初めての冒険③~殺るか,殺られるか~
大きなたてがみはまるでライオンのようだが,サイズはそれよりも一回り大きく,目は猫のようにするどい。毛皮で包まれた身体は馬の身体を彷彿とさせるように筋肉隆々としている。
「さあ,どっちから食べちゃおうかしら。小さい坊やから頂こうかしら。おいしそうな銀髪は最後にとっておきましょう」
くちびるの下にあるほくろを撫でながら赤髪の男はこちらを見た。ジャンが一歩前に歩み出て威圧するよなそぶりを見せた。冷たい空気が漂う。
「何を言ってるんだか分からないが,おれたちは傷つけあうつもりは無い。できれば穏便に済ませたいんだが」
「人様の縄張りにずかずかと上がり込んできて何を言っているの? 相手のテリトリーに侵入して,顔を突き合わせた。行きつく先は,命の取り合いしかないでしょ♡」
赤髪の男は心底嬉しそうにして獣の打綱を取って合図した。同時に獣は戦闘態勢に入る。
「申し遅れたわ。我が名はチチカカ。名前を聞いたってしょうがないだろうけど,冥途の土産にしてちょうだい」
「やるしかないんだな。無益な殺生はする気はないが,手加減しないからな」
目の前で繰り広げられる二人のやりとりを人ごとのように見ることしかできなかった。いや,自分事とは分かっているのだが,むしろそのことに恐怖を感じて何も出来ない。身体が動かない。これからって時に,いつもそうだ。
ジャンは横目でこっちを見た。
「いいよ。そうやってろ。そうして相手に主導権をやって,死を選べ。・・・・・・でもな、おれがいる間はお前は絶対に死なせない。たとえこの命に代えてもな。だから,おれが死んでまで守られた命なんだからそのあとは必死こいて生きろや」
今すぐ走って逃げろ,そう言って短刀を斧のような形をした大きな太刀を出した。ジャンが本気で戦うときに使う武器だ。手元が軽く光ったかと思うと,次の瞬間には武器が握られている。バオウが言っていたのはこの現象か。
「無言詠唱にその斧のような武器。加えてその綺麗に短く刈ってある銀髪。あなた,ジャンね。リストに載っているわ。音もなく敵の首を刈り取る。注意しなくちゃね」
「ご存知とは。そう,おれがジャンだ。あんたおそらくアトラス教団の人間だな。いいうわさは聞かないぜ。おれが処分してやる。しょんべんたれを目の前にしてさっきはあんなことを言ったが,子ネコちゃんとオカマが相手なんて何てことない」
「あら~,失礼しちゃうわ。興奮してきたわ。あなた,多勢に無勢って言葉知ってる?」
気付けば,辺りはオオカミのような生き物に包囲されている。たてがみがチチカカの乗っている獣と同じだ。あの子どもだろうか。きっと戦闘能力も高いに違いない。ジャンがすり足でこちらに寄ってくる。目は相手を視界にとらえたままだ。
「ソラ,状況が変わった。今から範囲攻撃の詠唱をする。一瞬,相手も気を取られるだろう。その隙にできるだけ遠くに逃げろ。時間はできるだけ稼ぐ」
ジャンが耳打ちした。何を言っているのか理解するのに時間がかかった。自分をおとりにして逃がそうとしているのだ。足の震えが止まった。気付けばジャンの胸ぐらをつかんでいた。
「何だよ!! いつまでも守られる存在じゃない! こいつらぶちのめして,一緒に出よう!」
覚悟は決まっていた。ジャンを睨みつけて言うと,目の前の顔は笑っていた。
「そうか。じゃあ,一緒にやろう。漏らすなよ」
戦う。自分を守るために,大切な人を守るために。やるんだ。
そう強く思った時,手元が光った。右手には剣が握られている。何か強く願った時,詠唱と同じように何かを呼び出すことが出来るのだろうか。理屈はまだ分からないけど,これで戦うんだ。
「お前は前線に出るな」
ジャンが言い放った。目は敵の動きを見落とさないように力強く前を向いている。
「邪魔はするなっていうのかよ」
「甘ちゃんだな。なんだって役割分担が必要なんだよ。おれが相手を蹴散らす。おれの隙をついてくる子オオカミたちを落とせ。剣を使ってもいいが・・・・・・」
ニタっと笑って続けた。
「気功砲を使ってみろ。バオウを倒した時に使ったやつだ。お前なら片手で出せる」
待てよ,どういうことだ。そう言おうとしたときには,ジャンがチチカカのもとへと駆け出していた。せっかちねえ,と言ってチチカカが指を鳴らすと,狼たちが一斉にジャンのもとへと向かった。気付いたら左手を前に突き出していた。オオカミをめがけて,光の玉がオオカミのもとへ一つ飛び出した。
何だったんだ,今のは。
自分の左手から放たれたエネルギーの塊のようなものが,ジャンを狙うオオカミの一匹に命中した。そのことに一瞬他の狼が混乱し,動きが止まった。その隙にジャンが斧を一振りすると,十数頭の狼の首を刈り落とした。
強い。ジャンは強すぎる。一瞬にしてオオカミの闘志を奪い去った。ほとんどの狼はこの場から立ち去って行った。かろうじて残っているものも震えて戦うどころではない。
「この状況を作ったのは,間違いなくソラだ。やればできるじゃねえか」
斧を肩に抱えてこちらを向いてジャンは言った。ジャンの圧倒的な戦闘力が戦況を変えたのはさすがに分かる。それにしても,自分の左腕から出たのは一体・・・・・・。
「気功砲。誰にだって出せるんじゃねえぞ。もちろんおれも出せるけど,何だって役割分担♪」
ジャンが嬉しそうに言った。赤髪の男が獣から降りてこちらへ向かってくる。
「厄介なことをしてくれたな。本気で行かせてもらうぞ」
獣とチチカカは二手に分かれるようだ。
「獣はソラ,お前にに任せるぞ」
ジャンがそう言い終わらぬうちにチチカカがこちらに駆けてきた。
「悪いね。まずは弱者から。これ,勝利の大原則ね」
獣は大きく跳ねてジャンの方へと向かった。もうチチカカは自分の目の前にいる。やらないと。右手にある剣を前に掲げた。
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