初めての冒険⑤~何かを守るのに,理由はいるのかい~

 顔を上げるのが苦しい。致命傷を負ったわけではないが,やはり地面に落ちた時にたたきつけれられた形になったのだろう。首がむち打ちになった後のように痛む。 

 でも,そんな痛みはどうでも良かった。


「ジャン・・・・・・。どうして・・・・・・。」


 腕に刺さった槍を抜いて,腕を布で縛りながらジャンはこちらを向いた。その表情は血の気が失せているようで,初めは血を流しすぎたせいだと思った。


「ソラ・・・・・・,なんで槍を受けた?」


 痛みに耐える顔ではなかった。ジャンにとってあの程度の攻撃をまともに受けたところで何ともなかったのだ。腕を見ると,回復詠唱を同時に行っていたらしく傷口からはすでに血が止まっており,2,3日で治りそうに思えた。ただ,ジャンの顔は悲しみに満ちていた。


「お前は,自分の命を捨ててでもねずみを守ろうとした。なんでだ?」


 ジャンが問いかけている意味が分からなかった。何かを守るのに理由がいるのか? そんな風には思えなかった。何より,ミュウのことをねずみというその冷たさに触れたようで体の奥が反射的に火照るように感じた。


「なんでかって? ジャンは大切な誰かを守るときに自分のことを最優先にするのかよ。ジャンの方こそ,真っ先に自分の命を捨てるんじゃないのかよ」


 ジャックベアにやられそうになった時のことを思い出した。あの時,演技ではあったのかもしれないけれど,ジャンは敵から守るように自分を守ってくれた。あの背中には,ジャンの役目を超えた深い愛情のようなものを感じた。きっとジャンは,誰かのために真っ先に自分の命を投げ出すだろう。

 ジャンは自分と同じ感覚を持っている。だから自分が言いたいことも伝わると思っていた。しかし,予想外の反応を見せた。


「甘ったれんな!!!」


 何に対して言っているのか理解が出来なかった。自分の命を顧みない。むしろ,甘さとは正反対の覚悟の表れではないか。

 しかし,あまりの勢いに,何も言い返せなかった。


「いいか,よく聞け。相手のために自分の命を投げ出すっていうのは単なる自己満足だ。そうして死んだてめえは深い満足感を得てあの世にいけるだろうな。・・・・・・でもな,残されたやつはどうする? 自分のせいで大切な人を失ってしまった。死ぬべき人間は自分だったのに。そんな後悔を一生背をわせたまま生きていくんじゃないのか? もしかしたら死んだ人間の身内にも恨まれれうかもしれない。そうなったらいっそ死んだほうが楽だ。いや,最悪の場合,身代わりになったはいいものの,その窮地を脱せず無駄に命を落とすことだって十分考えられる」


だからな,と目に涙を浮かべながらジャンは続けた。


「絶対に,身代わりになるなんて自己満足の世界で生きるんじゃない。その行為は誰も救わない。最後まで敵に立ち向かい,闘い,死ぬまで倒れるな。自分の命か味方の命かを選択せざるを得ない状況を作った時点で負けだ。もしそうなったら,味方の致命傷,いや,味方の死には目をつぶってでも相手の心臓を貫け。・・・・・・たとえその命を落とすものがおれであってもだ。分かったか?」


そう言い切ると,ジャンはチチカカの方へと剣を持って歩いて行った。その目は炎のように熱く,強かった。

 満足に身動きの取れないチチカカの前に立って,ジャンは温もりのない目で見降ろした。


「おれたちは争う気はなかった。でも,お前はおれたちの命を本気で獲りに来た。生かしておけばどんな報復があるか分からないからな。すまねえが,おれは手を汚してでも自分と,大切な人を守るために手を下す」


 チチカカは覚悟を決めているのか,それとも,人をたくさん殺してきた人は肝が据わってくるものなのか,抵抗することなくジャンの視線を受け止めている。

 これから人が死ぬ。その場に立ち会うのは初めてだ。チチカカが悪いのかと言えば,初めに命を奪いに来たという点ではそうなのだが,実際にこちらは誰も被害を受けていない。見知らぬ男はおそらくあの猛獣にやられたのだろうが,チチカカを成敗する権利が自分たちにあるのだろうか。そのことについてはいつまでも分からないし,答えがあるとも思えない。ただ,ジャンが言ったように,自分たちの命が再び危険にさらされる可能性があるのならそのリスクを消しておくのは現実的な考えである気もする。

 頭ではいろいろと考えるが,これから起こることを直視できない。

 そう思った時,辺りが一瞬光で包まれた。前を見ると,金色の髪と瞳をした長身の美女が従者を連れて現れた。


「おやめなさい。どうか,神のご加護を」


 ジャンがチチカカを手に掛けようとしたその時,彼女は有無を言わせぬ威厳のある声で言った。

 声のする方を振り向いたジャンは牙をむきかけたが,金髪の女の人の顔を見て態度が180度変わった。


「何言ってやがんだ・・・・・・。汚い言葉を使ってしまいました。普段はこんな言葉は使わないのですが,大切な仲間を傷つけられてつい気が立っていまして。こんな危険なところで何をされているのですか? お怪我はないですか?」


 思わず目をそらしたくなるほど,情けない。ジャンは,美人に弱い。


「ケガは一切ございません。それよりあなた,腕にけがをしておられるではなりませんか。少し見せてください。手当てをして差し上げましょう」


そう言うとジャンは鼻の下を伸ばして女性のもとへと駆け出した。けが人の動きとは思えない・・・・・・。


「あら,ひどく深い傷だけど,自分で治癒したの? かなりの腕の持ち主ね。木ッと殺しても死なないんだわ」

「何をおっしゃいます。傷口から黴菌が入ってはいけませんから,優しく手当てをしてください」


 全く何をやっているんだジャンは。見ていられない。顔を背けようとしたその時,金髪の女の人の手元が光った。直後の光景は呼吸をするのも忘れるほどのものだった。

 汝,すべての病める者を救いたまへ・・・・・・。そう祈ったとたんにジャンの腕は戦う前のように傷跡も残らぬものとなった。腕だけではない。敗れていたはずの袖までも治っている。今のは詠唱だったのだろうか。

 ジャンも驚きを隠せないでいる。伸びた鼻の下が引き締まり,目の前の美女を分析するように見つめている。


「申し遅れました。我が名はアトラス。連絡が入ってこちらへやってきました。大変だったようですね」


 静かな声でアトラス様はジャンに向かって名前を名乗り,祈るようにして十字架を切った。


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