初めての冒険⑥~誇り高き戦士~

「アトラス・・・・・・様? もしかして,あのアトラス教団のアトラス様ですか?」

「ええ,ご存知でしたか。私がその教主をしております。」

「ご存知も何も・・・・・・,この国を牛耳っている・・・・・・,あぁ,いや,この国の恵まれぬ人たちを幸せに導く天女が率いる教団。そのトップの天女はまるでこの世の物とは思えぬほどのものだと聞いておりましたが,いや,確かにそうだ。今僕は夢を見ているかのようだ。だって,この世にこんなに美しい人がいるとは思えない」


 しどろもどろになりながらも,ジャンは確かにアトラス様に惚れている。確かに綺麗な人だ。ジャンが自分を保つのに必死な様子がひしひしと伝わってくる。ジャンは自分のほっぺたを軽くはたいて自分が確かにこの世界に存在していることを確認し,ひとつ呼吸をしてから言った。


「その・・・・・・,こんな薄汚れたところへどうして? 連絡があったと言っていましたが、誰から?」

「私の所にはありとあらゆる連絡が入ります。先ほど,この森でひどく傷ついた人がいるという報告が入りました。その肩を救おうとしたのですが,ここへたどり着いたときにはもう命がありませんでした。なんとも情けないものです。・・・・・・ただ,この赤い髪をした男はまだ救うことが出来ます。この男と闘っていたように思いますが,事情を聞かせてもらえますか?」


 そう言ってアトラス様はチチカカを膝に抱え,治療を始めた。見る見るうちに顔の血色が良くなる。ジャンはあわあわと口元に手を当ててその様子を見ている。始めは,倒した相手が回復していることに複雑な気持ちを示しているのかと思ったが,そうではないことにすぐ気が付いた。次第に怒りの表情になったその様子は,膝枕をされているチチカカへの妬みだとすぐに分かった。


 「この男は,我々の命を,興味本位で,自分の欲を満たすために狙ってきたのです」


 自分の中にある正義を盾にして,ジャンは胸を張って言った。自分は誇り高き戦士であるかのように。


「私は,死にそうな人を放っておくような人にはなりたくもありませんし,そんな人は軽蔑します。どうか,私の生き方を尊重していただけませんでしょうか。きっと,アトラス教団の考えに賛同いただける方であるならばご理解いただけると思います。それに,とてもじゃないけれど,あなたのことを非人道的で冷徹な男として認識はできませんが,それは私の思い過ごしだったでしょうか」


 あざとさを責めるぎりぎりの上目遣いでアトラス様がジャンに問いかけると、ジャンは直立して騎士としての佇まいで答えた。


「おっしゃる通りでございます。アトラス様。その寛大なお心と仏のような思慮深さ,そしてクレオパトラすらも嫉妬するその美貌に惹かれて,世の者どもはあなた様の靴を舐める覚悟でミジンコほどの価値しかない生命に火山が噴火するかの如くの情熱をたぎらせているのであります。どうか,もし勘違いされたのであるならば私の失言を広大な海のようなその御心に免じて水へ,いや,海水へ流してください。・・・・・・ところで、その男を運ぶのは力仕事でしょう。私でよければお手伝いいたします」

「あなた,とてもユーモアに溢れた人ね。ありがとうございます。あなたとはまたどこかで合えそうな気がするわ。また,その時によろしくお願いしますね」


 そういうと,アトラス様はチチカカを自ら抱えて従者と共に歩いて行った。数秒後には,驚くことに異次元を感じさせる空間が出現してそこへ飛び込んでいった。

 その空間は,じいちゃんが入っていったあの空間と同じもののように見えた。


「いや~キレイな人だったな~。あれは現実だよな? ソラも見ただろ?」

「うん,見たよ。まるで同じ空間に存在していなかったみたいに放置されていたけど」


 打ち身で傷んだ身体をさすりながらジャンを睨みつけた。ジャンは,わりいわりい,と言いながら身体についた砂埃を払いながら,不意に神妙な顔になった。


「それより,あの時にいた付き人,どこかで見たことがあるんだよな~。あのパーマみたいな顔をしたやつ」

「ふーん。アトラス様にしか目がいっていないのかと思ったけど,他のことも目には一応入っていたんだね」

「なんだよ,その言い分は。あー,さてはふてくされているな? 大丈夫,おれが一番愛しているのはソラちゃんですよ~ん」

「気持ち悪いからやめろって。それより,チチカカは連れていかれたね。その後どうなるんだろう」

「それなんだよな。実際,アトラス教団に狂信して人が変わったように人格が変わったって問題になる人よりも,治療で院内に連れていかれた人の行方が分からなくなった事例の方が圧倒的に多い。ただ,アトラス様を見ていると,とても悪いことをするような人には見えないんだよな~。今日で印象が180度変わっちまった」


 真面目な顔をしたと思ったらまた鼻の下が伸びてきた。今日はもう休もう。いろいろなことが一度にありすぎた。ミュウを肩に乗せながらジャンを見た。


「それで,これからどうする?」

「実はな・・・・・・,この前の旅で寄れなかった気になるところがあってな。ここ数年で街の発展と軍事力が著しく発展しているって噂なんだけど,どうにも匂うんだよな」

「そこ,ここからどれくらいなの?」

「おそらく,普通に行けば2,3日はかかるだろうな。ただ,人を運べる馬車が見つかれば話は違うんだが・・・・・・」


 そこまで言うと,ミュウがジャンの方を見ていった。


「馬車,この森抜けたら,走ってる」


 二人でミュウを見る。かわいらしい声で放たれたその言葉は,非常に喜ばしい内容だった。

 嘘だったら食っちまうからな,とジャンは笑いながら呟いて,出口へと歩き始めた。ミュウは肩の上で震えている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る