AI vs アナログな旅人たち ⑦~老人と2人の付き人~

「伏せろ!」


 ジャンが叫んだと同時にナイフをこちらに投げつけてきた。おそらくテーブルから取ったものを護身用に持っておいたのだろう。

 何をするんだ,と言いかけてしゃがんだ時、後ろで金属音がした。

 まさか,と思って素早く飛び上がって交代すると,ジャンを打ち付けたハンマーが空に浮かんでいた。


「情けないねえ」


 物憂げな声がしたと同時にハンマーが振り回された。今度は回避したが,しばらくするとまた姿を消した。


「ジャン,これって・・・・・・」

「ああ,こいつはきっと,空間から存在を消せる」


 絶望した。そんなの,勝ち目がないじゃないか。落胆した様子がジャンに伝わったのか,こちらを見て鼻で笑った。


「どうした? 諦めるか? 死ににいくのが得意技だもんな,・・・・・・まあ,へこんだって事態は良くならないんじゃないか? 加藤と思わず,負けじと泥臭くいこうぜ」

「・・・・・・そうだな。さあ,かかってこい! どうせこっちからは攻められないんだ!」


「情けないねえ」


 何があるか分からない。そう警戒していたのにも関わらず,反応が遅れた。今度は,ハンマーが二つ,二人に向かって振り抜かれた。


 長いこと眠っていた気がする。

 目を覚ますと,牢屋の中にいた。そこは打ちっぱなしの温もりのない部屋で,太陽はおろか生物の存在すら感じることができない。


「情けないねえ」


 その声と共に目の前にパンとミルクが載ったお盆が目の前に現れた。きっと,あの時のロボットが持ってきたのだろう。もしかしたら悪いやつではないのかもしれない。もし,あのロボットに石があるのならば・・・・・・。 

 差し出された料理を目の前にして,ジャンがそれらを踏みつぶそうとした。


「ちょっと! 何してるんだよ!」

「こんな得体のしれないやつから愛情の欠片もない提供のされ方をされて誰が飯を食おうっていう気になるんだ! せめて紅茶かコーヒーか聞きやがれ! ミルクだと!! 育ち盛りの学校生徒じゃないんだぞ!! おれは小麦粉を食うならコーヒー派だ!!」


 人機器のそう言い切ると,目の前にコーヒーが現れた。ジャンは気味が悪そうにその器を触り尾もせず様々な角度から眺める。


「まあ,出されたものは食べるしかないんじゃない? 食べなければ飢え死になわけだし」

「おれはソラとは体の作りも経験も違うんだ。少々食べなくたってなんとでもなる」


 お腹が鳴る音を部屋中に響かせながらジャンは言う。こうなるとどういってもどんな状況に置かれていもこちらのアドバイスは聞かない。せめて自分だけは体力を御属しておくためにお腹を満たしておくことにした。




 味のないカスカスのパンを頬張っていると,横から手が伸びてきた。


「ほら,お腹空いてるんじゃん。2人分食べるところだったよ」


 「うるせえなあ,今腹が減ったんだよ」と訳の分からないことを言うジャンの手にパンを手渡すとき,思わず身体が固まった。豆だらけのごつごつした手が節くれだっておばあちゃんの過酷な環境で農地を開拓するおばあちゃんの手のようだ。ロボットにやられた傷ばかりに目がいっていて気が付かなかったが,いつの間に・・・・・・。


「何を物珍しそうに見ているんだ」

「だって,ジャン・・・・・・,その手どうしたの?」

「あ? これか。今頃気付いたのか。ずっとこうだよ。お前の物心がついた頃からだよ」


 生まれた時から持っているものが違うと思っていた人が,自分の知らないところでとてつもない努力をしていたのだと知ると,自分の能力の無さを仕方のないことだと少しでも考えていたことが情けなくなる。でも,もしかしたら努力を続けていれば強くなれるかもしれない。自分も釣極なりたい。ジャンの手を見てそう思った。


「ところで,何なんだこいつらの目的は。いきなり襲ってきやがってよ。一体おれたちが何をしたって言うんだ」


 パンくずを口から飛ばしながらジャンがわめく。確かに,他にもお客さんはいたし,その人達とただ話をしていただけだ。もしかして,その話の内容が何か都合の悪いものだったとか・・・・・・?


「もしあのおじさん達を巻き込んでしまったのだったら申し訳ないね。無事だと良いんだけど」

「まあ,窓から出て行ったような跡はあったからな。無事だと信じよう。それより,ソラの命よりも大切なペットちゃんのことはいいのか?」

「そうだ!! ミュウ! 無事だろうか。あのロボット達、絶対に許さない。特にあの消えるやつ! 卑怯だぞあんなの。ミュウに何かあったら,もう一体のロボットみたいにウニにしてやる!」


 あれをやったのはおれだから,とジャンが言いかけたとき,牢獄の扉が開いた。


「やかましいのう。思ったよりタフじゃなこやつら」


 肩まで伸びた白い髪を後ろで一つにくくり,白目が濁ったおじいさんが入ってきた。深いしわが刻まれたその要望からはかなりの年齢のように思えた。この人は間違いなく人だ。発声、体の使い方、わずかに感じられる人としてのぬくもり。・・・・・・人であることには間違いがないのだろうが,ロボットと同じ無機質な雰囲気が体中からあふれ出ている。

 何者かと様子をうかがっていると,初めて笑った。冷たい微笑みだった。


「気になるようじゃのう。ほれ,出てこい」


 老人がそう言うと,老人の左右からふたりのおじさんの姿が突然現れた。手には,二人の気を失わせたあのハンマーが握られている。その顔は,あの酒場で一緒に飲んだ商人と同じ顔だった。



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