あれから2年③〜忍び寄る影〜

「ただいま~」


意気揚々と玄関を開け,キッチンで料理をしているお母さんの所へ向かった。お母さんは鼻歌まじりに寸胴鍋を混ぜてスパイシーな香りがするカレーを混ぜている。今日はご機嫌だ。さっきのことを報告するともっと喜んでくれるかもしれない。


「お母さん! 今日,森へ行ってきたんだ。それでさ,ジャックベアを倒したんだ! しかもさ,あの時よりも一回り大きいやつ! おれはそいつに,傷ひとつつけられずに圧倒的な勝利!!」

「あら,それは凄いじゃない。だけどソラ。あんたはすぐに油断してけがをするんだから。今はけがで済むけど,この世界には強い化け物だらけよ。一瞬の油断でも見せたものなら次の瞬間には命はないの。だからさ,冒険に出たいだなんて言わないで」

「どうしてだよ!!・・・・・・。おれ,一生懸命訓練もしたし,成績もトップクラスで学校を卒業できたんだ。ジャン兄ちゃんだって立派にハンターとして外の世界で調査を進めてる。おれにだってできる!!」


母さんは鍋を混ぜる手を止めてこちらを振り向いた。その目はどこか遠くを見ているようで,背中を押してくれるような雰囲気は感じられない。きっと,いつまでもおれのことを子ども扱いして信用していないんだ。


 お母さんに,何とも言いようがない怒りとも失望ともいえるごちゃ混ぜになった感情をぶつけそうになる。木べらを持ってこちらを見ているお母さんを,いや,まるでこっちなんて見ていないようだ。焦点が合っていない。そんなお母さんを睨んでいると後ろから声がした。


「確かにお前は強くなったよ,ソラ。今日の戦いぶりも良かった。だけど,おれぐらいの相手がいたら確実にやられていたな」



ジャンがうちに来ていた。さっきまでの複雑な感情もどこかへ行き,今日の健闘をジャンに伝えたくなった。でも,ジャンはあたかも見ていたかのような口ぶりだったな。


「ジャン! いつからここにいたの!? 今日,こんなにでっかいジャックベアを一人で倒したんだ!」

「もちろんお前の雄姿は見ていたよ。ずいぶん近くで。森に入る前からジャックベアに居合い切りをくらして帰るところまで。」

「え! それなら言ってくれたらよかったのに! 圧倒的な勝利だったよね!? おれ!」

「もちろん,あの大型ジャックベアには大勝利さ。そのあとあの子どものジャックベアが怒りを抑えてソラの背中を狙っていたのを始末して,そしてソラより先にこの家に戻ってきたんだからな」


唖然とした。目的を果たしたと思ってご機嫌で森を抜けてきたけど,隣には死があった。ジャンがあそこにいなかったらぼくはやられていたということ・・・・・・?


「だけど,子どものジャックベアぐらいなんてことないさ」

「いーや。あいつらはある意味人間慣れしている。大きいやつより子どものうちのほうが厄介だ。自分の力の無さを知っているからな。自分たちがやられないように連携を取って人間の急所や筋肉の筋を狙ってくる。そうして弱ったところを複数で攻めてくる。大きな仕事を果たしたハンターこそがモンスターの小集団にやられる事例はごまんとある」


少し肩を落とした。きっとジャンはぼくの行動をずっと気にしていて,危険がないように気にしてくれていたんだ。学校を卒業する年になっても守られる存在。強くなったと思っていたけど・・・・・・。まだまだだ。もっと強くなりたい!


「まあ,でもここ最近で見違えるほど強くなったよ。タイマンでやるなら,おれも本気でやったとしてもソラには楽には勝てないだろうなあ。まあ自信もてや」


ジャンにそういわれると嬉しい。ふと見るとお母さんが微笑んでぼくたちのやり取りを見ていた。


「さあ,今日は特性のカレーよ。みんなでいただきましょう」


みんなで食卓を囲んだ。直後に現れる怪しい影に気づきもせずに。

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