第35話 本物の皇女

【本物の皇女】


 ガリーナはあからさまにたじろいだ。「え」と小さな声が零れ落ちる。


「アデリナ皇女、お呼びたてしてしまい、申し訳ございません。また、皇女様と知らないとはいえ、先日よりの無礼をどうかお許し下さい」


 リーシャは丁寧な口調で述べた。


 ガリーナは、迷う視線で自分とリーシャを見比べる。


(やはり、知っていたのか···)


 自分も、もう何も言葉にすることなどできなかった。


 リーシャはもう全てを知ってしまっているのだ。




「何を···私は、ガリーナですよ?ただのメイドの、ガリーナです。リーシャ様は、よくご存知でいらっしゃるはずです」


「いいえ、あなた様はアデリナ皇女様です」




 リーシャはきっぱりと否定し、深々と頭を下げている。皇女に対し、慇懃な様子である 




「···どうして、ですか。ルカ様がお話になられたのですか。どうしてリーシャ様が?まさか、お気づきになられたというのでしょうか?」


「はい、私が自力で考えました。ルカさんは何も教えてはくれていませんよ」


「どうして···」




 ガリーナは言葉を失っていた。


 助けを求めるように自分を見るが、ルカは、リーシャがどうやって真相に辿り着いたのかに興味をそそられた。




「金髪に、碧眼、それに赤いルビーが皇女である証拠でしたね」




 リーシャもガリーナも、同じ髪色、碧眼である。


 年も彼女2人は同い年であろう。




 ただそれらの共通点の少女を探し出そうとすれば、オーブルチェフ帝国にはたくさんいるだろう。




(それだけで、ガリーナが皇女だというのは推理が甘すぎる)




 リーシャは、胸に着けていたネックレスに触れた。




「このネックレスのおかげで、私は貴女の事がわかりました。私の父は、私をアデリナ皇女に仕立て上げるために偽物を作らせたのでしょう。ただ、それはフェイクだった。なので私のネックレスは、本物のルビーではなく、落としたら割れてしまうんですよね」




 ファリドを追い詰める時にも、リーシャは同じことを言っていた。


 ファリドもそれ以上追及してくれなくて助かったが――リーシャもあえて言わないようにしていたのだろう。 




「私が父さんから貰ったものは、ルカさんに連れ去られるために馬車に入った時、割れてしまっていますね?」


「あ···申し訳ございません···っ!」


「いえいえ、責めているのではありません。でも、その後も私のネックレスは着いているし、落としても割れないし、何でかなぁと考えたのです。考えた結果、1つの結論に辿り着くことができます。本物と偽物が、入れ替えられていたのですよ」




 ガリーナは絶句する。


 手を口にあて、純粋に驚いていたようだった。




「本物の皇女であるあなたは、偽物の私と全く同じものを持っていた。皮肉な話ですね」




 どうして赤い宝石が入れ替わっているかについては、ルカでさえ知らない事実であった。


 ラザレフ邸からリーシャを連れ出す際、確かにガリーナがリーシャを馬車の中で介抱していた。




 その時、リーシャのネックレスは割れてしまい、ガリーナは自分が持っている本物とすり替えたのか―――。




「どうして、そんなことをしたんだい?」




 ルカが思わず言うと、ガリーナは戸惑う表情を見せた。




「だって、私には必要ありません。皇女という地位も、まして女帝になるなんて、私にはありえませんもの」




 ―――それは自分も、よく知っていることだ。




 ルカは、ガリーナとは幼馴染の関係にある。


 偽物であるリーシャを不憫がり、ガリーナはリーシャの専属メイドになりたいと言っていたが、ルカは今更ながら彼女達を近づけるべきではなかったと後悔した。




「アデリナ皇女様は、どうしてこちらに?メイドになられているとは、驚きでした」




 リーシャは、丁寧に尋ねた。


 ガリーナは唇を噛み、不服そうに話し始める。




「オルロフ一家が殺された際、私はルカ様のお父様によって助け出されたらしいのです。ルカ様のお父様は、前皇后様とはご姉弟のご関係です。でも私が生きていることをシーシキンの派閥が知り、殺される可能性があった。まだ幼子でしたからね。当面、私は隠されて生きることになったのですが、貴族の子供として育てれば、私が皇女だと誰かにバレてしまう可能性がある。ならば使用人として育てる···とルカのお父様がお決めになられたのです」


「それでメイドに···。ニコライ皇帝がいらっしゃった際に身を隠していたのも」


「あの方は、私に皇位を継がせたいとお考えなのでしょう?そんな方に生きていることがバレてしまうなど、嫌です。絶対にお会いしたくありません」




 自分が話したことだったが、突き放されるような口調に、ルカはニコライ皇帝のことを憐れに思う。




(···ニコライ皇帝としては、思いも寄らないだろうな。ボクの家の屋敷のメイドが、実は皇女だなんて···)




 ルカは真実を知りながらも、絶対にニコライ皇帝に告げないようにしていた。


 本人の意向を尊重しているのだ。


 ニコライ皇帝は前皇帝の忠臣であったために、正当な血筋を守りたいという筋を通している。まさか本物の皇女が、皇位を継ぐのが嫌だとは思うまい。




「皇女様はどうして皇位を継がれるのが嫌なのでしょうか?いや、私も女帝になれとファリドに言われた時は嫌でしたが···」


「この家が楽しいからです」




 きっぱりとガリーナは言った。


 ルカはこの話も知っているので、リーシャのように驚きはしない。




「はい?楽しい···」


「ええ、楽しいからです。私は今の暮らしに十分満足しています。屋敷にいる使用人達は、家族のようで···いいえ、家族なのです。リーシャ様だって、スヴィエトはお楽しみになられていたのでしょう?」


「···なるほど、そうですね」




 ガリーナがきっぱりと言うことで、リーシャは納得した。


 自分はニコライ皇帝と会談していて参加できなかったが、リーシャが楽しんでいたことはわかる。




「···こちらはお返しすべきと考えていたのですが、如何でしょうか?アデリナ皇女様」




 リーシャはネックレスを外し、ガリーナに差し出した。輝きを示す赤い宝石を見て、ガリーナは首を横に振った。




「皇女の印など、いりません。差し上げます」




 ガリーナは冷然とした態度で告げる。




(いらないと思っていたんだろうな、ガリーナは)


 ルカは推察する。


 一応オルロフ家が代々相続していたルビーではあるのだが、ガリーナにとってはいらないものだったのだろう。リーシャは苦笑し、そうですかと小さく肩を竦める。


「それと、私のことはガリーナとお呼び下さいませ。皇女だとは誰にも知らせずに、平穏な日々を送りたいので」



 ガリーナは、あくまでメイドのガリーナとして振る舞いたいのか、慇懃に頭を下げた。



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