第15話 来ない人

【来ない人】


「リーシャ様、次の曲もぜひお聞きくださいっ!」


 軽やかな音楽が部屋の中に響き渡る。荘厳さはないが、鳴らされるアコーディオンの音に、リーシャは椅子に腰掛けながら、自分の足をリズムに合わせて揺らした。数人の使用人はテーブルの合間で体を揺らし、ダンスに興じている。




 リーシャは、壁沿いに置かれた椅子に腰掛け、ガリーナと共に彼らを眺めていた。


 赤ワインを飲んで、皆がほろ酔い気味だ。まだ成人に達していない自分やガリーナは、素面なりに食事をしたりして楽しんでいた。




「良いですねぇ、私達もお酒が飲めるようになりたいです。温まりそうですしね」


「あんなもの、味はぶどうジュースと変わらないのでは?アルコールが余計に入っている分、理性を失いそうで、私は怖いです。彼らも、翌日には記憶を失っていることが多いですからね」


「それは···嫌ですね」




 過度に酒を飲んでいる使用人達を見て、リーシャは苦笑する。貴族たちの夜会では少し口に含む程度にしか皆飲まない。


 リーシャは赤ら顔で笑い合う男たちを見ながら、入り口の扉が開かないことが気になった。




(来ませんね、ルカさん···)




 ルカは、まだ銀髪の男と話しているのだろうか。それとも彼は帰って、ルカは1人で仕事をしているのだろうか。




(あの指輪を、帝都に届けてくれれば良いのですか···)




 馬車に放り込んだ指輪の行方を考えると、胸がざわざわとした。




「む。リーシャ様、お水をいかがですか?」




 エミールがリーシャの鼻先に、透明な液体を差し出してきた。彼は赤ワインをたらふく飲んだのか、顔が火照っている。


 目を丸めつつ、引きつった笑みを浮かべる。




「はい?えぇ、ありがとう」




 何故このタイミングで水を?という質問は、酔っている者に訊いてもわからないだろう。




「いけません、リーシャ様。それ、ヴォートカです」


「はい?」




 ヴォートカとは、オーブルチェフ帝国でよく飲まれている蒸留酒である。


 アルコール度数は平均40度ほどだ。普通はソーダ水や果実のジュースで割ったりするのだが、帝国では北に住む者達が原液で飲んだりする。


 自分に渡されたものも、恐らく原液のままだ。


 あっはっはとエミールは笑い声をあげた。豪快な笑い方で、リーシャからヴォートカを奪う。彼はそれを躊躇なく飲み、また銀のボトルからどぼどぼとヴォートカを飲む。あ、オレにも飲ませて下さいと他の使用人もエミールのボトルを飲みたがって集まってきた。




「酔っ払いですね、本当に」


「申し訳ございません、リーシャ様。酔っぱらうと、皆が愚か者になるのです」




 リーシャが気を悪くしていないのがわかっているのだろう。ガリーナも、仕方がないなぁと肩を竦め、口元に微笑を浮かべていた。




(貴族達の夜会も面白いですが、こういうのも悪くはありませんね)




 リーシャは奏でられる軽快な音楽を耳にしながら、足を弾ませた。

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