初めての冒険②~陽のさす方へ~
「で,何だったんだよさっきのは。まあ,敵を作らないという考え方に間違いはないけどな」
「それがさ・・・・・・。」
右肩に乗っているデグーを指さして言った。
「この子がここへ行けって・・・・・・」
「・・・・・・は?」
確かに自分でも信じられない。ジャンがこんな反応をするのも無理がない。生き物が喋って,なおかつ人間に指示を出すなんて。
「こいつが喋った,ねえ・・・・・。どれどれ」
ジャンはテグーの首元を掴んで,近くでジーっと顔を合わせながら呟いた。
「さーて,これからどうすれば宝のありかに近づけまちゅか? それとも,こんがり丸焼きでプレートの上に盛り付けられたいでちゅか? 賢い動物の脳髄は美味しいからね~」
「食べない! あっち!」
「うおっ! まじで喋った!」
いじめないでよ,とジャンに灸をすえてテグーを自分の方に乗せた。怖かったねえと声をかけたが,テグーは心底震えて声も上げない。
「とりあえず,デグーは顔を向けてあっちって言ったな。何の宝か分からないけど,そっちに行ってみよう」
ジャンはいまいち納得していない様子だったが,進む方向は明かりのさす一方通行のその道しかない。レールに敷かれたようにその道を二人と一匹で進んだ。
デグーのさした方向へとぐんぐん進んでいくと,だんだんとあたりが明るくなってきた。木々は変わらず茂っているが,陽の光が強くなったのだろうか。上を見上げても何も変化は感じられないが,木の葉の隙間が広くなってきたのかもしれない。
このまま森の向こう側へと抜けるのだろうかと考えていると,ジャンが不意に立ち止まった。
「おい,あそこ見てみろよ」
ジャンは左手にある崖の向こう側を指さしている。よく見ると,くぼみの向こうに日が続いているようだ。ただ,そこ行くためには迂回してさらに出口とは逆の方向に進まないといけないだろう。さっきの男のことも気になるし,食料や寝床が確保できていないまま未知の空間へと進んでいくのは少し不安があった。
「なんだか道がありそうだね。だけど遠いし,お腹もすいてきたよ。今日は先に休む場所を確保しよう」
陽が沈む前にこの森を抜けたかった。冒険にワクワクしながら出てきたが,心のどこかで初めての冒険に対する不安もあったのかもしれない。まだ何もしたという気はしないが身体に疲労がたまっていた。
ただ,旅に慣れているジャンは違った。
「何だよソラ。意外と臆病なんだな。あれだけ冒険を楽しみにしていたくせによ。その場所で運命的な出会いがあるのが冒険だぞ。それに・・・・・・ほら,なんだか宝と男のロマンのニオイがあそこからしないか?」
ジャンは鼻をひくひくさせながら歩いた。もちろん乾いた木と土のにおい以外は何もしない。あそこに何かあるのだろうか。せっかくだから探検し尽くしてみよう。
ジャンと共に奥へと進み始めた。デグーは首元でキュゥ,と小さく鳴いた。
「それにしてもよ~。ナイス判断だぜ」
にやにやしながらこちらを見てジャンは言う。正確にはこちらの首元に熱い視線を送っている。
「旅をしていたらスケジュールが狂ったり,食べ物にありつけないこともあるが,ペットを連れているとその点が安心だな」
舌なめずりをして顔をこちらに向け,デグーを直視した。デグーは小さく鳴いて服の中へともぐりこんだ。
「ジャンあんまりいじめるなよ」
「こいつなかなか賢いな。こっちの言葉や雰囲気が何となく伝わっているみたいだな。それより,どうするんだこいつ。まさか食うわけにもいかないしな」
デグーは顔だけを襟から出してこちらの様子を伺うようにしてうるんだ瞳をあっちこっちへと彷徨わせている。
「ミュウはこれからも連れていくよ。さっきも助けてくれたし,きっとこれからもいろんなところで助け合えると思うんだ。三人目の仲間だ」
「ミュウってなんだよ・・・・・・。名前つけたのかよ!」
呆れているのか,驚いたのか,あるいはその両方なのか判断のつかない顔をしてジャンはこちらを見ている。小言を言われるのを覚悟したが,しばらくこちらを見つめた後は両手を上げるそぶりを見せてから特にうるさく言ってくることはなかった。
「あんまり生き物に愛着を持つなよ,判断が鈍る」と忠告をして,ため息をついて歩き出した。ありがとう,と言ってジャンの後をついていった。ミュウは嬉しそうに肩に乗っかっている。
「旅が出来て嬉しいのか? 一緒だな」
そう言った途端にミュウの毛が逆立った。直後,ジャンも歩みを止めた。
「なんだ・・・・・・。おい!! どうしたんだ!!!」
ジャンが駆け出した方を見ると,男が血を流して倒れていた。
男のもとへ寄ると肩を上下させて息も絶え絶えになっていた。たぶん・・・・・・もう助からないだろう。出欠の量と損傷が激しすぎる。
「お前たち・・・・・・,さっきのやつらだな。早く・・・・・・・にげ,ろ」
「いいから,・・・・・・もうしゃべるな。楽にしてくれ」
「いや,・・・・・・今ここに,バケモノが・・・・・・い,た。戻ってくる前に,にげろ・・・・・・」
ジャンの腕の中で,男は何かが抜け落ちたように体を脱力して,眠りに入ったように見えた。あまりにも唐突で、安らかな死だった。今,人が死んだのだとはっきりと認識するのに時間がかかった。
思わず地面に伏せた。唾液が出てきた。いや、唾液しか出てこない。人が死んだ。その事を理解したとたん,吐き気が襲った。膝が震えている。立てない。
悪夢は唐突にやって来る。そして,その中では立て続けに悪いことが連鎖的に反応して,容赦なく襲い掛かってくる。この森はまるで悪夢の中だろうか。後ろから声がした。
「あら~。餌を置いていたわけでもないのに,飛んで火にいる夏の虫ってやつ? しかも若くていきのよさそうな虫だわ~。興奮しちゃう。血沸き肉躍る世界ね♡」
背後には褐色の髪をした二枚目の中性的な男が,牙をむいた獣にまたがって笑っていた。
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