AI vs アナログな旅人たち ⑨~二度あることは……~




 長く生きると,誰しも辛い過去は抱えて生きているものなのだろう。それにしても,ヒューゴというこの老人の心痛は計り知れなかった。大切な人を,間接的にではあれ意図せず殺めてしまったかつての老人を想像してみたが,生きる希望を失ったに違いいない。それを救ったアトラス様。あの森で出会った不思議な女性はどれほどの力を持っているのだろう。

 同情している横で,そうかそうか,とさもくだらない話を聞かされてうんざりだとでも言いたげにジャンは呟いた。


「辛かったなあじいさん。でもよ,お前達がおれたちが生まれ育った町を侵略しようとしているっていうのはおかしな話じゃないか? 偉そうに言っていった世界の幸福とやらはどこへいっちまったんだよ。そんな筋の通らねえ話はあるか。今すぐに取りやめろ」


 ジャンの言うとおりだ。ヒューゴは故郷を潰そうとしている。それは,かつてのヒューゴが求めていたものとはまるで逆行している。

 偉そうなことを,といきりたつ商人を制止してヒューゴは立ち上がった。


「悪いが潰させてもらう。この世界から人間を葬り去る。そうして,欲望のないユートピアを実現させるのじゃ。誰も苦しまない,痛みもない,無駄な争いのない,効率と便利さを叶えた世界で生きていくのだ」

「それは誰のための幸せだ?」

「この世で,わしとアトラス様の思想を共有したものたちじゃ」

「おれたち人間はどうなる?」

「受け入れるのであれば,体をサイボーグ化して便利な世の中でわれわれと生きていく。・・・・・・この二人の商人のようにな」


 後ろに控える商人を指さした。やっぱり,この二人は改造されていた。人間として生きることをやめたのだ。

 はらわたが煮えくりかえるようだった。


「ふざけるな! そんなことさせるか! 辛いことがあっても,死ぬほど苦しくても,それを乗り越えていくから人は美しいんだ。痛みを感じられるから人に優しくなれるんだ!」

 

 そう言い切ると,打ちっぱなしの壁を殴った。当たり前だけど,痛い。拳は電流が走っているみたいにビリビリするし,血が流れている。でも・・・・・・


「この痛みを感じながらこれからも生きていく! 逃げるやつは勝手に逃げていろ! やろう,ジャン!」

「よく言った。突破するぞ!」


 人数もアウェイなこの環境も,全ては相手に利があった。それでも,ここで逃げるわけにはいかない。武器を手にして,戦闘態勢に入った。



 勝負が決するまでにはそう時間はかからなかった。

 三十分と経たずに、ジャンと共に,床に体を押し付けて身動きもままならないでいた。

 こちらが戦闘態勢になったとたんに,ヒューゴがこちらに向かってもう突進していた。それは老人の動きではなかった。どこからともなくデザートナイフのような刃物を取り出し,ジャンに突き付けた。こちらに向かって攻撃をしてきたのならば,あるいは手傷を追っていたのかもしれない。しかし,ジャンの動きは速かった。異次元の速さで動くヒューゴの突きをいともたやすくかわし,そのまま腕を取ってひねりあげ,デザートナイフを叩き落した。


「じいさん,やるじゃねえか。でも,おれの方が一枚上手だったな。おれは油断もしねえし,そちら側が想像もできないほどの力や技を秘めていることを承知の上で迎え撃つ。未知の力を考慮に入れなければ,こちらの方が力は上だ。どうする? 手,いてぇだろ」


 ジャンがさらに力を込めてヒューゴの腕をひねりあげる。ヒューゴは顔色一つ変えずに,落とせるものなら落としてみろ,とジャンを煽った。


「じじい・・・・・・,こっちも遊びじゃねえんだ! おれたちの街を襲うっていう計画を打ち切りにしろ! いったんそれで放してやる!」


 折れる! さらに力を込めるジャンの腕を見ていられなかった。しかし、ヒューゴはそれでも表所を変えない。おかしい,苦痛に顔をゆがめてもおかしくないのに,身体のどこにも変な力が入っていない。


「やっぱり若いな。・・・・・・おい,やってやれ。一号,二号!」


 ヒューゴが指示すると,商人二人が両手をこちらに向けた。何か来る,そう思って間合いを取った。ジャンも何かを察したらしく,ヒューゴの腕を話してこちらに来て距離を取った。次の瞬間。空間にひずみのようなものを感じたと同時に,身体のコントロールが効かなくなった。




 ヒューゴはジャンを見下ろし,締め上げられた腕をまるでこれからキャッチボールを始める少年のようにぐるぐると回している。この人も体を改造している,そう確信した。


「痛みを感じていないの?」

「ああ,人であることをやめたのじゃ。とは言っても,もう少し締め上げあられて追ったら不具合がおきていたじゃろうな。心根の優しいやつじゃ。・・・・・・それが己の夢を阻むというがなんとも皮肉よの」


 ヒューゴの顔は間違いなくこちらに向いたいたが,その目はこちらを見ていなかった。焦点が定まらず虚空を見つめている。その姿は,敵に完勝したもの様子には到底見えないだろう。

 商人二人がそれぞれ,ジャンと自分について手をかざしているのが横目に見える。「そこの能無し二人は自分の脳みそで思考することも放棄したんだもんな。お前達の未来が楽しみだよ」と嘲笑すると,ジャンに手を向けた方がわずかに力を込めたように見えた。直後,ジャンはウッと唸って顔を地面につけた。さらに強い圧力をかけられたようだ。手は確かに触れていない。重力を操っているのだろうか。ほとんど反則じゃないか。


「情けないねえ。動けたら殺してやってもいいんだが。生き恥さらすよりも良いだろ?」


 動けたら・・・・・・,ジャンのことを言っているのだろうか。とにかく,打開できそうにもない状況をなんとかせねばと頭を働かせてはみたもののこれといった解決策は浮かばない。ここまでか。・・・・・・いや,諦めたらだめだ。考えろ,考えろ,考えろ! 少なくとも,ヒューゴの様子を見るからには話し合いの余地はあるはずだ。

 何を言おうか。そう考える間もなく気付けば単純な疑問を発していた。


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