あれから2年①〜あの日と同じで,あの日とは違う〜

 ジャンがぼくに話をしてくれてから,明らかに自分の中で訓練に臨む姿勢の変化が現れたのを感じた。今までも一生懸命訓練に取り組んできたつもりだ。ただ,その一所懸命さは,誰かの期待に応えたいだとか,底辺を彷徨っているのは恥ずかしいだとかいう外発的なものが大きかった。今は違う。ぼくは強くなりたい。怯えたくない。助けられる命があるなら助けたい。そして,ジャンと旅に出たい。そんな思いが強くなった。

 自分のために自己研鑽を摘むようになると,無理やり収縮していたゴムが解き放たれるように勢いよく成績の順位を上げていった。ジャンのように首席で卒業という訳にはいかなかったが,かなり優秀な部類で魔法学校を卒業することが出来た。

 今のぼくの短期的な目標は一つ。始まりの森にいるジャックベアを倒すことだ。「旅に出たい」といったぼくに,「あんたに何ができるの。ジャンに守られてばっかりで一人じゃ何もできないじゃない。ジャックベアぐらい一人で倒せるようになってから自己主張をしなさい」とお母さんに言われたのだ。若いころはやり手のハンターだったというお母さんはぼくの言い分を快く聞き入れてくれると思っていた。ただ,本当に旅の厳しさを知っているからこそ甘い気持ちで力のないままに旅立ってほしくなかったのかもしれない。今のぼくには親の気持ちを推量するほどの心のゆとりもできた。あとは,力だけだ。ぼくは自分の力を証明した。今ならできるはずだ。

 強くそう思い,始まりの森へと歩を進めた。



「久しぶりだな」


うっそうと生い茂る新緑の木々の間から,日差しがこぼれる。あの日もそうだった。ジャンに助けられた日。あの日,どうやって切り抜けたのかさっぱり分からなかったけど,今ならわかる。

 後ろの茂みから魔物の気配がした。ゆっくりと振り返る。大丈夫,きみに用はない。おびえるように震えてこちらを見ているスライムを後にして,あの日と同じ場所へと向かう。方向は,きっとこっち。

 奥へ奥へと進んでいくと茂みは一層濃くなり,太陽の光が急に届かなくなる。あの日の景色と重なる。違うのは,あの日にはなかった高揚感に包まれていることだ。土の乾いた匂い。爪の跡で傷がついた木々。獣が忍び寄る気配。


バウウゥゥッ!!


 出たな。この日を待っていた。左手に腰かけた剣に手をかける。しっかりと柄をつかんだ感触がある。足も震えていない。もうあの日とは違う。あんな情けない真似はしない。誰にも守られない。あの日と同じなのは,この獣を倒す力。


「恨みないけど,弱肉強食だ。堪忍な。」


ジャックベアが爪を振り上げた。暗い視界の中で爪がわずかに光ったのが見えた。大きくバックステップをして爪をかわす。そのまま足に力を入れる。重心を前に飛び出したと同時に剣を引き抜いた。

 振り返ると,あの日よりも大きな体をしたジャックベアが急所を貫かれて倒れていた。

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