偽りのほこら①~旅立ちの合図~
「何やってたんだよジャン。こそこそ話してたけどさ。いつまでも名残惜しそうにしてるんじゃ情けないぞ。立派に旅して,目的を果たしたらまた戻ってこよう。そしたらまた旅に出よう。この世界には生きている間じゃやりきれないほどのことがたくさんあるんだからさ」
少し間をおいて,せつなそうな顔をしてジャンは言った。
「母さんの声を聞いたらさ,旅に出るのが余計に怖くなってしまった。ソラ,おれはお前よりよっぽど弱い男だよ。家を出ることでさえも怖気づいてしまう。こんなんじゃだめだよな」
何といって返したらよいのか分からない。こんなに弱気なジャンは初めてだ。まだ旅も始まっていないのに,おかしい。それに,ジャンは旅になれているはずなのに。とにかく,勇気づけてあげないとこれからの旅がうまくいくか分からない。それに出発の雰囲気も台無しだ。
「なーに弱気になってんだよ。首席で学校を卒業して,旅にも慣れているのにさ。そんなんじゃ同級生に顔向けできないぞ。いったい母さんとどんな話をしたっていうんだよ」
「ソラ・・・・・・。母さんに言われたよ。『ジャン,あなたに会えて本当に良かった。あなたは私の大切な家族よ。いつまでも私の中にいる。また帰っておいでね』ってな。おれにとって母さんは大切な人なんだ、あんな言い方されると,もう会えるのは最後って実感しちゃってさ。情けないな」
ジャンと母さんは血は繋がっていない。実の親子ではないが,それでも旅に出る子どもをねぎらっている。母さんが自分を大切に思っていることは十分に感じる。ジャンにでさえこうなんだから自分に対してはどれほどの不安を抱えているのだろう。必ず無事で帰ってこよう。そう誓いながら,ジャンにも声をかけた。
「今日は二人の特別な日だぜ。明るい気持ちで行こう。絶対大丈夫だから。それに,ジャンの母さんじゃないんだから,そんな反応されると立場がないじゃん」
やっとジャンの顔が明るさを取り戻した。
「そうだな。悪かった。ソラ,必ず無事で戻ってこよう。おれから離れるんじゃないぞ」
やっと前を向いて進めそうだ。よし,いくぞ。大いなる旅に。この世界を守るたびに。
そう誓って村を出る道を行くと,人気の少なくなったところで気配を感じた。
「早いな。後ろからやってやっても良かったんだが」
振り返ると,そこには剣を携えて不敵な笑みを浮かべる男がいた。バオウだった。
「何だよ急に・・・・・・」
バオウがどうしても苦手だ。悪いやつではない。むしろ出来すぎた男だ。接近戦の能力は群を抜いていて,魔法の詠唱も申し分ない。人望も厚い。ただ,いつも目の奥が笑っていないあの笑顔が苦手だった。人から慕われて間違いなく頼られていたが,あの笑顔に不安感を抱いていたのは自分一人ではない気がした。間違いなく恐れてしもべとなったやつもいた。今,この旅立ちの時に何をしようというんだろう。不安な気持ちのまま相手の出方を伺っていると,バオウはジャンの方を向いていった。
「あんたはジャンさんだな。初めまして,バオウと申します。聞きたいことはいろいろあるのですが,今日は手合わせを願いに来ました。」
慣れてもいないのだろう。似合わない敬語を使ってバオウはジャンに向かって頭を下げた。態度はとても真摯だ。
「おいおい待ってくれよ。初めましてで挨拶もそこそこにいきなり手合わせって・・・・・・。」
「この町の唯一の魔法学校を首席で卒業されたと聞きました。しかも,学長に聞けばこれまで見てきた生徒でも群を抜いていたと。同じく首席で卒業した自分とどれぐらいの差があるのか試したい。ただそれだけです。どうか,手合わせ願う。」
もう一度深々と頭を下げてバオウは言った。ジャンは仕方がないという諦めにも似たような表情でため息をつき,バオウに顔を上げるように言った。ジャンは確かに強い。それでも,ずっと近くで見てきたバオウも同級生の中では群を抜いてた。学長が本当にそんなことを言ったのか分からないが,いくらジャンと言ってもバオウを相手にするならば相当苦労するのではないのではないだろうか。バオウが膝をつく姿がイメージできない。実際,学校に通って幾度となくこなした組手,武道,剣術,詠唱において六年間で負けたところを見たことがないのだ。バランスよく何でもこなすばかりではなく,得意とする剣術と武術においては師範を倒すほどで,学校で学ぶことは何もないのではと言われていた。堂々とトレーニングをさぼっていても師範代は何も言わなかった。それだけバオウは圧倒的な存在だった。そんな男と,ジャンが勝負する展開になるのを見て,ワクワクする自分がいたのも確かだ。
しかし,思いもよらない言葉がジャンの口から発せられた。
「要するに,自分の力を試すってか。そんな殺気ぷんぷんで物申されてもなあ。怖くて力が発揮できないよ。もう半分ちびってんもん。ほら,このカーキ色のパンツ,股間の所だけ色が濃くなっちゃってる。そうだな~。ソラに勝てたら相手してあげても良いよ。勝てたら,な」
急に二人の視線がこちらに向いた。ジャンがにこっとしているのと対照的に,バオウはバカにしてくれるなといったはんにゃの形相でこちらを睨みつけている。睨みに攻撃力があるのなら足趾のダメージを受けていただろう。しかし,バオウのこの表情に賛成だ。ジャンは一体何を言っているんだろう。始めは自分のことが話題になっているということに気付かなかったほどだ。確かにこれから旅に出て自分の腕を磨くつもりだ。世界だって救ってみせる。ただ,その決意が人を強くするわけではない。そんな少年漫画のように世の中出来ていないのだ。強くなるのはこれからだ。今ではない。
バオウはがぜんやる気になっている。この戦いを拒否せねばと,強く誓った。
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