初めての冒険①~出発進行~

「出発進行~~~♪ でさ,どこに向かうの?」


 これからの冒険に胸を躍らせながらジャンに尋ねた。このワクワクを抑えられずにどうしようもない気持ちとは対照的に,ジャンはため息をつきながら言った。


「お前ってやつは本当に能天気だよなー。知らぬ間に絶体絶命のピンチを迎えていそうだよ。おまけに当の本人は大ピンチってことに気付いていないオプション付き。先が思いやられるよ・・・・・・。いいか,旅っていうのは死と隣り合わせの側面もあるんだ。常に先のことを見通して行動しておかないと,・・・・・・おい,聞いているのか」


 ジャンの小言を聞き流しながら歩いていると,岩のドームのような建物が見えてきた。球体のような屋根のふもとには木々が生い茂っている。いかにも冒険のにおいがしてきて嬉しくなってきた。



「ジャン! こういうのだよ! きっとワクワクすることがあそこには待っている! 行こう!」

 勢いよく足を動かしてほこらへと向かう。近づくと,球体をしていた岩のドームは見えなくなり,目の前には不気味な森が広がっていた。まとまりごとに違う色合いを見せて一体感のないその中は光がほとんど遮断されていて暗がりになっていた。

 歩いていると,中から人が大急ぎで出てきた。その服装からは珍獣ハンターであることが見て取れたが,何か世紀の大発見をしているかのように大慌てをしている。


「おい,あいつどこ行った!?」


口の端に泡を作って少ない言葉で身振り手振りを交えて喋っているが,何のことを言っているのかさっぱり分からない。ジャンも首をかしげている。


「あいつって,どいつのこと?」

「あーーー,言葉を話すネズミだよ! 貴重な生き物を見つけたと思ったのに,とっ捕まえようとしたら逃げちまいやがった!! まだこの辺にいるはずだ! 見つけたら教えてくれよな! 礼ははずむからよ!」


一息に言い切ると走って茂みの中に入っていった。なんだったのだろう。ジャンと顔を見合わせたが,考えたもしょうがない。とにかく,この中には不思議なことが待ち構えているのだ。浮足立つ気持ちを抑えて奥へと歩いて行った。

 少し歩くと,さっきの謎はすぐに解明された。

 岩のドームの入り口がもう少しで見えてくるかというところで,どこからともなく声がした。


「二人! 助けて。動けない。この森,詳しい。ここから,出して」


チューというかわいらしい鳴き声と高い声からカタコトの声が聞こえてきた。その声の方を見ると,ツタと罠に絡まった羽毛の綺麗なネズミがつぶらな瞳でこちらを見ていた。


「デグーだな,こいつは」


神妙な顔をしてジャンは言った。珍しいものを見るようにしてしげしげと茶色い毛並みの綺麗な手のひらサイズのネズミを見つめているが,目の前のネズミはシルバーの瞳を目の前にしてがくがくと怯えて震えている。


「この辺の生き物なの? っていうか,しゃべったよ?」

「ああ。それが,この生き物は特殊な生き物でな・・・・・・」



ジャンによると,このデグーという生き物は泣き声の中に明確な意味を持つ単語を持っているらしい。それに加え,発声に必要な能力をいくつか備えていて,言葉を学習することも明らかになっているということだ。まるでインコみたいだ。

 珍しい発見にも関わらず,ジャンはとらわれたネズミを見つめながら冴えない顔をしていた。


「ただ,ここまで単語を明確に話すのは珍しい。というか人間の言葉話すなんて見たことも聞いたこともない。何か仕込まれたのかもな。それに,この辺りには間違いなく生息してないはずだ」


 考え込んでいるジャンに貸せる知恵もなく,ただ目の前のネズミになぜか親しさを感じてじっと見つめた。ネズミもこちらを見て笑っているような気がした。

 罠をほどいてやらないとな,と思い手を伸ばした瞬間「キキッ」と大きな声で鳴いた。直後,「危ない!」と叫びながらジャンが覆いかぶさってきた。

 突然のことに訳が分からないまま地面についた顔を上げると,そこには矢が立っていた。矢が放たれたであろう方向に顔を向けると,ぼろきれのような服を身に付けた青年が高いところにある太い木の枝からこちらを睨みつけて立っていた。


「右! 隙間 入る!」


 耳元から小さく高い音で単語がで並べられる。木の枝に立っている男を見ると,次の矢を射ようとしているところだ。詠唱をしようとしているジャンの袖を引っ張り,声で指示された方向へと駆け出した。


「ちょっ,どうすんだよ! あいつをやるぞ」

「いや,こっちで間違いない。まだこの旅を安全に続けるなら,できるだけ敵は作らないでおこう」


 天からのささやきを信じて突き進んだ。目の前にうっそうと生い茂った植物に空間が開いている。そこに体を思い切って突っ込んだ。一瞬走っていた速度が減速したが,身体が放り出された。


「いってー。無茶したなあ」


ジャンが起き上がりながら言う。空間に入って茂みで体を隠すつもりでいたが,そこには別世界のような空間が広がっていた。木の中に入ったはずなのに明るい。よく見ると木の葉自体が発光している。


「光葉樹だな。細胞の中にセルライトが密集していて発光するんだ。太陽光がなくても自分達の光で光合成するから唯一人の手の加わらない屋内で成長する植物だ。ありがたいな」


 そういえば教科書に載っていた気がする。知識として学んではいたけど,目の前にしてどういう原理化まるで分らなかった。いざ旅に出るといろいろなものに出会える。知っているということとそれを活かせるということは全く別物だった。旅に出るということは知識を生きた知恵にすることなのかもしれない。

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