真実を求めて③~行こう,ジャン~

 リビングに降りると,母さんがせわしなく動いていた。何やら持ってきたその手には革製のかばんがあった。中にはなにやら荷物がパンパンに詰められて今にもはちきれそうである。


「はい。これ持っていきなさい。」


ドスン,という音とともに目の前には保存のきく携帯食料や回復薬,切り詰めれば食費だけで半年はもちそうな金貨が別の小袋に入れられて置かれた。さすがに驚いて数秒間声も出なかった。


「なんでこんな・・・・・・。いつの間に・・・・・・。貰えないよこんなの」

「だてにあんたの母親10数年やってないわよ。中途半端な気持ちなら絶対に旅になんて出す気はなかったけど,・・・・・・血は争えないからね。うだうだ言ってないで持っていきなさい。親が出したものをもらって,健康に生きることが一番の親孝行だよ」



今日は強気な気持ちで母さんに話をするつもりだった。少しでも気の弱いところを見せたら絶対に許してくれない。旅に出ることはおろか,森で修業をすることでさえいい顔をしない人がどうして「旅に出たい」という言葉を受け入れてくれるだろうか。自分は信用されていない。いつまでも守られる存在で,みじめで,ちっぽけで力のない子ども。そう思われていると思っていた。だから,認めてくれなかった時には黙って出ていこうとさえ考えていたのだ。それなのに・・・・・・。

 急に目の前の景色が歪んだようで視界が悪くなった。あとから降りてきたジャンも,母さんの表情もとらえきれない。窓から爽やかな風が入ってくる。その風が頬を撫で,ひんやりとした感触を感じて初めて涙を流していることに気付いた。


「母さん・・・・・・。」

「なーに泣いてんの。情けない。あんたそんなんで大丈夫なの? 私なんて,あんたぐらいの年にはもう立派に世界中を走り回って好き勝手やっていたわ。いつだって一人じゃないし,あんたにはジャンだっている。だから大丈夫。特に心配はしていないわ」


母は背中をさすりながら,「ただね」と続けた。


「旅に出るということはいつだって危険と隣り合わせなの。気を張って,ろくでもない死に方するんじゃないよ。やるべきことをやってきなさい。やりきりなさい。あんたの夢をかなえてきなさい」


背中を強くたたかれ,むせそうになった。肩をもって顔を見つめられると,なんだか照れ臭くなった。もう,寂しさも後ろめたさも孤独感もない。なんだってうまくやれそうな気がした。

 瞳から落ちて乾きかけた涙を拭うと,一つ大きく深呼吸をした。これから始まる旅立ちに大きく期待をして胸を膨らませ,こぶしを強く握った。


 ジャンの方を振り向くと,誇らしそうな顔をしてこちらを見ている。まるで,この日が来ることを知っていたみたいだ。もしかしたら母さんのことを説得してくれていたのかも知れない。訓練後に言ったことはそういうことだったのか。

 大きく息を吸った。そして声に出した。


「行こう,ジャン! この世界を取り戻しに! 二人でならできる! これからもっともっと強くなるから! 旅の中でいろいろと経験しながらさ! 今はじいちゃんはいないけど,これから会える気がする。そしたら聞くんだ。どうしてこんなことになったのか。そんでさ,じいちゃんと一緒に旅をするのも面白いと思うんだ。これから楽しいことがいっぱいだよ。そして,必ずこの世界も救って見せる!!」


部屋の中が心となった。あれ,と思った。この旅立ちは受け入れられていない? それとも,何か突拍子もないことを言ってしまったのだろうか。とまどいながらあれこれ考えていると,母さんとジャンが同時に吹き出した。「何笑ってるんだよ」とふてくされて言うと,


「すまんすまん。お前を見ているとつい笑ってしまってさ。まあ,一人で行ってくるなんて言わなくて安心したぜ。おれたちはいつでも一緒だ。どんなことがあってもおれが守ってやるから,安心しろ」


と緩ませていた頬を引き締めてジャンは言った。


「もう守ってもらうだけの存在じゃないんだって! いつまでも子ども扱いするなよ,まったく」

「そうじゃない。おれは,お前にとってもおれにとっても,母さんにとっても大切な人を守れなかった。この世界に生まれてきた意味がない。過去と決別してその穴埋めをしたいんだ。そして,みんなに幸せになってほしい。それがおれの願いだ」


神妙な顔をしてジャンが言うのを,「あんたら二人とも頭が立派な方じゃないんだから,しっぽりした雰囲気で神妙にしてるんじゃないの」と明るくなだめた。「とにかく,気を付けていってらっしゃい」という母に二人で向き合った。



「母ちゃん,本当にこんなにたくさんありがと! 行ってくる! ジャンがいるからなんだって怖くない。今からも強くなるし,おれとじゃんと母ちゃんとじいちゃんが住むこの世界を必ず守るから」

「お世話になりました。必ず元気で戻ってきます。ソラは絶対守り抜くから,安心しててくれ」


二人で短く挨拶を済ませると,すぐに出発をした。空を見上げると,ゆっくりと雲が流れている。空にはのんびりと旋回するとんびの姿がカラッとした空気とこの町の,いや,この世界の平和をいつまでも眺めてくれている気がした。

 ジャンは少し遅れて玄関から出てきた。

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