第53話 富士山

 富士の山というものを見てきた。


 中国攻めは順調で、越中においても優位を取った。

 伊賀では次男の面目を取り戻し、紀伊にも抑えを置いた。

 外交も順調で、敵の後ろを概ねこちらにつけることに成功、各戦線へ好ましい影響を与えることになるだろう。

 朝廷との関係も極めて良好で、関白がぼくの出陣についてくるなどしている。


 そして甲斐武田を滅ぼした。


 実働の中心は信忠だ。

 ぼくは後ろで押さえをしていた。

 もとより勝てる戦いだ。それだけの準備をしているのだから。

 実情はどうあれ、強力であった武田を破った実績は信忠の評価を上げることだろう。


 現地で事後処理を行った帰り、駿河を回り徳川領を経由して帰国することにする。

 名目は駿河からの富士を見たい、といったところでいいか。

 ことにする、というよりはもともとその心づもりだった。


 武田が支配していた駿河は一連の戦いの結果徳川に与えた。

 これは徳川もぼくの部下になったということである。


 かつては対等な同盟で、浅井朝倉との戦いでは借りを作ることにさえなった徳川。

 それが武田にこてんぱんにされたあたりで関係が変わりはじめた。

 窮地に陥って織田を頼らざるを得なくなったのだ。

 もともと野心旺盛な男だった。内心忸怩たるものがあっただろう。

 しかし、その後の戦いで失ったものを取り戻し、ついに駿河まで手にいれた。


 そして現状、徳川が伸びる先がなくなった。


 西と北は織田が手にいれ、東は対武田の流れで味方につけた北条がいる。南は海だ。

 かつて同じような状況になった時は、武田が裏切ったことで問題は先延ばしになったわけだが。

 今の状況でどう動くだろうか。

 当時とは織田の盤石さも違うわけだから、わざと味方にした勢力ともめるようなことはしない、と思いたいが。



 結論を言うと、徳川は織田に従う意思を示した。

 全力で僕を饗応したのである。

 内心は知らない。だが、行動で示したことは評価するべきだ。

 何ならぼくを暗殺することもできたのにそれをしなかった……というのはあまり意味がない仮定だ。信忠が健在なら織田勢による全力の報復が待っているだけである。


 この意思表示を受けてぼくは現状の徳川に一定の信用を置くことにした。


 武田旧領は上杉と広く接することにもなり、関東や以北とのつながりの点でも重要になってくる。

 北条も味方につけはしたが、今後の関係は確定していない。

 従う意思を示した徳川をあえて疑い溝を作るような真似は不要だろう。

 すでに盤石に進めればいずれ、という段階まで来ているのだから。

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