第32話 自分の道

【自分の道】


 自身に銃口を向けられた経験などなく、身体が硬直してしまう。


(見誤りました···っ!皇女でなければ、彼にとって私は何の価値もない···つ!)


 長年信じ続けていたものが嘘だとわかり、彼自身も怒りを感じたのだろう。


 追い詰められ、偽物である自分に怒りの矛先が向いてしまった。




「リーシャっ!」




 ぎゅっと目を塞いだ時、ルカが自分の身体を覆ってきた。




 銃声が、轟く。




 温かい体は自分の体を包み込み、床に倒れた。腰を打つ強い痛みに、リーシャはすぐに起き上がることはできなかった。




「ルカさん···っ」




 リーシャを押し倒してから、ルカは飛び起き、素早い動きでファリドに向かっていた。


 彼は腰につけていた鞘を振り上げ、ファリドの拳銃を弾き飛ばした。




「ぐっ···」




 ファリドが声を漏らし、よろめいた隙を、ルカは見逃さなかった。


 そのまま振りかぶった鞘で彼の顔を殴った後、胸ぐらを掴んで床の上に叩きつけた。




「君さ、誰に銃を向けたかわかってる?」




 どす黒い声音に、リーシャはびくりとした。


 息を乱さない彼の声音は、周囲のものを怯えさせる。床に倒されたファリドも、言葉を失っていた。




「死ねよ」




 ルカはぎらぎらと輝く目で、ファリドを睨み据えた。




 まるでゴミでも見るような、侮蔑の瞳であった。




 ファリドが落とした拳銃を、ルカは拾い上げている。至近距離から明らかに撃とうとしていることがわかり、リーシャはゾッとした。




「ルカさん、待って下さい!!」




 リーシャは銃を持っているルカの腕を抱きしめ、ルカを静止しようとする。彼の拳銃は既にファリドの額に向けられており、ファリドは絶句していた。




「む!ルカ様!ここは我々が···っ!」


 傍観していたエミールが、ルカとファリドを引き離すようにして割って入ってきた。ルカが大きく舌打ちをする。




「···ルカさん、また怪我をしているじゃないですか!」




 彼の腕を抱きしめたことにより、リーシャは驚いた。


 彼の肩には血が滲んでおり、先程ファリドが撃った銃弾が掠っていたことがわかる。




(こ、この方は···!怪我をまた放置して···!)




 リーシャは感動するどころか、ルカが怖くなった。


 自分の痛みを無視して、どうして動けるのだろうか。




「どうして君が、そんな偽物をかばうんだ···っ!」




 ファリドが叫んだ時、ルカは彼のことをまだ睨んでいた。




「愛しているからだよ、黙れゲスが。君なんて、死んじゃえばいいんだ」


「ま、待って下さい!おさえて下さい···あぁ、また銃をじゃきってしないで下さい!」




 リーシャは言い、強く彼の腕を抱きしめた。




「ファリド・シュレポフを警察に連行してください!罪状は、アレクセイ・ラザレフの殺人です!」


「む、かしこまりました!」




 リーシャが告げると、エミールは彼を抱えた。


 ファリドは抵抗をみせたが、エミールの腕からは逃れられないと感じたのか、扉から出ていく際、ぐったりとした様子を見せる。


 ルカは諦めたのか、ようやく銃を下におろした。




「···怪我を、治療しなくては···誰か···」


「はい!すぐに消毒をしましょう!」




 リーシャが言えば、使用人がはっきりとした口調で返してくれた。


 主人が捕まった後なのに、ばたばたと数人の使用人が治療するための準備をしてくれるらしい。


 ルカは、張り詰めていた糸が切れたかのように、床に膝をついた。




「ちょっと、ルカさん。大丈夫ですか?」




 腕を抱きしめていたリーシャは眉を寄せ、彼の顔を覗き込む。


 彼の腕を抱きしめることにより、血がドレスに付着したが、そんなことを気にしている余裕はなかった。




「あぁ···リーシャ···。ボクは···」


「はい?傷、痛みますか?」


「君にはね、真相を絶対に知られたくなかったんだよ」




 ルカはぽつりと言った。


 先程ファリドに向けていた目と、同じとは思えない。自分を気遣う瞳は、後悔の色を抱えていた。




「君は、ボクの手の中で閉じこもっているべきだったんだ。あの男から奪われなきゃ、君は真相を知らなかったのに···結局、傷ついただろう?」




 彼の肩の出血は、まだ続いている。


 リーシャは言われた言葉に狼狽えつつも、微苦笑をこぼした。




(この方は、本当に自分のことはお構いなしですね···)




 彼は、自分が傷つくのが嫌なのだろう。


 親鳥が雛を絶対的な愛で守るように、彼は自分を守ろうとしていた。


 どんな手段を使ってでも無償の愛を与えようとする存在がいてくれるのは頼もしくもあるーーーが、リーシャは思う。




(私は、雛鳥ではありませんよ)




 ルカの手に守られているだけなのは、とても居心地が悪い。




「傷つきましたよ。とっても」




 自分の今までの人生は、嘘だと知ったのだ。


 傷つかないわけがない。


 ルカは、心配そうに自分を見る。


 赤い目をした自分のことを気遣うように見つめてきた。




「ですが、私は謎を解きたかったので後悔はしていません。あなたに囚われることを、私は拒みます」




 自分がはっきりと告げると、ルカは生気を失った目をしていた。




「···どうして?ボクに閉じ込められていた方が、幸せでいられるよ?」


「そうかもしませんね。あなたの後ろにいれば、守ってもらえる。悪い人達は排除してくれるでしょう」




 ルカの行動を見ていればわかる。彼は間違いなく自分を守る。




「でも、そんな箱庭のような環境よりも、私は自身の足で歩きたいんです。偽りの人生ではなく、私が自分で考えて、生きていたいんですよ」




 リーシャは、自分で推理がしたい。


 自分で物事を考え、自分がトリックを種明かししたいのだ。


 ラブロマンス小説によく出てくるような、守られるだけのお姫様とは違う。




「···わからないよ、リーシャ。ボクはずっと君のことを想っているのに」




 ルカは、リーシャの言葉に戸惑っているようだった。


 自分を閉じ込めることをずっと考えていたリーシャに、自分の足で歩きたいなどと言われて、困惑しているのだろう。


 リーシャは、彼に感謝がなかったわけではない。


 自分を守ろうとしてくれた彼の手を、リーシャは自分から握った。


「今すぐわからなくても構いません。これから話す時間はたくさんあるのですから、ゆっくりお話していきましょうね」


 リーシャは、自分のために怪我をした彼の手を、そっと撫でた。


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