終章

第33話 皇女は生きている?死んでいる?

【皇女は生きている?死んでいる?】


『····偽物····』


 荘厳な金の細工が施された玉座に腰掛け、ニコライ皇帝は呟いた。


 ぼそりとした単語のみの言葉に、ルカは重々しく頷いた。


(これは、リーシャの一件はどうなったかとお尋ねになっているな) 


 ファリドが捕まって、翌日のことだった。

 いつものように皇宮に来たルカに、ニコライ皇帝は昨日夜にあったことを報告するように言っているのだ。


 ルカは察し、にこにことした笑みを顔に貼り付けた。




『アレクセイ・ラザレフ子爵を殺害した犯人として、ファリド・シュレポフ伯爵は警察が捕らえました。2人は元々共犯で、偽皇女を仕立て上げ、ニコライ皇帝から皇位を奪おうとしていたようですね』




 ーールカは、春の日にリーシャと会ってから、いつかラザレフ家が皇女がいると発表することに、気がついていた。




 同じくルカの父も偽皇女のことを気づいていたようだったが、ルカがリーシャの情報を言わなかかったために、今に至るまでラザレフ家は告発されることを免れてきた。もし下手をすれば、リーシャも偽皇女として捕まってしまうかもしれなかったのだ。ルカは注意深く、リーシャを誘拐する計画を練り上げてきた。ラザレフ家とシュレポフ家の動きを、敏感なほどに。




『···偽物···』




 またぼそりとニコライ皇帝は呟く。




(これは、リーシャはこれからどうするかということか)




『彼女が、皇女を名乗ることはないです。ご安心ください』




 ニコライ皇帝も、ラザレフ家とシュレポフ家の動きを知っていた。というより、アデリナ皇女の名前が出てくるような事件すべてを、彼は気にかけているようだ。




『···本物····』




 またぼそりとつぶやいた言葉に、ルカは内心失笑した。




(これは···また、本物のアデリナ皇女を探せというご命令か)




 18年も経ったというのに、ニコライ皇帝はアデリナ皇女のことを諦めていなかった。


 オルロフ一家殺害の際、アデリナ皇女の遺体だけが発見されていないからだ。


 ニコライ皇帝は前皇帝を慕っており、正当な血筋こそが皇家を継ぐべきだと信じて疑わない。




『······いる···』




 彼の真っ直ぐな瞳で、確信している。


 彼は、アデリナ皇女が生存しているなら、喜々として玉座を譲るつもりでいるのだ。




『···ニコライ皇帝陛下、ボクはこのままニコライ皇帝陛下が治めるのも、良いと思いますが』




 彼の怜悧な瞳がぎろりと自分を睨む。氷のような瞳を見ても、ルカはたじろがない。




『···正しき、血······』




(正しき血が皇帝になるべき、ということか)




 ニコライ皇帝の単語だけの言葉を推察し、ルカは肩を竦める。




『正しき血でなくても、ボクは良い皇帝になれると思いますよ。陛下の前で例えに出すのもおこがましいですが、ラザレフだって、正当な血筋の後継者ではありませんから』




 ルカ自身は、血筋などどうでも良いと考えている。ニコライは血にこだわるが、正当な血筋だからといって、暴君が君臨する例だだってある。




 ニコライが、先の皇帝であるイワンを妄信しすぎなのである。




(平民だろうと、案外リーシャは良い女帝になりそうだけれど)




 偽物を担ぎあげるだなんてとんでもない話だし、リーシャが女帝になれば彼女自身が幸福になれる保障もないため、ルカは言わない。




『·········アデリナ皇女······ご存命、のはずなのに······』


 ぽつりとニコライが呟く。




 アデリナの遺体が見つかっていない以上、彼の中でアデリナ生存説は揺るがない。




(ご存命なら、どうして姿を現さないのか――と、疑問に思っていらっしゃる)




 彼が皇帝に即位してから、シーシキンの派閥も一掃されている。全てはアデリナ皇女の即位に向け、彼は動いていたというのに、本人が現れない。



(···ニコライ皇帝陛下は不憫だな)


 ルカは主人に対し、心中で憐れんでいた。


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