第16話 監禁犯との推理ゲーム

【監禁犯との推理ゲーム】


 ―――宴が終わるまで、そうは時間はかからなかった。


「皆酔いつぶれて、夜通し遊ぶという訳にもいきませんでしたね···」


 リーシャは、使用人達が床に寝ている姿を見て、その異様さに苦笑した。


 仮にも貴族がいる前で眠りこける使用人など、ラザレフ邸にはいなかった。音楽を奏でていた若い男達は楽器をまくらにして眠り、若いメイドも顔を赤くして大瓶を抱いて寝ている。




「身内の恥ですね。お恥ずかしいばかりです」




 唯一、リーシャの話し相手をしてくれて、酒を飲まなかったガリーナだけが起きているという状態だった。リーシャの足元にはエミールが銀のボトルを握りしめて転がっていた。


 自分はエミールのボトルをそっと取り、量を確認した。まだ半分以上は残っているようだ。




「あぁ、もうこんなになっちゃったのか」




 ――部屋の扉が開き、ルカが入ってきた。彼は心底残念そうに顔を歪めたが、リーシャを見て、パッと笑顔を見せた。 




「リーシャは楽しめたかな。君が楽しめてくれたなら何よりだ」


「はい?え、えぇ、夜通し遊ぶことはできませんでしたが」




 そう、なら良かったと彼は笑みを深める。




(この人は使用人のこんな姿を見ても、怒らないんですね)




 ガリーナから聞いた話の通りだとしたら、彼には貴族や使用人などの垣根がない。




「ルカ様、後片付けをしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ああ、いいよ。――リーシャ、ちょっと遊ばない?」




 遊ぶ?と、目を丸める。ルカは銀のボトルを手に取り、悪戯を思いついた少年のように笑った。




「···どんな遊びでしょうか?チェスでもポーカーでも、ゲームは得意ですよ。受けて立ちましょう」


「そうだなぁ、とりあえず場所を移そうか」




 確かに、使用人達が眠っている場所でゲームに興じるのも憚られた。ガリーナを残し、自分達は移動する。ルカの手には、エミールの銀のボトルが握られていた。




「ルカさん、そちらはヴォートカですよ?」


「うん、知ってる。ちょっと拝借しようと思ってね」




 ボトルを開き、彼はそれを飲む。リーシャが見た限り、ヴォートカを飲んだ使用人達はすぐに顔を赤くしていた。ルカはけろりとした様子だ。




「――先ほどの方は、帰られたのでしょうか?」




 移動する際、ガラスの窓から庭園を見ることができた。相変わらず吹雪いている雪の景色の中に、黒い馬車はもういない。




「そうだね、ようやくお帰りになられたよ」


「あなたは、皇宮でお勤めなのでしょうか?あれは皇宮の馬車でしたよ」


「さぁ、どうかな」




 ルカに、応える気はないらしい。煙に巻くような言い方は、不愉快である。




(どうにか、彼から情報を得られないでしょうか···。少しでも何か···)




 彼がどんな職業で、何故自分を捕えているのか、まるでわからない。


 今の情報だけでは、推理は不可能である。


 誰もいない廊下はどこか寂しく、暗闇の中で一定の距離を持って置かれた灯りの光だけが頼りだった。


 ルカは廊下の途中にあるサロンのソファーに腰かける。なるほど、サロンにはチェスやカードも置かれている。リーシャはチェスの駒に触れながら、ルカを振り返る。




「さぁ、何にしましょうか。折角ですから賭けでも···」




 何のゲームをしようかと言いかけた時、リーシャは思いついた。




(上手くいけば、彼から情報を得られるかもしれません)


 自分のひらめきに、胸が弾んだ。良い考えを、早く口に出したくなった。




「そうです、ルカさん。賭けをしましょう!」


「賭け?」




 ルカは、目を輝かせるリーシャを見て首を傾げた。


 自然と彼も口元をほころばせていた。




「ええ、ゲームは何でも構いません。私が勝ったら、私の質問に必ずお答え下さい。嘘を教えるのも、はぐらかすのもなしです。必ず、答えるんです」




 リーシャは強い語調で言った。ルカに挑むようにして、彼を見据える。


 暫く、間があった。彼は柳眉を吊り上げ、思案したようだったが――。




「面白いことを考えるね、リーシャ。でもそれは、ボクが乗る価値はあるのかな?」




 彼はとても優しい口調だったが、リーシャの提案を無下にしているようであった。 


 ルカは、自分に何かを隠している。彼の立場から、質問に必ず答えるといった景品を賭けるべきかと言われたら、否である。




「そうですね、それではあなたに乗るメリットはないでしょう。なので、あなたが勝った場合は別のものを景品としましょう」


「ほぅ、何かな?」


「私です」




 ルカは、驚いていた。


 リーシャは彼が驚くのを見て、にやりと不敵に笑う。




「あなたが勝った場合、私を差し上げましょう。どうぞお好きにして下さい」




 これは、流石に予想外だっただろう。いつもにこにこと笑っている彼が何も言わないことに、ようやくリーシャは満足した。




(どうですか。愛しているだなんて嘘を言っている彼にとっては、予想外の一手ではないでしょうか。何が目的か知りませんが、私を愛している演技をするのなら、この賭けには乗らざる得ないはず···)




「さぁ、如何でしょうか?」


「い···」




 彼は間違いなく賭け事に乗るだろう。


 そう思った時、彼は少し顔を俯かせ、ぼそりと何かを言った。聞こえなかったため、リーシャは訊き返す。




「···はい?」


「いいの!?」




 がばりと彼は顔を上げた。


 ルカは、心から嬉しそうに笑っていた。にやついていると言った方が正しいかもしれない。自分に身を乗り出してきて確認するため、今度はリーシャが驚く番だった。




「え、はい?」


「そんな、景品がリーシャ自身だなんて、ボクの愛が伝わったってことかなっ!?嬉しいなぁ!いや、リーシャを丸ごと貰えると言われても、ボクは順序正しく君と交際していくよ!でも君から「私を貰って」なんて言われるなんて、ボクは嬉しすぎて死にそうだよ――」




 うっとりとして自分の手を握ろうとしてくるが、リーシャは跳ねのける。




 正直、イラッとした。




「···いや、私一言もそんなこと言ってないのですが。大体、あなたが勝つ前提ですか」




 ハイテンションに嬉しがられても鬱陶しいなと思った。 




「ごめん、こう見えてゲームは得意だからさ。リーシャが望んでいるものは全てあげたいけど、ボクが勝っちゃうと思うよ」


「···本当に、あなたはイラッとするお方ですね」




 リーシャはついに本人の前で、口に出してしまった。彼はにこにこと笑っているが、リーシャはついに顔にも笑みをはりつけることができなくなっていた。彼を鋭く睨みつけても、彼は余裕そうである。




「私は、私を賭けますよ。私が勝ったら、必ず私の質問に答えて下さい」


「リーシャが望むなら良いよ。でも、賭け事をするにしてもボクが勝った場合の対価が大きすぎるね。そうだなぁ」




 ルカは考えるようにして、思いついたのか、瞳を輝かせた。




「ボクが勝ったら、リーシャはボクの言うことを1つきくこと。身体を差し出せとかはNG、にしようか」




 自ら景品をグレードダウンしてくれるとは、リーシャにとっては好都合である、




(ある程度の身分の方でしょうし、一応は紳士なんですよね。ま、身体目当てでしたら家に監禁されている時点で、もう乱暴はされているでしょうし)




 リーシャもか弱い少女である。


 男の屋敷に監禁されているという時点で、疑わなかったわけではない。だが、彼はこの1週間ずっと自分の手以外には触れていないのだ。




 同性のガリーナが常に側にいるのも、自分が女だからという配慮なのだろう。




「良いでしょう。ゲームは如何しましょうか?」


「考えてたんだけど、推理ゲームはどうかな。ボクが出題するよ」




 自分に、推理ゲームで挑戦だと?




 自分が推理小説を好きだということは、ルカだって知っているはずだ。あえて選んでいるのだとしたら、いい度胸であると、リーシャは鼻で笑う。




「構いません、受けて立ちます」


「じゃあ問題を出そうか。君は推理小説やゲームが好きだから、楽しんでくれると良いな」




 ルカは微笑を口元に湛える。




「2つ並んだ部屋で、それぞれ1人の死体が確認されたという話だ。2体の死体を、AとBと呼称しようか。AとBが死んでいる部屋は、扉や窓が施錠された完全密室」


「密室、ですか。さんざんやりつくされたテーマですね」




 リーシャが読んだ推理小説では、よく密室は主題とされる。


 部屋だけに留まらず、嵐が起こって閉ざされた孤島だとか、踏み入れば足跡が残ってしまう雪の中だとか、実質上「密室」とされるシュチュエーションは、数多い。




「そうだね、よくある密室の種明かしのように、実は密室の中に人が隠れているということはない。AとBそれぞれの部屋を鍵によって開錠した際、2人の死亡が確認された。AとBは自殺や不慮の事故によって死亡したのではないし、薬やトラップ、時限爆弾といった道具は使用されていない」


「へぇ、名作と呼ばれる推理小説の種を潰しましたね」




 話を聞き、リーシャは高揚していくようだった。彼が提示した話が、楽しいと思えた。それでそれでと身を乗り出しそうになる。




「そして、AとBはお互いに愛し合っていた」


「···はい?」


「AとBはお互いの部屋の扉を開くことができる鍵を所持している状態で、死亡を確認された」




 リーシャは高揚していた気持ちが、しぼんでいくのを確かに感じ取った。




「条件提示はこんなものかな。どうやってAとBが死んだのか、教えてくれないかな?」




 ルカはにこやかに言ってくれるが、リーシャはつまらないという感情を顔に出してしまっていた。 




「気に入らなかったかな?」




 彼はすぐに自分のことを言い当てた。彼じゃなくても、きっとわかるはずだ。自分は露骨に感情を現してしまっていた。




「面白い問題だと思いましたが···。最後に被害者が愛し合っていたという情報は、いらないでしょう」


「いや、大事な情報じゃないかな」


「ラブロマンスを安易につけたすことで、推理の妨害をするのはいけません。出題者の無能さを現すようなものです」




 リーシャが嫌がる表情を見て、ルカは苦笑していた。


 きっぱりとした自分の口調は、彼を否定している――が、彼は怒らない。仕方なさそうに肩を竦め、ヴォートカを口につけた。




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