第12話 アデリナ皇女

【アデリナ皇女】




 彼女との出会いを、自分はしっかりと記憶していた。




 皇帝、皇后が玉座に腰掛けていた。荘厳さと神々しさを感じさせる玉座の間で、父の姿に習い、幼いルカは真紅の絨毯にひれ伏した。




『イワン皇帝、第2皇女のご誕生、おめでとうございます』




 父が、当時の皇帝に恭しく言った。


 イワン皇帝は細身の男性で、「面をあげよ」と短く答えた。父が顔を上げるのを見て、ルカは父より遅れて顔を上げた。




『ルーニャ、こちらにおいでなさい』




 優しげな笑みを浮かべた皇后が、ルカのことを呼んだ。


 ルーニャとは自分の略称だ。皇后が手招きしたので、ルカは父を見た。父が頷くので、おずおずと玉座に腰掛ける皇后に近づく。


 皇后は黄金の髪を上でまとめ上げている、女神のような美しさを持つ人だった。碧い瞳は優しげに細められ、彼女が抱く赤ん坊に向けられている。




『アデリナです。良くしてやって下さいね』




 胸に抱いた赤ん坊を、ルカに見せた。皇后と同じ髪と目をしている。ルカは息を呑んだ。庇護欲をかきたてるように、小さく、弱々しい存在だと思った。




『···可愛らしい、です』




 ルカは率直に思ったことを言った。お世辞などではない。




 赤ん坊には、とても大きな赤いネックレスが着けられていた。赤い宝石は、彼女が高貴な身分であることを現しているように思える。




 自分とは従兄妹になる――小さな、赤ん坊。




 ――ルカの目には、その赤い宝石の輝きが、思い出と共に残った。




「ルカ様、スヴィエトの準備ができました」




 エミールが、ルカに言った。ルカは部屋を念入りに見回す。




「よし、これならスヴィエトが始められそうだね」




 部屋には、真っ白なテーブルクロスがひかれた丸テーブルが一定の間隔でいくつも置かれ、鶏肉の丸焼きやイクラを乗せたブリュヌイなどのごちそうが並べられている。立食で食べることができるようだ。




「リーシャが、喜んでくれるといいなぁ」




 ルカは歌うようにして、テーブルに飾られた民族衣装を着た人形を手に取った。


 人形は、金髪に、碧眼の少女の形をしていた。先程リーシャが作っていた人形である。ルカはうっとりと人形を見つめた。




「む、ルカ様。出過ぎたことですが、リーシャ様には···お話にならないのですか?」


「変わらない対応を、エミール」




 ルカはじっと人形だけを見つめていた。視線をエミールに移すこともない。




「ですが、リーシャ様には本当のことをお話になったほうが···」


「エミール」




 ルカの声は、リーシャと接している時ではありえないほど低く、どす黒かった。冷たささえはらんだ声音に、エミールは「失礼しました」と軽く頭を下げる。彼の顔はどこか辛そうだった。




「料理が冷める。リーシャを早く呼んできて」


 ルカは冷たい声で言い放ち、自分も着替えてこようと部屋を後にする。




(リーシャをようやく手に入れたんだ。ここから、絶対に逃がすわけにはいかない)




 リーシャを誘拐して、1週間が経った。7日間、ルカはリーシャと話す喜びに始終胸が弾んでいた。彼女は疑心に満ちた目で自分を見ているようだったが、そんなことはどうだっていい。




 この場所に留まっている限り、リーシャが真相にたどり着くことはないのだから。




(絶対に、捕らえたまま離さないよ。リーシャ···)




 ルカは足早に、美術品が並ぶ廊下を歩いた。


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