第34話 密室の謎

【密室の謎】


 ―――ルカ様、と扉を軽く叩く音と共に声が聞こえてきた。ルカは書斎の中から、はい、と軽く返事をする。


 ルカの書斎には、膨大な本が並べられていた。大衆小説などは存在せず、地理や政治などの本だけだ。窓からは、淡い雪が降る中、皇宮を見ることができる。


 ファリドが捕まえれてから、1週間が経った。ルカは使用人を連れて、帝都に戻ってきていた。帝都の中心地にあるマスロフスキーの屋敷は、やはり皇宮に通いやすくていいと体感している。




「こんにちは、ルカさん」




 部屋に入ってき人物を見て、ルカは思わず席から立ち上がった。


 部屋の中に入り、彼女は優艶に微笑む。




「残された謎を解くために、伺いましたよ」


「リーシャっ!」




 リーシャは、黒いドレスを着てそこに立っていた。自分が贈ったものではないドレスだが、体の線を強調するようなもので、リーシャに似合っていた。




「あぁ、君が来てくれて本当に嬉しいよ!もう···会わなくなって7日になるのかな?愛しい君と毎日過ごしていた日々が恋しいなぁ」


「あはっ、相変わらずですね。お怪我の具合はいかがですか?」




 さらりとリーシャはかわしてくる。ルカは少し意外に思った。自分の扱いが、なんだかぞんざいである。




「どうでもいいよ、こんな傷なんて」




 ルカはそう言って、自身の肩を撫でた。肩は出血の割に傷も浅く、左手はもう包帯も巻く必要がないほど、回復していた。




「無茶してはいけませんよ。あなたは、自分のことなど放置しがちですので」




 リーシャは自分の肩や手を見てから、注意するように言った。




(···君にそう言われるだけで、怪我をした甲斐があったんじゃないかな)




 言ったら怒られそうなので言わないが、ルカは静かににやけた。


 訝しげになっているリーシャが立ちっぱなしになっていることに気が付き、書斎の中にある椅子に座るよう勧めた。彼女を座らせ、自分はその前にある机の上に腰掛けた。




「それで?残された謎のために来たって言ってたね?」


「ええ。ですが、その前に···。こちらのお屋敷には、使用人たちも連れてきているのですね?先程、私が監禁されていた屋敷で見たことがある使用人と話をしましたが」


「あぁ、勿論ガリーナやエミールも皆いるよ。君がいたのは、捕らえておくために便利なうちの別邸だ」




 マスロフスキー家には、帝都にある屋敷を本邸として、別邸が幾つも存在する。


 ルカはリーシャを捕らえておくためにどこが良いかを考え、北にある屋敷を選んだ。そこならば皇宮にも移動できるし、吹雪の中であればリーシャが逃げることもないと思ったのだが――これには失敗している。




「本当、計画的に監禁されていたんですね。我が身の事ながら、物騒なお話です」


「長年計画していたことだからね」


「具体的にはいつから?」


「んー、14歳くらいからかな」


「···怖いです。引きますね」


「あはは、それだけボクの愛は根深いということだよ。それで、君はまた監禁されに来た訳じゃないんだろう?」




 謎を解きに来たという話の続きを、ルカは訊きたかった。


 勿論、また監禁されたいとリーシャが望むのなら、やぶさかではない。




 彼女は今、ラザレフ邸に戻ってしまった。この1週間、彼女は警察で事情聴取をされたり、アレクセイの死後、家のことを片づけていたようだ。




 ―――また自分の屋敷に戻ってくれば、自分が全て片づけるというのに、ルカは名残惜しく思っていた。彼女が全部自分でやりたいというので見守っていたが、ルカは正直手助けしたくて仕方がなかった。




「もう、御免ですね。先ほども申し上げた通り、解き明かされていない謎についてです」


「具体的には?」


「まず、あなたが提示した2つの密室についての推理ゲーム」


「ああ、キスを勝ち取ったゲームのことね」


「···言い方が気になりますが、それです」




 スヴィエトの晩に話したことだ。ルカは、彼女と2人で議論した夜のことを懐かしく思う。彼女が悩む様を見て、自分は酷く楽しんだのを覚えている。




(可愛らしかったなぁ。唇にしようとしたらカチンコチンになっちゃって、手にしても固まっちゃってたなぁ···)




 大人びたように振る舞っているが、あの時、まだ少女なのだなと実感した。推理にラブロマンスは必要ないと拒否しているのも、どこか強がりなようにも思える。




「何ですか」




 優しい笑みを浮かべながら、彼女は首を傾げて見せる。不愉快だなと思われていそうなので、ルカは「何でもない」とニコニコしながら答えた。




「···さて、条件をもう一度整理しましょうか。紙を頂けますか?」




 ルカは机の上にあった紙とペンをリーシャに手渡した。あの晩に途中からやっていたように、紙に書きだすのだろう。リーシャは、紙に条件を改めて書き直した。




「実は、あの小屋で気が付いたのですがね――これ、時間の概念については書かれていないのですよね」




 リーシャは鋭い目で自分を見た。


 彼女の目を、ルカはこよなく愛していた。胸が弾むのを感じる。




「そして、自殺でも事故死でもないのですよね?AとBは愛し合っていたという情報も無下にしなければ、1つ結論を出すことができました」




 愛について懐疑的だった彼女、アレクセイの死の理由を解明できたのも、このゲームがあったからだろう。




「AがBを殺す、ないし、BがAを殺した後、衰弱死をしたのです。この推理ゲームに、時間の概念は何も存在していません。衰弱死は、自殺でもなければ事故死でもない。例えば、AがBを殺した後、それによって心を病んでしまいます。衰弱して死亡してしまうことは自殺でも、事故死でもありません」


「···さすが、リーシャだ」




 ルカは恍惚とした目でリーシャを見つめ、首肯した。




 ルカとしては自分の愛を本気にして欲しかったのだが、このゲームを作ったことを悔いてもいた。この問題によって、リーシャは真相に辿り着けてしまった。




 彼女自身が密室から、抜け出してしまったのだ。




「この問題は、とても楽しめました。出題して頂き、感謝申し上げます」


「随分考えてくれていたね」


「ええ、今まで読んだ推理小説のことを頭に浮かべました。例えば···ーーと、おしゃべりが過ぎますね。他にも謎は残されているというのに」




 彼女は、自らの口を塞ぐ。


 自分としてはもっと議論をしたかったが、次に彼女が話すことにも興味がある。




「···あなたは、父さんが死んだ真相についても、知っていたのですよね」


「ああ、ボクはシュレポフとラザレフが手を組んで偽皇女を仕立て上げようとしていることも知っていたよ」




 自分はリーシャと初めて出会った春の日、彼女が偽皇女であるとわかっていた。


 何故ならーー“彼女が赤いネックレスを着けていることが、ありえなかったからだ。”




(リーシャは、恐らく···気がついているんだろうな)




 解き明かしていない謎があると彼女は言っていたが、きっと彼女は順番に話すつもりなのだろう。




「アレクセイ・ラザレフが君を夜会に出していた時は、ついに皇女として発表するのかと戦々恐々としたが、君を次期跡継ぎと紹介していたからね。皇配を狙おうとしていたシュレポフが怒るだろうな――と思っていた矢先に、殺人ときたら···」




 自分は、リーシャを誘拐するなら早い方が良いと思っていた。


 もし皇女として名乗りだしてしまったら、自分が彼女を盗み出すことは難しくなる。




 決して機会を逃さないように、夜会の晩、リーシャを見張っていたのだ。夜会が終わった後、彼女が住んでいた離れに忍び込み、彼女を奪おうとしたが――リーシャはおらず、本邸を探しに行くしかなかった。




 全ては、リーシャを守るためだったと言えば、聞こえが良い。




 ルカにとって、彼女を閉じ込めるという行為は、庇護欲をかきたてれる彼女を、自分だけの物にしておきたいという暗い欲でもある。




「···解き明かしていない謎は、これくらいかな?リーシャ」 


「いいえ、まだあります」


「もうこれだけだよ、リーシャ」


「いいえ」




 ルカは、強い語調で言ったが、リーシャも負けじと否定してくる。




(やっぱり)




 恐らく、彼女は気が付いている。


 気が付いているから、先ほど確認をしてきたのだ。ルカの強い語調に、リーシャは怯むことはない。




 扉を軽く音が、部屋の中に響き渡った。




 ルカが返事を躊躇すると、「どうぞ」とリーシャが言った。


 静かに扉が開かれる。


 リーシャは立ち上がり、ドレスの裾をつまみ、深々と頭を下げる。



「こんにちは、アデリナ皇女様」



 部屋の中に入ってきたのは、ガリーナだった。


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