AI vs アナログな旅人たち ⑩~馴染みの助っ人~


「この世界から人類を排除しようとしているのはアトラス様なの?」


 相変わらず力強い圧力で押さえつかられているジャンとは対照的に,こちらに手をかざしている商人はかなり力を抜いているようだ。こちらに攻撃の意思が無いことを察知はしてのことだろうが,隙は無い。

 ヒューゴは曲がった背筋を伸ばし,胸を張った。その目はさっきよりも力が増している。


「あのお方は世界を変えるお方じゃ。わしが人というものに絶望していることに理解を示し,より良い世界の実現のために背中を押してくれた。アトラス様もこの世界を憂う方じゃ。わしらは方向を共にしておる」

「つまり,アトラス様は世界をよくするために,人間を消そうとしているわけだ」


 人を慈しむ表情で話しかけ,自らを汚して手当をするアトラスの顔を思い浮かべる。優しい顔だった。でも,この瞬間、倒すべき敵として認識しなければならない相手だと覚悟した。ジャンもきっと同じ思いだろう。


「よく分かった。でも,罪のない人間を葬り去っても良いとは思わない。みんな必死で生きているんだ。その人達の権利を勝手に奪うなんて許せない」

「その罪のない人間が,悪意あるもの達によって平和を脅かされているのじゃ。せめてわしらの手で導いてやらねばならん」

「それはエゴじゃないの? 誰もそんなことは臨んでない! みんな,人として生きていくんだ」

「人のことを思い行き着いた先じゃ・・・・・・。もうよい,わしらはきっと相容れることはないじゃろう。あとは神のみぞ結果を知る。わしはわしの考えに敵対するものを排除させてもらう」


 そう言うと,こちらに手を向けていた商人に合図を送った。商人は無表情のままこちらに近づいて手に何か力を送るような雰囲気を醸し出した。その瞬間,服に忍ばせていた短刀を腕を振るようにして取り出し,腕をなぎ払った。よろける商人に脇目も振らず,ジャンを押さえつけている敵に向かってタックルした。こちらの攻撃を防ごうともしなかった商人は勢いよく飛んでいった。


「よくやった。こっから反撃だな」


 体を首をボキボキ鳴らしながらジャンはヒューゴと吹き飛ばされた商人を睨み付けている。立てかけてあった剣を複数持って,容赦なくまたウニのように串刺しにした。



 心苦しいことではあるが,と伸びた髭をつまみながらヒューゴは空中にスクリーンのようなものを映し出した。それはヒューゴの手のひらから間違いなく映し出されており,プロジェクターのようなものを持っているわけではなかった。どうなっているのだろうと不思議に思って手元をじっと目をこらしていると,スクリーンに何かが映し出された。始めはそれが何か分からなかった。あまりにも現実離れしている気がしてそれを事実として受けれることが出来なかったのかも知れない。それが何か分かったときには目は大きく開かれ,言葉も出なかった。ジャンが手に持っていた武器を床に落とした。高い金属音が不気味に部屋に響く。


「なんだよこれは・・・・・・。まさか,この村の人間か!」


 ゆっくりと頷いてヒューゴはほくそ笑んだ。


「新時代の幕開けだ。これから世界は一変する。その先駆者達だ」


 スクリーンに映し出されたのは,無数の機械につながれた人間達だ。一糸まとわぬ体には様々なチューブがつながれており,頭にはヘルメットのようなものをかぶっている。椅子に座ってうなだれているものや,体を固定されて吊り下げられているもの、培養液かホルマリン液のようなものにつけられているものなど様々だが,全員意識はなさそうだ。目を背きたくなる映像の中には,不可思議な点がある。


「子どもばっかりだ。大人達はどこへ行った?」

「大人はもうすでに脳の神経や体が出来上がっておるからの。改造が難しいのじゃ。悪いがみんな死んでもらった」


 てめえ・・・・・・!! 攻撃態勢に移った頃にはもう手遅れだった。ジャンと共に再び視界が低くなり,地面に打ちのめされていた。



 万事休す。商人一人は再起不能、もう一人のロボットは一人しか謎の重力で押さえつけることは出来るが,その間お互い身動きを取ることは出来ない。もしヒューゴに同じ能力が備わっていたとしても,四人とも身動きが取れない状況になるだけという目算だった。だが,ヒューゴは両腕をこちらに向け,一人でこの自分とジャンを押さえつけている。これで商人はフリー。いつでもこちらに手を下せる。

 このロボット商人にも感情はあるのだろうか。こちらの不安感を煽るように,ゆったりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。むき出しになった腕は,よく見ると皮膚のような質感ではなくつや消しの更迭のような素材感になっている。あの腕で殴られたら痛いだろうなあ,と半ば意識が飛ぶまでやられることを覚悟した時,扉が大きな音を立てて開いた。重力で押さえつけられて顔を上げることが出来ないが,開いた扉から一人の足が見える。


「誰じゃ,貴様は。ずいぶん手荒い入り方をするんじゃのう。最近の若いもんは礼儀を知らんから,教えてやろうか。いや,どうせ長くない命,世間知らずなまま死んでゆけ」


 男は何も声を発しない。不思議な雰囲気だ。殺伐としたオーラは感じられず,目的も見えない。ヒューゴの口ぶりからすると,どうやら敵ではないのかも知れない。わずかな希望を抱いたとき,男のいる場所から甲高い動物の鳴き声が聞こえた。


「ミュウ!! 無事だったのか!」


 ミュウが助けを呼んでくれたのかも知れない。本当に賢い子だ。この場をなんとか切り抜けられるかも知れない。とにかく情報を与えなければ。こいつらは普通じゃない。


「気をつけてください! こいつらはサイボーグで・・・・・・」

「うっせえな。サイボーグだって何だって,おれがやられるはずがないんだよ。ったく,この前のはまぐれかよ」


 こちらの発言を遮って帰ってきた返事は,ジャンと町を出る時に聞いた力強いなじみのある声だった。


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