んでいるかもしれない」

「お前たちの好きにさせるつもりは無い」


 ジャンが声を張った。アトラスは首を左右に振ってから,深くため息をついた。


「あなたたち,これから仲良く旅に出るのでしょ? ヒューゴの弔いなんていいから,そのまま行ってらっしゃい」


 ジャンとバオウは顔を見合わせた。バオウは首を鳴らして威嚇するようにしてアトラスに顔を向ける。


「納得いかねえな。・・・・・・,どうしてもっていうなら,どこにいるのか知らねえがあの子どもたちを解放しろ。お前たちがいいように使おうとしているホルマリン漬けの子どもだ」


 アトラスとチチカカは顔を合わせ,高らかに笑い合った。


「結構なところまで踏み込んでいるのね,あなたたち。・・・・・・でもね,知っておいてちょうだい。あの子たち,幸せそうよ」


 怒りがこらえきれない。アトラスに向かって叫んだ。


「何を言っているんだ! あんな実験動物みたいな扱いをされて,なにが幸せだ! 物も言えないじゃないか!」

「あら,あの子たちは未来で楽しそうに暮らしているわよ。ねえ,チチカカ?」


 アトラスはチチカカの方に目をやる。チチカカはさも面白そうに,見下すような目つきで言った。


「ああ,幸せそうに暮らしているわよ。なにせ・・・・・・,私はあの子たちが生活している未来から来たのだから。言ったでしょ? パラレルワールドよ」


 未来? この子どもたちがサイボーグのように改造されて生活している未来があるというのか? その世界は一体どうなっているんだ。


「人間らしい暮らしをしているの?」

「ええ,しているわ。もちろん,あなたたちとは少しだけ違うけれど・・・・・・」


 チチカカは笑った。そして続けた。


「あなたが今持っているような無駄なもの。憎悪と疑問の二つの感情を持つことは無いけれどね。まずは試験的に最もいらない感情を二つ消したわ。だからいたって平和♡」


 感情を消した? それはあんたたちの都合のいいようにしただけじゃないか! 言葉よりも先に身体が反応していた。


 勝手に人の幸せを決めるな,そう叫んでアトラスに飛びかかった。でも,その進路は一瞬にして阻まれた。目の前でチチカカ笑みを浮かべている。


「遅いね。出直しておいで坊や♡」


 そういうと,身体を一回転させた。衝撃のうちに景色が移動する。息ができない。横腹に重い衝撃を感じて初めて回し蹴りを食らったのだと悟った。


 この野郎,とバオウがいきり立ってチチカカに対峙する。「そそるわあ♡」と頬を赤らませたチチカカからさっきとは比べ物にならないオーラがあふれ出た。バオウが切りかかろうとしたとき,「待て」とジャンが制止した。


「あんたたちの望みは叶えてやれそうにない。都合のいい世界を作りたいんだもんな。アトラス教団・・・・・・。そうか,あんた,時の欠片を使ってかつての王国を取り戻したいんだな。今度は感情のない者たちを従えて。そうすれば・・・・・・」


 ジャンが話していると,みるみるアトラスの顔つきが変わっていく。眉間に寄った皺からはいつもの冷静な聡明さは感じられない。


「お黙り! 死神のジャン・・・・・・。いいでしょう。あなた,私があなたの真実に気付いていないとでも? 兄弟仲良く,死神のくせに守り神が務まるとでも思っておいでかしら?」

「人間生きてりゃ隠したい過去の一つや二つはあるもんだよな。黙らすなら命を取るしかない。やるか?」


 ジャンが短く言葉を唱えて大きな鎌を取り出した。脇腹をさすりながら,アトラスはどんな武器を使うのだろうと興味深く見つめた。肉体派には見えないけど・・・・・・。バオウもアトラスの一挙一動を注意深く見ている。だが,アトラスは武器を出さなかった。代わりに,胸元に手を無造作に突っ込み,例のペンダントを取り出した。


「私が手を下すとでも? 身の程をわきまえなさい」

「てめえ! 待ちやがれ!」


 ジャンがアトラスの素へ素早く駆けだした。


「行ってらっしゃい。また会えたらいいわね」


 アトラスが微笑みかけた。ジャンがあと少しで彼女に触れるというところで,あたりは光に包まれた。

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