始まりの森②〜お兄ちゃん,参上〜

「おい,女男,お前ほんと鈍くさいよなあ。なよなよしてて力はないし,魔法ができるわけでもないし。お勉強だけ出来てもダメなんだよ。不安な奴ほど武器で身を固めたがる。でも,結局力がないやつは何してもダメなんだよ」


バオウ。魔法学校の同じ学年でトップクラスに剣術が出来る男。その素早い身のこなしから繰り出される剣術は,居合いの試験でも乱打でも負けなしだ。恐ろしいのが,太刀を使った一刀流でも双剣による打ち合いでも師範を打ち負かし,魔術も優れていることだ。そして,弱いものを徹底的にいじめる。あのあと,胸ぐらをつかまれて投げられそうになったところを懐に忍ばせた短刀で小突いてやろうと思っていたが,胸ぐらをつかまれたときにはすでにそんなものは取り上げられていた。動きを読んでいたバオウは「そんなおもちゃを赤子が使って何になるんだ」と投げ返して高笑いして去っていった。厄介なやつに絡まれたことを思い出す。

 自嘲しながら下を向いて歩いていると,目の前に大きな影が現れた。顔をあげると,そこには大きな熊が巨大な魚を口にくわえたまま立ち上がってこちらを見ていた。


「死んだ」そう思った。なんでこの森にジャックベアがいるんだ。地域によってモンスターのレベルが違い,強さを求めるモンスターは同じような地域に集まる。自分と同等か,強いモンスターと闘ってその肉を餌とするとその分成長できる。弱いモンスターをいくら餌としても強くはなれないし,かといって自分より格上を相手とすると捕食の対象となるだけだからだいたい同じ強さのモンスターがその地域に集まる。この町が属するビガン地区は,これから冒険を志すにはうってつけとされる始まりの地とされる場所だ。そんなところになぜ・・・・・・。

 ジャックベアは獰猛なモンスターとして教科書に載っている。攻撃魔法の先生が旅の途中に一度出会って大けがをしたという噂があった。その話が本当なら、ぼくもあの先生のように目にひどい傷をいれられるのだろうか。いや,傷じゃ済まないかもしれない。だって先生は魔法のスペシャリストなんだから。ぼくとは違うんだから。

 ジャックベアはくわえていた魚をその場に放し,こちらへゆっくりと向かってきた。小魚よりも(ぼくならそれで三日はおかずにできる)人間の方が栄養価も高いし腹も膨らむと思ったのだろうか。こちらも黙ってやられるわけにはいかない。敵に襲われたときにどうすればよいのか何度も趣味レーションをしてきた。今,その成果を発揮するときが来たのだ。

 戦う意思を固めた。右手の剣から手を離し,左手の杖を持ち直した。その時,杖が手からこぼれ落ちた。しまった。ジャックベアはそのタイミングを見計らったかのようにこちらに向かって四足歩行で突進してきた。右手の裾に隠したダガーを取り出そうとしたが,手元がおぼついて上手くいかない。そうこうしている間に目の前に敵は迫ってきていた。

 「終わりか。おじいちゃんの予言の子,あれは違ったんだ。」お母さんは晩御飯を準備してくれているのだろうなあ。妹のマロンは今日も楽しく過ごせただろうか。殺された父ちゃんはこうして死んでいく子供をどう思うかな。毎日のように殴られたけど,こんなふうな死に方をしてほしくなかったからだろうな。優しかったお兄ちゃんがこれからも家族を守ってくれるだろう。走馬灯のようにこれまでの記憶が脳裏を駆け巡った。痛くないといいな。そう思って目をつぶった時,声がした。


「まだやれるだろ。相手がそこにいるんだから,最後まで目をつぶるな」


目を開くと,そこには肩口から血を流して倒れているジャックベアとお兄ちゃんがいた。


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