第13話 犯人の一味?

【犯人の一味?】



「スヴィエトの準備が整いました。リーシャ様、参りましょう」



 恭しく言うガリーナを横目に、リーシャは自らのドレスの胸元を直した。


 今は元々リーシャが着ていた黒色のドレスを着ているが、アレクセイがくれた赤い宝石を着けるか迷ったのだ。




(一応、今となっては形見のようなものですからね···)




 肌見放さずいたくて、ネックレスを着けていこうと決める。夜会や晩餐会のような公式の社交場でもないのだし、良いだろう。




「ガリーナはおしゃれしなくて良いのですか?宴なのでしょう?」


「いいえ、私は結構です。ルカ様や使用人達と飲み食いするだけですから、いつもと変わりません」




 ガリーナはきっぱりと否定する。彼女にとって特別感はないのだろう。


 そういうものかーーリーシャとガリーナは廊下に出て、部屋へ向かう。外の景色を見ると、辺りが暗くなっていた。雪は相変わらず吹雪いている。




「いつもということは、こちらの使用人達は宴をすることも多いのですか?」


「そう···ですね。多い方ではないでしょうか。長年勤めている者が多いので、ここの使用人たちは、家族みたいなものです」




 ガリーナはエミールに育てられたと言っていたから、余計に家族的な関係を感じるのかもしれない。




 1階に降り、庭園が見えるガラスを見た。吹雪いている景色の中で見慣れないものがあり、リーシャは足を止めた。




「···あれ、馬車が···」




 庭園に、2匹の白馬が引く馬車が停まっていた。黒い馬車には、大きく口を開いているユキヒョウの家紋が描かれている。




「···っ!」




 ガリーナが目を見開き、絶句していた。口を手で覆い、数歩後ずさる。


 リーシャも、さすがに馬車の家紋を知らないわけがなかった。




「···皇宮の馬車、ですね」




 リーシャはガリーナの反応を訝しげに見た。


 ユキヒョウは、皇家の家紋だ。家紋を見ただけで、皇宮に属する馬車だということがわかる。




「私···ルカ様をお呼びしてきますっ!これは、ルカ様をお呼びしないと···っ」




 ガリーナは廊下を駆け出す。


 残されたリーシャは呆然としたが、すぐに瞳を輝かせた。




(ガリーナが、初めて私から離れましたーーこれは、チャンスでは···)




 ガラスを隔てた先には、外部から来た馬車がいるのだ。


 馬車からは、銀髪の男性が降りてきた。青色のコートを肩にかけた、30代も半ばほどの年齢の男だ。




 紺碧の瞳が、ガラスを隔てた自分を見る。リーシャは彼と目が合い、瞬間的に庭園の扉を開いた。扉を開いた瞬間、肌が痛くなるほどの寒さが飛び込んでくる。




「あの··っ!助けてくださいませんか!」




 男性に、リーシャは叫んだ。


 吹雪いた雪の中、男はこちらに向かってくる。彼の顔は怜悧で、何の感情も表さない顔をしていた。




「私は、リーシャ・ラザレフです!私、ずっとこちらでルカさんに監禁されているんです!」




 彼は自分に近づいてきたーー無表情ながら、リーシャは安堵する気持ちだった。




(良かった···これで助かります。見たところ高貴なお方のようですが···)




 彼の着ている服は上等だ。使用人ではなく、爵位を持つ男なのだろう。


 端正な顔立ちは、彼の年齢のおかげか深みを与え、年上好きの女性ならばとろけざる得ない甘さを感じさせた。




「······」




 彼は無言で、リーシャが開けていた扉から屋敷に入ってきたと思えば、扉をばたんと閉じた。そして無言ですたすたと歩いていく。




「は、はい?ちょっと···そちらのお方!」




 無言で自分の横を通り過ぎていく男の背中に声をかける。無言の男の腰には大きな剣の鞘が見えた。帯刀しているということは、騎士か何かだろうか?




「私···リーシャ・ラザレフです!助けてほしいのですが···!もし!」




 リーシャは彼を追いかける。




(せっかく人が来たんです。助けてもらわなくては···っ)




 彼の青い上着を掴むと、彼はピタリと止まった。切れ長の紺碧の瞳が、自分を映す。


 リーシャは、何故だかわからないが、彼の瞳に見られ、体が硬直した。言いしれぬ恐怖感が背筋を撫でる。


 自分は間違ったことをしただろうか?と不安に襲われた。




「······君」




 彼は、ぼそりと呟いた時だった。




「リーシャっ!!」




 ばたばたと前方から、ルカが駆けてきた。ルカは自分と男を見て、焦りの表情を浮かべる。




「これはこれは···。わざわざあなた様にお越し頂くとは···。ご足労おかけしてしまい、大変申し訳ございません」




 ルカが、頭を深々と下げた。これにはリーシャは驚いた。ルカが頭を下げるということは、目の前の男はルカ以上の立場ということになる。




「ルカさん、このお方は···?」


「リーシャ」




 ルカは強引に自分の肩を掴み、彼から引き離した。いつもニコニコしているルカが、神妙な面持ちである。




「···来ない···」


「はい?」




 男がぼそりと言うので、リーシャは訊き返す。聞こえづらい、単語だけの言葉だった。


 リーシャ、とルカが小さな声で諌めてくる。




「大変申し訳ございません。本日はお休みを頂いていたものですから」




 と、ルカは男に言った。男の視線は床に向けられており、特に表情をださない。




「·······仕事」


「ヤコフにお言いつけ頂ければと思いますが···。ここまでお越し頂いたのなら、そうですね···」


「·······仕事」


「···はい、かしこまりました。お部屋へご案内します。せっかくですから、我が家自慢のキノコ茶をご用意しますね」




 単語しか話さない男に対し、ルカは観念したように言った。




(すごく、変わったお方。ルカさんも、よく会話ができますね)




 ルカの口調から、きっと男はルカの上司なのだろう。彼が羽織っていたコートを恭しく脱がせ、手に持つくらいだ。




「リーシャ、先にスヴィエトを楽しんでおいで」




 ルカは近くの部屋に男を導きつつ、小さな声で言った。男は自分などに視線をやることなく、ルカと共に部屋の中に入っていった。




 残されたリーシャは、彼らが入った部屋の前で立ち尽くす。




(名前を名乗っても、あの人は気にする風もありませんでした。私を監禁していることを知っているということはーーグル?)




 皇宮には、自分を監禁するメリットがある人がいるというのだろうか?




(今、考えてもわからりません。1人のうちに···)




 ルカは男を部屋に案内するので必死だったのだろう。


 まだガリーナも戻ってこないため、リーシャは再び庭園に駆け出す。庭園の扉を開け、寒さに身を縮ませる。


 庭園の馬車には複雑な文様が細工されており、御者席にはもこもことしたコートを着た男が座っていた。




「あの···もし、私っ···」




 御者席に腰掛ける人物は寒そうにしながら、リーシャを振り返り、首を傾げていた。


 彼の肌は褐色で、リーシャが言っていることがわからないという風に不思議そうにしていた。




(外国人の使用人ですか···言葉が···)




 何も知らない使用人だったら自分を保護してくれるのではないかと期待したが、望み薄だ。仕方なくリーシャは、馬車を見回す。




(この馬車は皇宮のものですから、帝都に戻ります。私が、ここにいた証を···何か)




 今のままでは、屋敷に監禁されたままである。何かないかと馬車を見つめ、自身のドレスに触れる。




(そうです、父さんの指輪···)




 父がずっとしていた家紋が入った指輪があった。リーシャは指輪を、客車の中に投げ入れた。チャリンと、指輪が落ちる音がした。




(どうか···誰かが私のことに気が付きますように···)




 リーシャは寒さに震え、直ぐに屋敷の中に、戻った。ドレスについてしまった雪を叩き、剥き出しの肩を抱く。




「さむっ···」




 帝都よりも体感としては寒いように思う。やはり帝都よりは北寄りなのだろうか。


「リーシャ様!」




 ガリーナが、自分に駆け寄ってきた。彼女が現れたことで、これ以上自分1人では動くことができないのだと悟る。




「外に行かれたのですか?寒そうです。早く、暖を取りましょう。こちらにお越しください」


「あはっ、バレますか。完全犯罪はできませんね···」


「そんな寒そうにしていたらわかります」




 ガリーナは自分の肩を抱くようにして歩く。人の温かい手は、ないよりマシだった。ガリーナの優しさに甘えるように、リーシャもガリーナにもたれかかりながら歩く。


 ちらりと、ルカと男が入っていった部屋を見た。




「ガリーナ、彼はどなたですか?」


「···お教えできません」


(でしょうねぇ)




 ルカも、自分の前で彼の名前を言わないようにしていた。ガリーナも、彼を見た瞬間、顔を強張らせていたくらいだ。




 自分とガリーナとは反対に、前から若いメイドがカップに温かい飲み物を入れ、ルカが消えた部屋に入っていった。先ほどルカが言っていた、キノコ茶だろう。




(皇宮から来た方が、どんなお仕事のお話でしょうね?)




 2人の会話を聞きたかったが、自分にはできなそうだ。




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