始まりの森③〜お兄ちゃんはもういない〜

「まったく。世話のかかるやつだなあ」

「ジャン!!」


すらっとした風貌。短く刈りあげられた銀髪から長く伸びた耳はゲームに出てくるエルフを思わせる。耳には小さなダイヤモンドのピアス。重そうな瞼から見える瞳は大きくは見えないが,きれいな二重で綺麗な顔立ちをしている。きっと魔法学校でもモテたに違いない。爽やかなブルーのシャツからは伸びた筋肉質な腕には,木こりが持っているような斧がかつがれている。

 終わったと思った時,いつもジャンが助けてくれる。いじめっ子にリンチされているとき,酔っ払いに絡まれたとき,工事中の重機が倒れてきたとき・・・・・・。何度も何度も助けられてきた。まるで,赤子のことを気にする親ぎつねのように,ピンチの時には必ず助けに来てくれる。血は繋がっていないけれど,幼いころからずっと一緒にいるお兄ちゃんのような存在だ。


「家に行ったら,森に修行に出かけたって聞いたから来てみたけど,こりゃジャックベアの親だな。ほんと運が悪いやつだなあ。この地区は比較的安全だと言っても,何がいるか分からないんだからあまり森の奥に入るんじゃないぞ」


恐怖が過ぎ去って安心感がどっと押し寄せると,腰が抜けたように地面にしりもちをついて涙が出てきた。まさかこんな事態になるとは思っていなかったけど,魔法学校を去年首席で卒業したジャンがきたからにはもう安心だ。涙を拭っていると,ジャンの後ろに影が差したのが見えた。


「危ない!!!!」


ザンッッ


ジャンの背中をさっきよりも二回りほど大きなジャックベアが切り裂いた。ジャンは地面にうつぶせたまま低く唸りその場から動けないでいる。淡いブルーのシャツが血で濃く滲んでいくのが見える。それを見た瞬間貧血のような症状に陥りそうになったがグッとこらえた。


「くっっっ。こっちが親玉かよ・・・・・・。ソラっ! 逃げろ!!」

「逃げろって,ジャンは走れないじゃないか!」

「おれはいいから! 早く!!」


このまま置いてはいけない。かといって,あの化け物みたいなサイズのモンスターに敵うはずがない。遠距離から魔法をぶち込もうにも,杖を落としたことに気付き,そもそも杖があっても通用するとは思えなかった。ダメだ。自分の命を守れないどころか,大切な人まで失ってしまった。

村で畑に精を出している方がよっぽどましな人生だった。

 涙が頬を伝う。これから目の前で起こるであろう惨劇を見ることもできない。硬く目を閉じ,頭を垂れた。



「まだやれるだろ! 最後まで目をつぶるな!」


声がした気がした。そうだ。まだ終わっていない。どうせ死ぬなら,やれるだけのことをやって死んでやる。この化け物に爪痕ぐらいは残してやる。お兄ちゃんはもういない。自分でやるしかない。

 体が大きくなった気がした。袖を軽く振り,短刀を取り出した。柄を握る。あれ,なんだろう。この感覚は。力があふれ出る気がする。視線が少し高くなった気もする。二の腕も太くなった!? 母指球に体重を乗せ,モンスターへ向かう。速い!! 自分が自分じゃないみたいだ。ジャックベアが爪を振り上げる。スローに見えたその動きを交わし,あごに刃を入れた。見事に腱を切ったようで,あごがだらんとたれた。遠吠えもうまく出せない様子ではあるが,まだ闘争心はある。あの爪を食らえば致命傷になりかねない。できるだけ距離を取って攻めたい。杖はないが,今なら攻撃魔法が出せる気がした。と思うと,身体が急に小さく,華奢になった感覚に陥った。「なんで! もう少しで守れるのに!!」ここで諦めるわけにはいかない。右手で優しく空気を包むように手のひらを丸める。光った!! やれるかもしれない。モンスターに向かって手のひらを突き出した。すると,まばゆい光と共にエネルギーが放出された気がした。

 まぶしさに目が慣れず,視界が良くなるのに時間がかかった。目が見えると,そこにはジャックベアの親玉があおむけに倒れていた。

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