初めての冒険④~一本の槍~ 


 チチカカが不気味なリズムで上に跳ねだした。何をしているんだろう。そう思った次の瞬間,着地の反動をそのままにこちらへ駆けてきた。

 速い。相手はダガーを懐から出してこちらへ突いてきた。かろうじて剣の腹で受け止める。一度間合いを取る。


「ほお。受けはできるのね。攻撃は大したことないのだろうけど,まあでも,まだ意識があるだけ立派かしら」


 そう言って詠唱を始めた。何やら攻撃を仕掛けてくるみたいだ。止めに攻撃に入るしかない。剣を握る手に力を込めて全速力でチチカカに向かっていった。詠唱中に目を瞑っていた目が突如開いた。


「動きが単調ね。やっぱり経験不足。人が死んだくらいで震えているんだもの。うぶでかわいいわ~♡」


詠唱をやめたチチカカはダガーを手にしてこちらに向かって突いてきた。それは,剣を片手に必死で向かった自分の下腹部へ突き刺さった,かのように思った。


 数秒前。

 いったい何が起こったのだろう。

 ふふ,そういってチチカカはダガーを抜いた。こちらに切っ先を向けた。先端が光っている。不自然なほどゆっくりと押し込んでくる。刺さった。そう思った。しかし,次の瞬間にはチチカカが下腹部を抑えてうずくまっていた。


「なんだ・・・・・・。どういうことだ」


 どういうことだ。これが走馬灯っていうやつかと思うくらい世界がのんびりとしていた。


「見えなかった。どこにそんな力を隠し持っていた? こっちが親玉だったか」


かろうじてあごを挙げて上目遣いのような姿勢でチチカカは声を振り絞る。見えなかった,確かにそういった。この空間の時間の流れが遅くなったのではない。自分の行動が早くなったのだ。


「そっちも終わったか。ソラ,やるじゃないか」


 ジャンが袖で額を拭いながらこちらへやってきた。チチカカの顔がみるみる血の気をひいていく。


「貴様,なんてことを・・・・・・!」


視線の先を見ると,あの大きな獣が脳天から顎にかけて剣が突き刺さり,そのまま地面にくし刺しにされてる。戦いに集中していたせいか,音の一つも聞こえなかった。


「こっちも心配だったからな。ちゃっちゃとやらせてもらった。いらぬ心配だったけど,あの化け物には無駄な苦しみは与えなかった。断末魔の叫びも聞かせられなかったけどな」

「やってくれたな・・・・・・。まあいい,アトラス様に連れ戻してもらうだけだ。だが,このまま帰れやしないな」


そう言うとチチカカは手のひらをこちらに向けた。ハッと声を放つと同時に衝撃波がやってきた。しまった,吹き飛ばされると同時に首元からミュウが飛び出た。

 助けようと思ったころには,もうミュウはチチカカの手元にいた。 

「離せ!」


 必死だった。自分が油断をしたせいでミュウがチチカカの手に渡った。絶対に守らなければならない。故郷を出るとき,自分は守られるぞんざいではない,だれかを守る存在でありたい,そう誓ったんだ。


「分かった。離してやろう。こんな毛むくじゃら,いらないから」


そう言い放ったと同時に,ミュウを空中に高く放り投げた。捕まえなきゃ,落下したらただでは済まないだろうが,距離的には十分間に合う。駆け出すと,「そううまくいくと思って?」と言いながらチチカカが合図を出した。途端に数本の槍が同時に飛んできた。この森に入ったときに槍を投げてきた男と同じ格好をした人が二人,槍を何本も携えてこちらを威嚇している。

 かまっている暇はない。すぐにミュウのもとにいかないと手遅れになる。刹那,そう考えると同時に「行け! ソラ! 槍は俺が防ぐ」とジャンは行った。その言葉のまま槍には見向きもせず突進した。

 あと少し,そう思ったときチチカカは笑った。ミュウの元に一本の槍が迫っていた。


 なりふり構わずに自分の体を投げ出した。今,バオウの時のように自分の中にある力が解放されている。このスピードなら槍をたたき折ることもできたかもしない。でも,それではミュウが地面にたたきつけられてしまう可能性が高かった。なんとか守り切らなければ。一番可能性が高いのは,自分が盾になることだった。必死だった。考えるよりも先に体が動いた。今の自分なら,致命傷は負っても死ぬことはないかもしれない。

ミュウが手の届くところにいる。急にまた世界がスロー再生される。さっきと違うのは,自分の動きまでもがスローで再現されていることだ。あ,死ぬんだな。そう理解するのに時間はかからなかった。走馬灯というやつだ。死は突然にやってくるとはよく言うけど,本当に唐突だった。ミュウが無事ならそれでいい。あとは,ジャンがなんとかしてくれるはずだ。ぼろきれを来たような男二人と,致命傷を負ったチチカカを倒すのにそう時間はかからないだろう。ごめん。じいちゃん。会いに行けなかった。ごめんかあちゃん。かえってこれなくて。

不意に頭の中で家族の顔が浮かんだ。申し訳なさはあったが,怖くはなかった。

みんな,ありがとう。ごめん。


 地面にたたきつけられた衝撃でむせた。呼吸が苦しい。最後に,この星を包む広大な青空を眺めたい。力を振り絞って仰向けになろうとしている最中に,そういえばここから空は見えないのだと気付いた。

 死は唐突にやって来る。しかも無慈悲に,容赦なく。前触れがあればどれだけいいだろうか。死ぬ前にやり残したことはできるし,大切な人に想いを伝えることもできる。残される側には辛いものがあるかもしれないが,死にゆくものは心置きなく死ねる。自分がいなくなったら,この世界はどうなるのだろうか。きっと,何事もなく日が昇っては沈み,ぐるぐると飽きることなく回り続けるはずだ。

 森におおわれている空間を眺めながらおかしなことに気付いた。


あれ・・・・・・。槍が,ささってない?


 咳き込んでいた肺が楽になると,身体に具合の悪いところはいっさいない。ただ地面に落下した衝撃があっただけのようだ。

 危機一髪で相手の攻撃を回避した,そう思った直後に自分の考えの甘さにはらわたが煮えくり返る。

 目の前には腕に槍が刺さったジャンが血を垂らしながら立ち尽くしていた。


「あまちゃんどもが。お前たち,いつか意味もなく共倒れするわね」


そう言ってチチカカは最後の気力が尽きたかのようにうつぶせで地面に倒れた。



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