第4話 不穏


(夜会というものは、疲れますね)



 リーシャは夜会が開かれていたラザレフ邸から移動し、自分が与えられた離れの屋敷に着き、大きく息を吐いた。ドレスの上には、黒い毛皮を着ている。




 ラザレフ邸に引き取られてから、本邸ではなく、リーシャはずっと離れの屋敷で暮らしている。離れの屋敷の窓からは4階建ての本邸の窓がすべて確認できる。


 夜会が開かれていた1階は、明かりが消えている。片付け作業も終わったらしい。




「リーシャ様、お着替えをお持ちしますか?」


「あ、いいえ。これからすぐに父さんの所に行くので、このままで大丈夫です」




 リーシャは離れの屋敷専属のメイド達に、軽く笑みを向ける。


 離れであっても、メイドも十分すぎるほど与えられており、彼女達は自分の一挙手一投足を見て、物事を判断する。かなり優秀なメイド達を雇ってもらっているようで、リーシャの生活には全く不自由がなかった。




「ファリドがメイドの誰かに本を返してくれたと聞きましたが、どこにありますか?」


「あ、それなら図書室に戻しました。お取りしましょうか」


「いいえ、私が取りにいきます」




 リーシャは首を横に振る。




(どうせ1冊お貸しするのなら、何冊かお勧めの本をお貸しすることにしましょう)




 アレクセイに貸す本を、自分で選びたいと思った。


 リーシャは着替えることなく、図書室に向かう。膨大な本を所蔵する図書室の本は、自分の勉強のための本がほとんどたが、趣味の大衆小説が並べられている。




(そうですね、これと――これにしましょう)




 リーシャは整然と列べられた本の中から、2冊の本を選ぶ。ファリドに貸したものと、もう1つも同じ作家の推理小説だ。はらわたを割かれるなどの血生臭い事件があり、文章もおどろおどろしい雰囲気で綴られている。




(そういえば、常に見られているような気がしましたが···やはり私と父さんの関係でしょうか)




 本を手に取りながら、リーシャは自らの黄金の毛を呪った。


 ラザレフ一家は、本来なら赤毛の一族だ。昔からラザレフ家と付き合いのある貴族にとって、明らかに自分は彼の子供には見えなかっただろう。


 もしも赤毛であれば、顔は似ていなくても、リーシャはアレクセイの実子に見えたかもしれないのに。




「···あ、あまり遅くならないうちに、本を届けなくては···」




 リーシャは暗くなる気持ちを誤魔化すようにして、ぱたぱたと小走りに廊下を駆けた。




(夜会で父さんもお疲れでしょう。さっと届けてしまいましょう)




 リーシャは2冊の本を抱え、離れから出た。


 ラザレフ邸は帝都の郊外に居を構えているが、夜の雪が降り積もる中では、とても寒い。吐く息は白く、毛皮を着ていても身を縮ませざる得ない。離れから本邸は歩いて5分もかからず、リーシャは本邸の扉を開く。




(ドアマンは、休憩交代でしょうか)




 ラザレフ邸の屋敷では常にドアを開いてくれる使用人がいたが、彼の姿はない。




(···あれ、離れの電気が消えていますね)




 本邸の窓からは、離れも見ることができる。


 赤い屋根は降り積もる雪で隠され、2階建てのこじんまりとした屋敷だ。自分が出ていって5分も経っていないはずだが、何故だろうか。




 階段を上っている途中、使用人の姿が見えないことにも、変な奇妙さを感じる。広い屋敷の中、夜だからか、ドアマンやメイド達の姿も見えないことに不安が煽られていく。




(···馬車···?夜会の招待客は全員帰ったと思っていたのですが)




 階段の窓から、リーシャは外にいる馬車を見た。


 黒い分厚いコートを着た男の使用人が数人と、同じく分厚いコートを着ている1人の少女の姿が、そこにあった。




 雪の大地には、他の招待客の馬車がいなくなって大分経ったことを現すように、馬車の跡も雪がかき消していた。雪には、今リーシャが見ている馬車の跡しか残っていない。




(夜会の招待客が忘れ物でもしたのでしょうか?···父さんに訊いてみましょう)




 リーシャは外にいる馬車のことを聞きたくて、足早にアレクセイの書斎に向かった。 






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